第6話三級男狩人(メンター)の実力

 腰が抜けたカリムをそのままに、2人と尻餅を付いていたランドはすぐさま動いた。

 ダンが険しい表情で臨戦態勢を取り、後方のクロットが懐から二丁拳銃を出す。そしてランドが、リュックからタブレット型の電子機器・女図鑑を取り出し、その標準をアマに向ける。


【〈ランクD〉 名前:フィンリン・エル 年齢:17歳 身長:163センチ 能力:爪風ウィンドクロー 弱点:鉄や鉛などの金属類】


 すると、液晶画面に開示されるフィンリンの全情報。その中でさらに一際濃く映し出されたのは、女図鑑が自動的に選別し抜粋してくれた、アマとの戦闘において特に重要な情報だ。

 ちなみに〈ランク〉というのは、アマしたものであり、男狩人メンターと同じようにS〜Gまでと8段階で評す。

 つまり、この〈ランクD〉のフィンリンは、8段階のちょうど折り返し地点。〈ランクG〉のアマであっても、通常メンター1人の約5倍の戦闘力を有しているので、そこそこ強い部類に入る。


「おいお荷物、それ女図鑑だろ?」


 そこで今日初めて、クロットからランドへの言葉が投げ掛けられる。


「そう、だけど」


「ならあのアマの、〈ランク〉と能力を教えろ」


 そう言われ、フィンリンの情報を3人に共有するランド。さらに、


「弱点とか、急所とかも教えろ!」


 とダンからの注文。アマの全ての情報を保持している女図鑑は、当然弱点も急所も載っている。がしかし、そこでランドは言い淀む。

 仮にも男女の共存を願う者として、ランドの方は最初からフィンリンと戦う気は更々無い。しかしここで弱点を教えてしまったらフィンリンが不利になるが、逆に教えなければダン達が殺されてしまうかもしれない。

 どちらを選ぶべきか、難解な選択に答えられず躊躇していると、


「あー、今日ほんっとツイてないわあ。暗くて気持ち悪い洞窟内で死ぬほど迷うし、こんなゴミどもと出会うし、帰ったらシャワー浴びて寝よ」


 不意にフィンリンが独り言のように言う。言葉通りその様子はかなりくたびれており、ランド達と同様にこの迷宮にかなり苦戦していた事が見受けられる。

 男の事を本当に道端に捨てられているゴミのようにしか認識しておらず、やる気なさげのままゆっくりと近づいていく。爪を1メートル前まで伸長させると鋭さが増し、その周りに微量の風が帯びた。

 ダンは自分達がゴミ扱いされた事に苛立ちを覚えながら、さらに中々弱点を言わないランドにその怒り度が増す。

 至近距離でのアマとの対峙。無理矢理女図鑑を奪って確かめる暇もなく、舌打ち混じりにダンは吐き捨てる。


「チッ、本当に使えねえお荷物がっ!」


 槍を構え直し戦闘態勢に入るのと同刻、襲い掛かって来た爪風。かろうじて爪撃は回避したが、直後に吹き荒れる風の二段攻撃。風の鋭さは凄まじく、直撃はしなかったもののそれでもダンの鎧を砕き皮膚を切り裂いた。さらに余風でバランスを崩したダンに、追撃の一撃。

 薄暗い洞窟内でもハッキリと視認できる、ギラついた鋭利な5本の爪が、ダンの皮膚にめり込もうとしたその刹那。

 避けられない絶妙な間。敵がアタックモーションをキャンセルできない絶好のタイミングで放たれる、2発の弾丸。

 否、さすがアマと言ったところか。通常なら抗うどころか反応もできない体勢と距離。しかしフィンリンは、ダンに向けていないもう片方の手で器用に風を操ると、2発の銃弾をいとも簡単に弾き飛ばした。

 ……はずだったが、

 ズブッ

 と、完全に攻撃を防ぎきったと油断していたフィンリンの太腿に、その鉛玉が叩き込まれた。


「グガッ!!!」


 予期せぬ被弾と、弱点である鉛を食らったことでバランスを崩すフィンリン。

 それは、2発目の弾丸のすぐ後ろに控えていた

 初動から自分の情報めめっきを相手に晒さない手法もそうだが、今の3発目の銃声を聞こえないようにする技術と、目の良いアマが分からないほど寸分の狂いも無く弾丸を隠すテクニック。明らかに他の3人と比べて、頭一つ抜けているとフィンリンは悟った。

