第4話女照【アマテラス】

 この世界はすでに、アマによって征服されていた。

 

 アマの人智を超えた力は、自然の摂理や法則などをまるで道端に落ちている紙くずのように無視していく。

 重力を受けず、自由自在に中へ舞える。呼吸など必要なく水の中や宇宙、どんなところでも活動できる。ましてや男などいらず、意思一つで生命を誕生させることができる者までいる。

 この世界のダンディグラム以外のすべての領土は、そんなバケモノ達によって占領されていると言って過言では無い。

 その広大で迷宮のようなモンスターが蔓延る世界を男達は、

 

 最狂最厄の世界・【女照アマテラス


 そう呼んだ。


 *************************


 門をくぐればそこは、建物が多く屹立していた都会とは違い酷く枯渇した、どこまでも寂しい平野だった。

 目的地である地下神殿は、ここから南西に位置する山中へ入り、そこからさらに先の洞窟の最深部に存在する。…という噂だ。そこまでの道中は何があってもおかしくないし、何かあったとしても全て自分達で対処しなければならない。

 この地下神殿は、実は本当に存在するか定かではない幻の場所なのだ。ただ唯一到達した男を除き、その男の死後以降発見できた者は1人もいない。それ故、受付から渡された地図も洞窟の上層までしか記されておらず、見つけるのはかなり困難を極める。

 そんな誰も手を出さないお蔵入りとなった調査を、しかし今回ランド達は満を持して挑むことにしたのだ。


「じゃ、行きますか」


 支給された地図で洞窟の位置を確かめながら、ランドは意気揚々に言う。他のメンバーの死にそうな顔に気付く様子もなく独りでに歩いていき、3人は半ば投げやりに付いて行く。

 ダンとカリムの装備はいかにも冒険者といった硬派な鎧に、それぞれダンが槍、カリムがハンマーを担いでいる。中々の上物だ。クロットは全身をローブで包み、装備どころか顔も見えない。

 そして問題のランドが、薄手のシャツとズボンにマントを羽織り、重装備なのはパンパンのリュックのみ。 

 このパーティーの戦闘力は良いとこ『中の下』辺りで、洞窟まで辿り着ければ僥倖ぎょうこうだった。

 山へと向かう途中、真冬の冷たい風が靡き4人は一斉に縮こまる。1人ランドだけが、「ヘックション!」と仰々しいクシャミをした。


 今のところは生き物の一匹すら見当たらないが、常識のブレーキを破壊したアマ達である。地面からいきなり這い出てくる、透明になっている、最悪空間を裂いて出現する可能性も十二分にあり得る。

 気を張り詰め周囲を隈なく観察しながら、4人は慎重に進んでいった。

 そして、何事も無いまま進むこと30分。ランド達は山の中へと入っていく。

 急に視界は狭くなり、道も舗装されておらず不安定。ここからはより一層注意して進まなければならない。

 女照の調査で、男狩人メンターは車やバイクを絶対に使わない。その理由は、昔では強度の高い部類に入っていた車だが、今のアマにとってはマシュマロ程の硬度でしかなく、戦闘において邪魔でしかないからだ。

 基本的には徒歩。歩きでは行けない長距離の目的地には馬や馬車を轢いて移動するのが通例だ。


「ああーっ、疲れたー。ちょっと休憩しねえか?」


 険しい山道に入るやいなや、段々と進むペースが落ち猫背になりながら項垂れるダン。


「もう?まだ半分も進んでないよ。それに女照での休憩は死を意味する、学校で習ったでしょ」


 それをカリムが軽くあしらい、ダンが「でもよぉ」と言葉を続けようとしたその刹那、


「静かにっ!」


 1人黙々と歩いていたクロットが突如、真剣な声音こわねでそう放った。明らかに先程とは違うただならぬ雰囲気に、ダンとカリムは慌ててクロットと同じく中腰に身構え、一拍遅れてランドもそれに倣う。

 3人息を殺してクロットの視線の先を辿ると、木々を何本か隔てた向こう側に、その異形の怪物はいた。

 高さ5メートル前後はあるであろう体躯に、全身に纏った茶色の毛は針のように鋭く尖り逆立っている。21世紀の頃とは似て非なる生物『熊』だ。二足でそこにジッと佇み、何かを窺っている。

 その理由はすぐに知れた。その熊に対峙する同じく数体の怪物。全長は7、80センチと小柄で、四足歩行に三角形の耳と尻尾が付いている。が、その身体は皮膚も筋肉も存在しない骨組みの容態で、もはや犬なのか狼なのか、はたまた別の生物なのか識別すらできない。

 その容姿と緊迫感だけで、この場にいるのがどれほど危機的状況かを4人は悟った。

 …やがて、


「キイイイィィィィーーーッ」


 群れのボス格であろう1匹の骨組み犬狼けんろうが甲高い奇声で吠え、他の犬狼達が一斉に熊へと襲い掛かった。しかし、


「ヴゥオオオオオオオーーーッ!!!」


 それを軽く上回る大気が震えるほどの咆哮が轟くと、その音圧だけで犬狼達は吹き飛んだ。さらに間髪入れず、その丸太のような腕を横薙ぎにボス格の群れを蹴散らす。その動きは身体に似付かず俊敏で、犬狼達も反応できず直撃。骨がバラバラになり四散する。

 犬狼は動かなくなり、戦闘が終わったと熊が勝利を確信しかけたしかしその時、

 ズズズッと、四散したはずの骨達が独りでに動き出し集まると、徐に再構築を始め犬狼が再生。こちらの方は見た目通り、四肢や胴体をバラバラにしただけでは死なない、ゾンビ犬のような性質を持っているらしい。

 第二ラウンドが開始され、再度周囲を包囲される熊。このままではキリがないと悟り、四つん這いへとフォームをチェンジした。瞬間、ただでさえ鋭かった緊迫感が数段跳ね上がり、ランド達4人どころか犬狼達の本能までもが警鐘を鳴らした。

 今までの比にならない、勝負を決める一撃。

 全身の逆立った毛がドリルのようにフル回転すると、毛を中心に風が収束し小規模の竜巻を帯びる。


「やばい………!」


 それを凝視しながら小さく呟いたクロットは、一も二もなくその場から駆け出す。この場にいるのはまずいと誰よりも先に気づき、逃げ出したのだ。

 それに続き3人も急いでその場を離脱し、結果勝負を最後まで見る事はなく勝敗は分からなかった。ただ一つ、それ以降ダンの口から「休もう」という言葉が出てくる事は無かった。


 環境によって、生物は臨機応変に変化していく。それが顕著に表れたのが今のこの世界であり、ダンディグラムで生活している通常の犬や猫、家畜などの動物は200年前とさほど環境が変わっていない為か、身体が骨のみで構成されてるわけでも無ければ、全身の毛が高速に回転し竜巻を帯びるなんて事もあり得ない。至って愛らしい生き物達だ。

 しかし逆にダンディグラムの外の世界、女照ではアマの天変地異の力により毎日と言って良いほど環境が激変している。女照に生息する生き物達はその狂った世界を生き抜くため、順応するために自然と変化を繰り返していく。その結果、あのような人智を超える異形のモンスターが生まれるというわけだ。


「何なんだよアレ?あんなのアマなんかよりよっぽどやばくねえか?」


 なんとか逃げ出した先、ダンが信じられない物を見たといった様子で叫んだ。


「ダン、君学院での授業寝てたね?アレらの生物はアマの能力の残りで変異したような、つまりコピーであり劣化版。オリジナルのアマの驚異はあの比じゃない。見たこと無かったっけ?」


「初見だよっ!」


 カリムの何気ない問いかけに、ダンはクワっと目を見開く。

 ダンとカリムは古くからの旧友だが、何も常に調査を共にするわけでは無い。そのため、個々によって多少の経験の差異は生まれる。

 あの怪物達を初見で拝む男は、授業で習っていても大方先のダンのような反応を示す。

 「まじかよぉ」とダンは小さく項垂れ、先程よりさらに疲労が溜まった様子で山道を歩いて行った。

 

 その後、ランド達は奇跡的に一匹のアマとも遭遇することなく、禍々しい洞窟の前へと到着する。

 明らかに死への入り口だと明示しているその空洞からは、漏れ出ている悪気が地上の比べものにならない。ここからが本当の本番だと、全員気を引き締める。

 ダンとカリムがゴクリと大唾を飲み込み、クロットが所々の部位の骨を鳴らす。ランドが揺るがぬ決意を持って拳を強く握り、4人は闇の中へと吸い込まれて行った。

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