第5話無限洞路(むげんどうろ)

 ランド達が行うこの女照アマテラスの調査とは、アマの討伐は当然のことながら、資源の採取や地形の調査なども兼ねている。

 その調査成果を元にこの広大な世界の見取り図を製作したり、滅女器めめっきを生成して男狩人メンターがよりアマを倒しやすいように、その土台を作る最前線の任務だ。


 幻の地下神殿への入り口、薄暗くジメッとした洞窟の地図に記されいてる道まで到達し、4人は次の行動方針を決めるところだ。


「とりあえず、ここまでしか書かれてねえな。元々此処を調べる人が少ないのもそうだろうけど、入り口からそんなに離れてないこの辺りまでしか情報がないってことは、やっぱり覚悟しておいた方が良いってことだよな?」


「まあそのメンターとこの洞窟内の構造にもよるだろうけど、備えあって憂いなしだね」


「よっしゃ!とっとと地下神殿見つけて、パッと有名人になってやろうぜ」


 緊張な面持ちで入ったはいいものの、何が起こるわけでもなく拍子抜けな洞窟。アマの事などついつい忘れ 道のど真ん中で鎮座し、ダンとカリムの内輪で話が盛り上がる。薄暗い空間のそこ一帯だけを照らすのは、【お荷物】の名前に恥じぬランド所有のランタンだ。

 そのガラス越しから覗く火の揺らぎを見つめながら、今度はクロットが口を開く。


「で、これからのことだが…、地下神殿というからにはおそらく地下にあるんだろう。とりあえず下に進んでくのは確定として、分岐路やトラブルで逸れた時の対処とかと、あと戦闘のフォーメーションも決めておきたい」


 次いでカリムが手を挙げ、


「下に向かうっていうのは僕も賛成。分岐路はその時の状況や場合でどちらか、あるいはどれかを選ぶとして、逸れた時は戦力を考慮して合流する事を最優先に考えた方が良いと思う。…ダンは?」


「俺も異論はねえ」


 ダンも賛成。やはりこういう場面では脳筋のダンよりもカリムの方が適任であり、参謀のような役割を担う。クロットも異論はないと首を縦に振り、カリムは続ける。


「続いてフォーメーションなんですど、これに関してはクロットさんの戦闘スタイルによるんですけど………」


「ああ、そうだな。俺の滅女器は二丁拳銃。前衛もいけなくはないが、大体後衛が多いな」


「なら僕とダンが前衛をやりますので、クロットさんは後衛をお願いします」


 ダンとカリムの滅女器は共にはハンマーと槍だ。二丁の拳銃を取り出したクロットにそれならと、フォーメーションが決まる。

 これで会議は終了し、それぞれランタンと新たに道を記録するための用紙とペンを持って洞窟内を進んでいく。


「……………」


 分かってはいた事だが、今の会話にランドはリュックからランタンを取り出しただけで、あとは話してすらいない。それでも意見を聞かれないということは、相手も空気扱いでいくと言われているようなものだ。

 メンターになっても学院にいた時と何ら扱いは変わらず、むしろ命が掛かっている分前よりも当たりが強いとすら思える。

 ランド自身、他人よりも大分思考ズレていて足を引っ張っているのは自覚しているが、やはりどこか堪える部分があった。

 そんな哀れ気を感じてる間にも3人は歩を進めていき、ランドのことなど本当に存在しないかのように消えていった。



「…おかしい」


 そして、進み始めてからどのくらいの時が経った頃か、クロットがボソッと口を開いた。しかしそれはクロットだけではなく、他の3人も感じていた違和感。

 先ほど話し合いを終え、地図に描かれていないその先の道の調査を開始してから今この瞬間まで、ランド達4人はずっと同じ道を堂々巡りしていた。最初に会議した地点に戻って来たのが、これで4度目。

 いくつかの分岐路を4回とも変え、下に通じる階段まで降りたのにも関わらず、どういう原理か最終的にはここに戻って来てしまう。明らかに、まともじゃない状況だった。


「これはもしかしなくても、この地図がここまでしか描かれていないのは、この先をどうやって進んでも必ずここに戻されるからだろうね。

 さっきの怪物同様、アマの力を吸ったこの洞窟の自然現象か、はたまた洞窟奥深くに眠るアマの僕達を来させないようにするための能力か。どちらにせよ、【地下神殿】という存在が幻でない可能性が出て来ましたね」


 近くにあったお手頃の石を持って洞窟の壁をなぞりながら、カリムは面白そうに語った。この手の謎を解くような頭を使うモノをカリムは好んでおり、この現状の仕組みも絶対解いてやるとやる気充分だった。