 そしてそんなクロットの援護に感嘆するのも束の間、目の前で怯んだアマにその好機を逃さなぬようダンが槍で追い討ちを掛けるが、ここでもアマの底力を発揮。弾丸をまともに食らったにも関わらず、その身のこなしでダンの連撃を回避し、一旦距離を取る。


「はあ…はあ、いっつぁ。…どうやら、少しはできるイモリ野郎がいるらしいわね」


 息を荒げながら皮肉気に、隊列の一番奥を睨み付けるフィンリン。それに見つめ合う形で、やっと冷静を取り戻したカリムを加えた3人が睨み返す。

 数時間前に決めたフォーメーションを思い出し、ダンとカリムのツートップに後方でクロットが支援。さらにその後ろで、ランドが何もせずただ立ち尽くすという陣形が完成し、先陣を切ったのはダンだった。


「はああああーーーっ!!!」


 身の丈ほどある鋭い槍をフィンリンに正対に構え、気迫の突進。爪風で迎え撃とうとするフィンリンだが、その槍はフィンリンの僅か10センチ手前でその勢いを停止。代わって後ろから現れたのは、巨大なハンマーを思いっきり振り上げたカリム。長い付き合いのダンとカリムが繰り出す、十八番の連携プレイだ。


「クソッ!」


 フィンリンは予想外のハンマーに迎撃をキャンセルし、回避に身を転じる。…が、およそ何年・何十回も繰り返し習熟されてきたダンとカリムの連携プレイを、初見でバッチリと理解しさらにフィンリンの回避の先までバッチリ見切った3級メンター・クロット。その二丁の拳銃が火を吹いた。

 それは、決してまぐれや単発などでは無い、正確無比のエイム力。予測位置ドンピシャに、2つの弾丸がフィンリンの両ずねを打ち抜いた。

 さすがのフィンリンも渋面をさらに濃くし、このまま一気に押し切られるかと思いきや、男の何倍も強靭な身体をしているアマはまだ倒れない。両の手から放たれる風で態勢を立て直すと同時、ダンとカリムの追い討ちを見事に受け流す。

 そんな激しい戦闘が行われる中、この戦況を何もせずジッと見ていたランドは、ただただ同じパーティー3人に脱帽するのみだった。

 3対1であっても、相手はあのアマ。今日できた即席の拙速せっそくパーティーで、ここまで善戦できるのは相当なものだと。しかし同時に、一つ焦燥も生まれた。

 自分の目の前で、一人の女の子が殺されそうになっている。

 思い出されるのは、あの日の救えられなかった幼女の影。

 しかしそうこうしている内にも、調子を上げてきた3人は1人のアマに決着を付けるべく攻撃の雨を浴びせる。最初の余裕はどこへ行ったか、フィンリンは防戦一方のまま焦りを隠せない。

 やがて、フィンリンを守っていた爪がダンの槍に弾かれ、がら空きになった脇腹にカリムの壮大な一撃が直撃。


「ガッ!」


 これにはさしものフィンリンも応えたのだろうか、後方に力の限り吹き飛ばされそのまま動かなくなる。

 勝敗はついた。3人はゆっくりとフィンリンに近づいていき、この中で一番攻撃力のあるカリムが前に出た。ハンマーを振り上げ、トドメの一撃とばかりにたっぷりと力を凝縮。盛大に振り下ろそうとしたその瞬間…、

 フィンリンと3人の間に割って入り、そのハンマーの軌道を静止する者が1人。


「待ってくれ!」


 驚いていた三人は、その声を聞いて1秒後。怪訝と明らかな怒気を含んだ表情で声の主、ウェリー・ランドを見る。


「何してんだ、お前?」


 額に青筋を浮かべ、これ以上ないくらいの殺意で言ったのはダン。他の2人も同じようで、さきほどの何倍もの敵意がランドに向けられる。

 この世界において、自分が普通じゃない事をしているのは百も承知だった。それでも、ランドは引き下がらない。引き下がれない信念があった。

 両手を広げフィンリンを庇いながら、3人の顔をしっかり見据えてランドは言う。


「もう決着は着いた。これ以上やる必要はないだろ!」


 静まる一帯。地上から入る微かな風音だけが靡く中で、3人のランドを見る表情はもはや同じ男、人間を見るものでは無く、あの怪物達に向けられるのと同じものだった。


「お前、本当に狂ってるな…」


 呆れながらそう口にしたのは、2丁のうち片方をフィンリン、もう片方をランドに向けているクロット。人間の話す言語か?というほど理解できない言葉に、もうそう言うしか無かった。


