98.朝倉さんと特別な距離
「ご馳走様でした」
「美味しかった。ありがとっ!」
夕飯食べている間はなかなか目が会わなかったけど、満足はしてくれているらしい。
「どういたしまして。どうする? ケーキ食べるか? それとも、先に風呂入る?」
「あー……ケーキ、食べよう」
「ん」
なにやらぎこちない様子でそう返してきたので、とりあえずケーキを切り分けることにした。
なんだかんだで綺麗な仕上がりになったクリスマスケーキ。ここまでほとんど玲奈が作ってくれたわけだし切り分けるのもやるつもりだと思ってナイフを手渡すと、「それはいいかな」と手を振られてしまった。
「ホールで作っちゃったの、失敗だなぁ」
「ね。まあ、明日食べよっか」
「そうだな」
適当に切り分ける。明日は何度か食べることになりそうだ。玲奈は切り分けている間にフォークと小皿を準備してくれていた。いつの間にか慣れている。
「いただきまーす」
「いただきます」
ケーキを口に入れた玲奈は、一度首を傾げて、それから何度か頷いた。
「まあ、こんなもんか」
「美味しいよ。大丈夫」
「ほんと? やった、よかった」
にっこり笑った玲奈は嬉しそうにケーキを食べ進めた。自分で作れたことが嬉しかったのか、それとも俺の言葉が嬉しかったのかはわからないけど、玲奈が楽しそうにしているので良い。
「クリスマス、楽しかった。ありがとね」
「俺の方こそ」
本当は玲奈を楽しませられるか不安だった。最初は外で過ごそうかとも思ったけど、クラスメイトに合う可能性なんかを考えてお家デートを提案してよかった。
ケーキを食べ終えると、玲奈とまた目が合わなくなった。なんだか様子がおかしい。
「おふろ、さき、はいれば? わたしはその。準備? とか、その、ありますから。後で、はい。大丈夫です」
「なんか普段の方混ざってない?」
「……うるさい」
明らかに様子がおかしい玲奈だったけど、本人も自覚はあるようだったので触れないでおいた。
触れておけばよかった。そう思ったのは、玲奈に風呂に入るよう促された五分後だった。
「……あのさ、なにしてるんですか、玲奈さん?」
「いや別に」
「脱げないんですけど」
「お気になさらず」
「それは無理がある」
先に入れと言いつつもなぜか着いてくると思っていたら、ついには脱衣所のドアを少し開けて覗いてきた。脱いでいたのは上半身だけだったので、ギリギリセーフということにしたい。
「……なに、どうしたの」
「なんで服着るの。脱いで」
「いや玲奈が見てるからだよ」
脱いだ服をもう一度着て、玲奈の前で屈む。
「どうしたんだ」
「……引かないなら言ってあげても? いいけど? 引くなら言わない」
「……若干引いてるから当てるよ」
引いてる、というよりは言ってくれれば考えないこともないという気持ちが強い。ただ、それを玲奈の方から言わせているなら俺もなかなか情けないし、言いづらいから行動に移しているのだろうし。
「一緒に入る?」
「……うん」
「じゃあ、タオルはその辺の持って入って」
「嫌だ」
「隠してください。じゃないと駄目。俺がもたない」
「……もたなくなっても、いーんだけどなぁ」
「なんて?」
「別に」
聞こえてるけど。そういうことを言われると本当に抑えられないかもしれないからやめてほしい。
背中合わせで服を脱ぐ。衣擦れ。距離感を意識させる音をかき消すように玲奈が言った。
「悠斗が言ったんだよ」
「言ってない。思ったことはあるけど」
「……ふぅん。わたしとお風呂、入りたかったんだ」
「まあ、いつかはと思ってたくらいだけど。で、俺がなにを言ったんだ?」
「わたしが求めてるときは、ちゃんと気づいてくれるって。気づいてくれたね、ちゃんと。じゃなかったら、お風呂入りたいとか言っても聞いてくんなかったでしょ」
「まあ、そうだなぁ」
玲奈が一緒にいたいと。もっと知りたいと思ってくれていなかったら、俺はきっと冗談かなにかだと勘違いしていたところだろう。本気で玲奈は俺と一緒にお風呂に入りたいと思っているのが、今回はなんとなくわかった。それもおかしな話だけど。
お互いに姿を確認しないようにして浴室の戸を開ける。少し広めの浴室は、高校生二人でも問題なく使える広さだった。
「背中、流させてよ」
「いい、けど」
「やった。ついでにシャンプーとかもしていい? さすがにダメ?」
「いや別にそんなに気にしてないから。したいなら玲奈が全部やってくれてもいいよ」
「すぅ…………つまり、前も洗っていいの?」
「ごめん、それは駄目」
考える間を取らないでほしい。普通に考えてそれはアウトだろ。
シャンプーとコンディショナーを手渡すと、シャワーで頭を流してからそっと頭に手が触れた。細い指にはシャンプーが泡立っている。