 …だが、何十回、何百回繰り返そうとも結果は変わらず、またもここ(会議地点)に戻って来てしまった。変わった事と言えば、壁に刻まれた線の数と疲労感だけ。ダンもクロットもそうだが、毎回頭をフルに使っているカリムが一番疲弊していた。

 これが女照。アマ達が棲息する、遥か高次元の世界だと突きつけられているようだった。

 肩を激しく上下させるほど疲れ、目をかっ開きながら1人ブツブツ呟くカリム。そこについに、今までカリム達と同回数繰り返し、何百回一言も発さなかった4人の最後列、見兼ねたランドが口を開いた。


「別に、今日無理に見つけることも無いんじゃないか」


 それはお荷物扱いされ、空気扱いされても尚、疲れ切った3人を気遣った優しさの一言だった。しかし…、


「ああ?お前、今何つった?」


 最初に振り返ったのは、極限まで顰蹙ひんしゅくしたダンだった。疑問形で聞き直しておきながら、ランドが言い直す間も無くズカズカ近づいていきその胸ぐらを掴むと、


「テメエはどうだか知らねえけどな、俺達はいつあいつら(アマ)に殺されるか分からねえ中で必死にやってんだよ!そう簡単に諦められるかっ!」


 洞窟内で反響するほどの怒号が飛んだ。普段なら空気の戯事だと軽く流すのがお決まりだが、今日の今この瞬間に限っては疲労の蓄積による怒りと、何よりランドにとっては心配したからこその言葉だったが、【お荷物】に言われという事実がダンの琴線に触れてしまった。

 鬼の形相で睨むダンに、しかしランドもその胸ぐらに伸びた手を掴むと睨み返す。


「俺だって今の状況を1日でも早く変えたいと思ってる。でもそれで死んじまったら元も子もないだろ!」


 心配でかけた言葉に対しダンの言い方が癪に触ったランドは、強い口調で言い返す。こうなってしまったら、両者もう止まる事を知らない。


「は、テメェみてえな異常者と一緒にすんな!」


「ああ違うな。俺は殺したいんじゃなくて、共に手を取って助け合いたいと思ってる」

 

「出たよ、男女共存主義。父親は滅女器を作った優秀な人なのに、その父と息子は出来損ない。まったくどうやったら、あんな素晴らしい人からこんなゴミが生まれるんだか」


「何っ!?」


 ランドの父:ホール・ランドは、女滅器の製作に尽力した1人で、ダンディグラムがアマに対抗できるようにした超優秀な功労者である。国内で知らぬ者はおらず、現在も国の上層部に属している。

 そして、それと同じくらいに有名なのがランドの祖父:クレイド・ランドだ。ランドと同じかそれ以上に『男女共存』を願い、ホールとはキレイなほどに真逆のダンディグラム全体から蔑まれていた。しかしクレイドは諦める事なく、命尽きる寸前まで男女の愛を願っていた。

 自分は何を言われようと構わないが、もうこの世にいない祖父をとやかく言われるのは気に食わない。ダンの挑発に、ランドは腰に携えていたショートソードの柄を握る。


「訂正しろ」


「何でだよ?事実だろ」


 悪びれもないダンに、ランドは怒りに任せてショートソードを引き抜いた。


「やんのか?来いよ


「ッ!」


 そしてリュックを下ろすと同時、自分が出せる最大限の速さでダンに肉薄する。

 しかしランドのメンターの階級は5級。しかも、それ以上下がないという事での5級だ。対してダンは4級の上位。

 慣れた手つきで背中に腕を回すと、滑らかに槍を抜き出し器用に回転。

 迫り来るランドの手を槍のケツ部分で打ち、ショートソードをはたき落とす。「しまった」というランドの反応も束の間、その喉仏に槍の先端が突きつけられた。


「これはせめてもの情けだ。次はない」


 その間僅か数秒、凄まじい睥睨にランドは思わずその場で尻餅を突く。

 自分でも分かる。これ以上ないほどにだと。3人の嘲笑がねっとりと鼓膜に絡み付き、涙を必死に我慢する。


「だっさ。てか君もうどっか行っていいよ。邪魔だから」


 ランドを見下ろしたままカリムがそう言い、3人はまた壁に線を刻みながら洞窟の奥へと進んで、

 行こうとした途端、それは突然だった。

 冷たい風と共に鋭い何かがカリムの鼻頭をかすめ、一瞬遅れて垂れ落ちる少量の血。


「うわああああああぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!」


 予期せぬ攻撃に、カリムは腰を抜かしみっともない悲鳴を上げランドと同じ体勢になる。すぐさま横のダンがカリムを庇うように立ち槍を構えると、


「チッ、外したか」


 ダンの2メートル前方。そう言って薄暗い暗闇から紺色の乱れた髪に、爪が異常なほど鋭く伸びたアマが、悠然と姿を現した。

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