「君はまじで狂ってるし、無能だね。ここでソイツを助けたとして、この広い世界で何が変わるワケでもないし、逆に復讐に来たソイツに今度は僕達が殺されるかもしれない。その時君はどうするの?今と同じように懇願する?それで男と女が昔のように戻ると本気で思う?

 ………違うね。世界を本気で変えるには力が必要なんだ。滅女器のようなね。口ばっかで力も無ければ、それを手に入れようと努力もしない。そもそも根性や思いだけで成し遂げられると思ってる時点で、君に世界を変えるなんて大それた事無理だからやめた方がいいよ」


 次いで心を抉るような、苛烈な言葉を並べたのはカリムだ。しかし全てその通りだった。

 ここでアマを助けて、逃したとして、その後どうなるかランドは分からないし考えた事もない。こんな末端で、こんな小さな事をしても、おそらく世界が昔のように戻るのは難しい。ランドの思いが伝わらず、助けたアマが復讐に来れば非力なランドが瞬殺されるのは必至。

 結局今のランドのやっている事は全て、無力で無能な偽善者の自己満足でしか無いのだ。

 しかし、しかしランドは、祖父に聞かされ思い描いた情景、学院で起こったあの光景を忘れられなかった。やられた事をやり返す。そうやってお互いに潰し合っていく。それで本当に良いのか、それが正解なのかと、心の底から溢れる疑問をあの国、この世界に問いたかったのだ。

 確かに、何もできず口だけのお荷物かもしれない。しかし、これだけは自信を持って言えた。


「よく考えてみろ、俺達はこんな事する為に生まれたんじゃ無い。相手が女だから、男だから何て関係ない。同じ姿形をした人間で、俺達がやってるのは歴としただ!」


 ランドの咆哮が飛ぶ。だがもちろん、女照に法など存在しないし、ダンディグラムにもアマを殺したからといって罰があるわけでも無い。そもそも男はアマを、アマは男も自分達自身すら人だと思っていないので、殺人という単語が適用される事は無いのだ。


「テメェ、ガチで良い加減に………」


「ダン、もういいよ。確かに僕達は、少し昔に囚われてたのかもしれない。僕たちの負けだ。その女は、君が好きにして良い」


 我慢の限界を迎へ憤るダンに、しかしそれを遮って静止させたのは意外にもカリムだった。ダンと目を合わせ、「いいだろう?」と無言の許容を促す。しかしそれは、端から見たらの仕草。

 長い付き合いだからこそ表情や態度、仕草、そして目で相手が何を考えているのかお互いに手に取るように分かる2人。そしてそのカリムの目は、さっきの言葉がである事を容易に表していた。

 元々人間観察が趣味で曲者であるクロットも、一瞬表情を曇らせたが黙って様子を窺う事にする。


「僕たちはもうアレに関わらない。助けるのも殺すのも、君が好きにやってくれ」


「…ありがとう」


 その言葉を素直に受け取りランドは軽く礼をすると、フィンリンに小走りで駆け寄ってその手を取ろうとした瞬間、カリムからダンへのアイコンタクト。ダンはすぐさま察し、無防備な背中に一閃。

 グチャッ。

 という生々しい音が、静かな洞窟内に響いた。

 ランドは何が起きたのか、頭の処理が追いつかなかった。今まで感じた事のない痛みと熱さに、下を見れば自分の腹が槍に突き破られているグロテスクな光景。さらにその槍はランドの腹部を超え、目の前のアマの腹もろとも貫通している。

 同時に吹き出す血に、2人は揃って力無く崩れた。口内が鉄の味で満たされながら、ランドは最後の力を使って振り返ると、必死で3人に問いた。


「どう…して?」


 しかし、その問いに返ってきたのは嘲笑うかのような微笑み。その悪魔のような嘲笑を浮かべながら3人は、ランドとフィンリンを置いて再び洞窟の闇へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る