99.朝倉さんともうひとつの居場所
「ん……れな……? なんでのってんの……」
「……おはよー……?」
目が覚めると十時前だった。なぜか俺の上に乗って寝ていた玲奈をそっと下ろして、ベッドから抜け出す。なぜか服の至るところが濡れていて、ちょっとベタベタする。
「すごい汗かいてたみたいだけど、大丈夫か?」
「あー、うん。大丈夫。それ以上気にしないで。何も考えないで」
すごく気にはなるけど、これ以上聞いても挙動不審になるだけだと思ったのでやめておいた。
玲奈が着替えを終えるのを待って、リビングに向かった。変な体勢で寝ていたから玲奈の身体はしっかり固まっているようで、姿勢を変える度に少し辛そうにしている。
「ストレッチするか?」
「お願いできる? じゃあ、後ろから押して」
「わかった」
床に座った玲奈は、足を伸ばして身体を倒そうとする。が、なかなか前には倒れない。後ろから押してみると、ぺたりと身体が床に着いた。
「さんきゅー……」
「柔らかいんだな」
「まーね。いつもはちゃんとストレッチとかしてるし。悠斗といるときは話してる方が楽しいからやらないけど」
「次は一緒にやろうか」
「お、やった」
身体はむしろ固い方だけど、玲奈とするならそれも悪くないだろう。
玲奈のストレッチに付き合った後、俺は朝食を諦めて昼食の支度をすることにした。玲奈も手伝ってくれようとしたが、寝起きの身体はまだちゃんと動かないようで、ソファーで待っていることにしたらしい。
買いに行く程でもないので、家にあるもので作ることにした。
「パスタでいい?」
「辛すぎないやつならー。何パスタ?」
「ツナを使おうかなって」
「あー、そーゆーの食べたことないかも。あ、パスタならなんか手伝えることあるかも。茹で時間見とくくらいならできるし」
「身体大丈夫か? 大丈夫そうならお願いするよ」
「だいじょぶ!」
ぐっと身体を伸ばしてそう言った玲奈は、鍋とボウルを取ってくれた。
「よく知ってたな」
「今度機会があったら手伝おうと思って美希ちゃんに聞いてたんだ。料理はあれだけど、それ以外は自信あるから。記憶力とか。砂糖と塩も場所覚えたし」
「そっか。じゃあ、今度来るときも手伝ってもらおうかな」
「任せて」
一緒にやるのが好きならしい。いや、今までそういう機会がなかっただけかもしれない。玲奈の過去を想像して、なんだか少しだけ寂しくなってしまった。
美希だけじゃない。日向も結花もいる。けれどそれは俺のコミュニティに玲奈が入ってくれたからで、元々玲奈にあった関係じゃない。いつか玲奈が話してくれた友人ともう一度会えたらいいなと思う。
パスタを玲奈に茹でてもらっていると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま、兄さん、玲奈さん!」
「美希? おかえり……?」
「あれ、家族旅行じゃ……あ、おかえり! お昼ご飯どうする?」
「食べます! 悠斗悠斗とうるさいので、帰ってきちゃいました」
「ああ……なんかごめん」
「ううん。わたしも兄さんと離れてるの寂しいから、いいんだ」
どうやら母さんがうるさかったようで帰ってきてしまった美希の頭を、玲奈が優しく撫でてくれた。
「あー……てことは、ご両親いらっしゃるんですか?」
「あ、大丈夫だよ。前に会ったときは緊張してたからってことにしといた」
「そうなんだ。ごめんね、ありがと」
「いえいえ」
第一印象との乖離で玲奈を嫌われたくないのは美希も同じだ。玲奈と一緒にいるためだったら、美希も全力で協力してくれるのはわかっている。
それに、ここはもう玲奈にとっても取り繕わなければいけない場所ではない。
「ただいまー、悠斗。それに玲奈ちゃん。お久しぶり、ね」
「お久しぶりです」
「そう固くならないで。いつも通りにしてくれていいの。いつも美希や悠斗と話しているときみたいにしてほしいわ」
「……えっと。少し難しいです」
恋人の親相手にいつも通りというのは当然無理な話だ。少しでも他所での朝倉さんを剥がそうと努力はしているが、どうにも上手く会話ができていない。
「その辺りにしてあげなさい。朝倉さん、だったかな? 騒がしい妻ですまないね!」
「騒がしいのはどっちもだよ……あー、まあ。玲奈はこんな感じだよ。美希からいろいろ聞いてるかもしれないけど、基本的には礼儀正しくやらないと落ち着かない子だから、慣れるまではしばらくこう」
「すみません、気を遣っていただいたのに」
美希が若干申し訳なさそうにしていたが、そのことを伝えておいてくれなかったら玲奈はもしかしたらここでも息の詰まる生活をしなければいけなかったかもしれない。慣れるまでは難しいだろうが、うちの両親のことを知っていけば、自然と楽に話せるようになるだろう。
「それなら、そうね。お母さんたちが帰ってくる日は玲奈ちゃんも呼びましょうか」
「えっ」
「それはいい。朝倉さんさえ良ければ来てくれ。といっても、悠斗たちにも連絡せずに帰ってきたりするんだけどね!」
「それは……良いのでしょうか」
「戸惑うよな」
ある程度美希のことを知っている玲奈からすれば、両親との時間を自分が邪魔するわけにはいかない、と思ってしまうのかもしれない。
でも、実際にはそんなことは無い。
「わたしは、玲奈さんが一緒だともっと楽しいと思います」
「……そっ、か。そっか。うん、そだよね」
「玲奈さえよければ、だけどな」
「うん。ありがとね、悠斗。美希ちゃんも」
ようやく玲奈も父親と上手くいきそうなのだ。玲奈が来れるとき、来たいときに来ればいい。
「さっ、お昼にしましょう。玲奈ちゃんも悠斗も座ってなさい」
「あっ、パスタのゆで時間……!?」
「玲奈さんが料理してたの!?」
「酷くない?」
幸いにも、打ち解けるまでにそこまでの時間は必要なさそうに思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます