106.朝倉さんと聴きたい声

「カラオケの部屋は、随分大きいのですね」

「まあこの人数だから」


 うちのクラスから二十人ほど。うちのクラスの半分以上がカラオケに来ていた。さすがに結花も一人じゃ寂しかったようで数人誘って来ていたのもあって、部屋の椅子はわりと人が密集していた。普段はこういう話が出てもここまで集まっているような気がしないので、まず間違いなく玲奈がいるからだろう。

 部屋に入ってからの行動は人それぞれだった。とりあえずドリンクバーに向かう人や、早速曲を入れようとする人。玲奈と話そうとする人もいた。


「ドリンクですか……? えっと、悠斗。行きましょう」

「みんなと行ってきなさい」

「わ、わかりました」


 親睦を深めるにはいまいち距離感が掴めていないようで、こうして助けを求めて来ることもたくさんある。その結果、俺のことが好きだからずっと一緒にいたがっている、ということになっているらしい。その認識はめちゃくちゃ恥ずかしいけど、それで玲奈が気にせず頼って来られるなら良しとしよう。


「三上くん」

「あれ、清水? 来てたんだ」

「みんな行ってたから……ていうか、あの辺放置してていいの? 朝倉さん、群がられてるけど」

「心配してくれてるんだ。ありがとう」

「べ、つに……ああもう、うざ! もうほんと、そういうところさぁ!」


 呆れたようなため息だけどどこか嬉しそうにしている清水に、俺は首を傾げることしかできない。一人分くらいの距離を空けて俺の隣に座った清水は、コップに注がれたオレンジジュースに口をつけた。


「どうでもいいんだけどさ。なんで二人ともそんな、お互い無関心な感じなの? 前に三上くんが波多野に絡まれてるときも、向こうはなんかほっとく感じだったし」

「波多野に? いつのことだろ……」

「ううん……まあいいけど。なんか、そういう感じ? 夏休みとかはお熱い感じだったじゃん。なに、冷めた?」

「そういうわけじゃないよ」


 お互いに面倒なことになりたくないだけ。俺たちからすればそれだけでも、清水にはあまり仲良くないように見えたらしい。

 どう説明したものかと考えていたら、静かに清水と俺の間を埋めるように女の子が座ってきた。もちろん玲奈だった。


「ご心配ありがとうございます、清水さん。ですがご安心ください、こんなにも引っ付いています」

「喧嘩売ってる? 買ってやるわよ?」

「そういうつもりでは」


 自覚するのもなかなかやりづらいものだけど、清水は俺のことが好きだったらしい。わりと本気でイライラしながらも、清水は玲奈の言い分を聞き入れたようだった。


「ま、なんでもいいんだけど」

「ええ。それよりカラオケですよ。清水さんもなにか歌ってみては?」

「あんたが歌いなさいよ。みんな待ってんだし」

「えっ。いえいえ、わたしは結構ですから」

「はぁ?」


 いくつかあるマイクを玲奈に押し付けようと清水がマイクを手に取ると、視線は清水の方へと向いた。


「……えっ。なに、あたしが歌う流れ?」


 こくこくと頷いたクラスメイトたちに、清水は若干嬉しそうな顔をした気がした。

 有名バンドの八番目くらいに人気の楽曲を歌った清水は、みんなからの拍手を受けながら次こそはと玲奈にマイクを渡した。


「玲奈。俺も聴きたい」

「えぇ……なにも面白いものじゃないですよ。そもそもそんなに音楽を聴きませんし……」

「はぁ……んじゃこれ。一番すら聴いたことない、なんてわけないでしょ? わかんないところは歌ってあげるから」

「え、あ、ちょっ……」


 本気で歌うのが嫌なわけじゃないと感じ取った清水は、去年大ヒットしたドラマの主題歌を選曲した。恥ずかしそうに清水からマイクを受け取ると、小さくはにかんで歌い始めた。

 歌い方は年相応の女の子らしく、かわいらしい歌声を聴かせてくれる。


「ん」

「ん?」


 清水はもう一つあったマイクに手を伸ばすと、俺に手渡してきた。


「一緒に歌ってあげれば?」

「ああ、そういう」


 結構長い時間いる予定だからどこかしらで一緒に歌おうかとは思っていたけど、みんなが歌い疲れてきた頃にでも歌えばいいかと思っていた。ちらりと玲奈の方を見ると、小さく首を横に振っていた。


「だそうだ」

「……ホントに、変な奴」


 清水がマイクのスイッチを入れるのを見て、玲奈は今日一番の笑顔を見せた。

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