「痒いところはありませんかー?」
「わからない。この状況がまだ飲み込めてない」
「あはは、意識しちゃうよね。わかる」
シャンプーを流してコンディショナーへ。時折息を大きく吐く音が聞こえて、玲奈もやっぱり緊張しているのだと安心する。
頭を流してボディソープとボディタオルを手渡すと、玲奈は泡立ててゆっくり背中を洗い始めた。
「恥ずかし。なにこれ、はっずかしいな。なんか、こう。ちょっと興奮するね。いや何言ってんだろわたし。ん? どうした?」
「本当にどうした。無理しなくても」
「無理はしてないんだけど。いや、無理かも。なんか変なことばっかり考えちゃう」
「……まあ、多少変なことは考えるだろ」
「さっきからわたしらずっと変なことしか考えてないけどね」
もはや恐ろしいと思えるほど胸の内を隠さない玲奈に苦笑を返すと、玲奈も少し落ち着いたようで黙って背中を洗ってくれた。
丁寧に隅々まで洗ってくれた。泡も残っていない。
「次は玲奈の番、でいいよな?」
「背中流して。髪は長いから自分でやるよ。痛むとやだし……」
「わかった。あと、気にしてないから」
「ごめん」
俺ができないという言い方になってしまったことが嫌だったらしい。玲奈の綺麗な髪は俺も好きなので、痛まないように自分でやってほしい。
頭を洗い終えた玲奈は、「よろしく」とボディソープを手渡してきた。
「ボディタオルとかある?」
「いつもは使ってるけど、悠斗は手でお願いします」
「……なんで?」
「手で頑張ってください」
「はぁ……」
今日のわがままはちょっと酷い。いつもよりも理性が大きく揺さぶられる。
背中に触れないようにすると、玲奈はぐっと俺の方にもたれかかって来た。柔らかい感触が直接手に伝わってくる。
「まあ背中とか触らせたところで何になるんだよって感じではあるけどね。どう?」
「どうって……女の子らしいな、とは思うけど」
「微妙な反応だなぁ」
「どういう反応すればいいのかわからないんだよ」
「それはまあ、わかる」
わかるならなんで反応を求めたんだ。そう思いながら、下手なところを触らないように背中を洗う。俺よりもずっと細い身体なのに、ほどよく肉がついていて柔らかい。
「健康そうだ」
「褒めるの下手すぎない? ありがと」
少なくとも手が届きにくいところはある程度洗ったはずなので、ボディソープをシャワーで流す。最低限しか触れない俺をからかうように笑った玲奈は、満足したようにボディタオルを取り出した。
「おい」
「別にないとは言ってない」
「ほんと、おま、さぁ……」
「こんなに女の子に触れる機会、なかなかないでしょ」
「煽ってる?」
「うん」
自分も余裕がないくせに。いや、余裕がないからこうなのだろうか。こっちは鏡越しにいろいろ見えてしまいそうなのを見ないようにするので必死なのに。
体を洗い終えた玲奈は、泡を流して顔だけをこちらに向けた。
「湯船、二人くらいなら入れそう……だよね?」
「勝手にそのつもりだった」
「あ、そなんだ。えっと、じゃあ、どうしよっか。わたしが後ろからぎゅーってする感じでいい?」
「いいよ、それで」
先に湯船に浸かった玲奈を見ないようにして、俺も一緒に湯船に浸かる。後ろから手を回されて、柔らかい身体を思いきり押し付けられた。
「楽しいクリスマスだった」
「さっきも聞いたよ」
「さっきより楽しい。ドキドキするけどね」
「俺もだよ」
「知ってる」
「でも。楽しいよ、俺も」
「それも知ってるー」
普段は何気ないことでも、好きな人と一緒なだけで楽しいと思えてしまう。そんな新鮮な気持ちに、頭は少し追いつかない。
クリスマスらしいことは特にしていない。ケーキを作って食べたくらいだ。それでも、今日の出来事はクリスマスの思い出にするには十分すぎる。
「悠斗はさ。わたしにもっと触れたいとか思わない?」
「思ってるよ。ずっと思ってる」
「だよね。よかった。こんな密着してたいのわたしだけかと思っちゃった」
本当は普段からもっと触れていたい。そのくせそうしてやれないあたり、俺にはいろいろと足りていないものが多いらしい。
のぼせるほど話した俺たちは、倒れる前に風呂から上がることにした。
「今日、一緒に寝ようね」
「いいよ」
「えー? いいのかな? そんな軽率にOKしちゃっていいのかな? 寝てる悠斗に変なことしちゃう気しかしないけど」
「それもいいよ」
「…………えっ、いいの?」
その後二人で同じベッドで寝ることになったが、玲奈は腰の辺りを触ってくるばかりで『変なこと』はしてこなかった。
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