97.三上くんとクリスマス

「ただいま」

「ただいまー」


 誰もいないけど言っておく。大切なことだ。少なくとも、わたしはそんな家庭を大切にしたい。失敗は繰り返すものじゃないから。

 荷物をおいて、買ったものを冷蔵庫に入れる。手伝おうとしたら「じゃあこれしまっといて」と渡してくれた。


「一呼吸おいてからケーキ作るか? どうする?」

「作っちゃおう作っちゃおう。作ってからだらだらしよ?」

「ん。ならさっそく準備だな」


 ボウルやらなにやらを準備して、悠斗はわたしにも指示をくれた。悠斗一人でした方が早いのはわかっているけど、こうしてわざわざ指示をくれるとすごく嬉しい。


「とりあえずスポンジを作ろう」

「わかった。なにすればいい?」

「そうだなぁ……じゃあこれ、軽くかき混ぜて」

「おっけー」


 渡された卵白と砂糖を混ぜる。こういうのはできないわけではない。自信を持ってやれるかと言われればそうでもないけど。

 わたしがかき混ぜている間に、悠斗はハンドミキサーを準備してくれた。


「ありがとう、代わるよ。次はこっちお願い」

「卵黄? どれくらいやったらいいの?」

「様子見て声かけるよ」

「わかった。お願い」


 メレンゲの方は代わって悠斗がやってくれるらしい。ハンドミキサーで卵黄を混ぜると、ふわふわになってしまった。


「ああ、それでいいよ。ありがとう」

「ん、ん? いいの?」

「いいの」


 なるほど、いいんだ。今度は聞いてばかりにならないように、ちゃんと聞いてから手伝うようにしよう。

 それから悠斗は薄力粉と先程の卵黄を加えて生地を作っていた。その間はやることを割り振られなかったので、とりあえず悠斗のことを見つめておいた。

 目が会う度にわたしから目を逸らそうとする悠斗が面白かったので、何度も目を合わせに行ったら困ったような顔をされてしまった。やめます。

 しばらく悠斗を見つめていたら、オーブンを加熱するように言われた。指示通りにオーブンを温めると、悠斗は「サンキュ」と笑ってくれた。


「うぅー」

「なに?」

「なんでもー」


 こちらだけ一方的に照れなければいけないのはやや不服である。別に悠斗が照れていないわけでもないということはわかっているのだけど、もっとちゃんと照れを見せてほしい。

 しばらく手伝うこともなかったのでのんびり待っていると、スポンジ生地が出来上がった。


「次はクリーム作ろうか。七分立てで」

「わかった。やっていい?」

「わかる? 七分立てどれくらいか」

「うん。なんとなくね」


 わたしが自信満々に頷くと、悠斗は信じて任せてくれた。

 わたしがクリームを作っている間にをいちごをカットしてくれているらしい。今回は手際については気にしないことにしているけど、わたしが作業をしているときでも悠斗が作業できるのは嬉しい。


「確認! こんなもんだと思うんだけど」

「ん、ありがとう。このくらいでいいよ」


 クリームをすくい上げて別のボウルに移すと、悠斗はわたしにナイフを渡した。


「塗ってみる?」

「だ、大丈夫かなぁ」

「やってみよう」

「……よし」


 せっかくならチャレンジだ。こんな機会は一人だと作れないだろうし、なにより悠斗にはわたしの不器用なところもちゃんと知っておいてほしい。

 悠斗はわたしがクリームをスポンジに塗っている間に取り分けたクリームをさらに混ぜてもっと固めのクリームを作ってくれていた。


「これ、デコレーション用。玲奈に任せてみてもいいかな」

「任せて。あー、でも。出来にはあんま期待しないでね……?」

「いいよ」


 十分ほどかかってようやくデコレーションまで完成させることができた。ケーキを冷やしてから台所を片付けて、ソファーに座る。


「お疲れ様」

「付き合ってくれてありがと。楽しかった」

「玲奈がやってみたいときならいつでも言ってくれ」

「はーい」


 そう言われると甘えたくなってしまう。だけど、そのいつでもという言葉に甘えるわけにもいかないと頭では理解しているから、今度は一人でチャレンジしてみたいと思う。

 結局クリスマスらしいことは特にせず、夕飯の時間になってしまった。夕飯の準備はさすがに手を出さないで、代わりにお風呂を洗わせてもらった。


「結構広めなんだよなぁ」


 以前泊まったときに使ったこともあるけど、多分昔は美希ちゃんと一緒にも入ったりしていたんだろう。それでも十分にスペースはあるように思う。


「……まあ? クリスマスだし? うん」


 ちょっとくらいのわがままは許されるだろうか。いやわがままだらけだけど。

 でも、クリスマスなのにいつも通りというのも変な話で。恋人になってからもう半年ほど経つのに、わたしたちにはなかなか進展がない。恋人らしいことをしていない。


「……わたしが、変なのかな」


 わたしは他人との関わりが多く見えて、本当はそれほど多くない。だから、正直なところ周りの普通がわからない。それっぽく振る舞うのはいつの間にか得意になったけど、恋人なんてできたのは初めてだし、どうするのが普通なのかもわからない。

 それでも、自分の気持ちに正直になっても良いのなら。


「玲奈? ごめんな、無駄に広いだろ」

「無駄じゃないよ」

「……?」


 やっぱりわたしは、彼の前ではわがままになれるらしい。

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