80.朝倉さんと思い出の
「改めて、お誕生日おめでとうだよ、兄さん!」
「ありがとう」
「おめでとー!」
結局、三人とも家まで着いてきた。誕生日かどうかにかかわらず、こうやって五人で集まることができるのは俺も嬉しい。
今日の家事は美希がしてくれるらしく、俺と玲奈はソファーに座ってのんびりしていた。結花は美希の手伝いをしてくれていて、日向は荷物だけ置いてそのまま買い物に行ってくれた。
今日は俺以外で夕飯の準備をしてくれるらしい。申し訳ないような気がしつつも、やっぱり少し嬉しい。
「なんかわたしだけただ座ってるだけなんだけどいいのかな……」
「後で手伝うんだろ。なにより、その。今は俺が隣にいてほしいんだけど」
「……あっそ」
ぷいっ、とそっぽを向いてしまった玲奈の頭を撫でると、顔を背けてままだがその身を寄せてきた。その肩を抱き寄せると、柔らかく微笑んだ。
「邪魔すんぞ。うし、俺も晩メシ作っか」
「ふぁ!? う、うん!」
ぱっと俺から離れた玲奈は、いきなり部屋に入ってきた日向の方へ向かう。「悠斗は待っててね」と言いながら、玲奈はエプロンを着けた。水を差したことをわかっているであろう日向は、玲奈を見て吹き出していた。
心做しか、日向と玲奈の距離が縮まっているような気がする。ほんの少しだけ嫉妬をしないでもないが、それよりも二人が仲良くなってくれたことが嬉しい。なんとなく日向の方は玲奈と距離を取っているように見えていたから、尚更そう感じるのだろう。
「……つか、一人になったな」
それならそれで時間を潰そう。今日は俺が手伝おうとすると美希に怒られるのは目に見えているのでやめておく。
以前玲奈が教えてくれた本を買っていたのを思い出して、部屋に取りに戻る。美希が不思議そうな顔でこちらを見てきたので、とても伝わりそうもないが本を取ってくるだけだからすぐに戻るとジェスチャーしてみると、なぜか伝わったようで頷かれてしまった。
本を取って戻ると、日向が壁にもたれかかっていた。
「いや何してんだよ。俺が言うのもなんだけど」
「それがよ、ユーたちに置い出されたんだなぁ。ああ、これやるよ」
「ありがとう」
日向に渡されたのは、俺が手に持っている本にちょうど合いそうなブックカバー。
「わり、俺にはこんくらいしか思いつかなかった。ユーとか朝倉みたいなのは無理だ」
「いや……ありがとう。逆にお前から部屋に飾ったりする物渡されても」
「そりゃそーだな」
けらけらと笑って茶化す日向。玲奈と結花が準備していたものは知っていたらしい。そのうえで、きっと日向のことだから悩んで考えて、ブックカバーを選んでくれたのだろう。それくらい、数年一緒にいたらわかる。
「サンキュ、日向」
「うっわ気色悪い。やめろやめろ」
ぶんぶん手を振って嫌がる日向をもう少しだけからかってみる。
「にーさん、北条さん。晩御飯できたよ」
「お、マジか。んじゃまあ、食うか」
「だな。三人ともありがとう」
そう伝えると結花は胸を張って、美希は当たり前のように笑って、そして玲奈はなんでもないようにそっぽを向いた。
「まあ、今回は簡単なものなんだけどね。えと、玲奈さんが作れるものにしようって話だったから」
「というか、わたしがなにをやらかしてもどうにかなる感じのメニューにしてほしくて。グラタンとポテトサラダ、あとコンソメスープなんだけど」
「なるほど」
確かに、グラタンは調味料の分量を間違えたとかでも完成はする。玲奈の場合は砂糖と塩を間違えた、なんてベタなことをしそうな気もしたが、その辺は美希が間違えさせないはずなので心配もしていない。
「あれ? というかわたし誕生日に悠斗に酷いものを食べさせようとしてない?」
「してない。食べたい」
「うっ……そう言われると弱いなぁ……一応美希ちゃんが作ってくれた安全なやつもあるから。わたしの味見を信用しないで」
「玲奈が食べて見た感じはどうだった?」
「比較的まともなはず」
「なら大丈夫」
別になんだっていいのだ。こういうことを言うと玲奈は嫌がるかもしれないが、玲奈が頑張ってくれたことが俺にとっては大切なんだ。もちろん、味が良いならそれに超したことはないが。
俺と玲奈が話している間に、美希はせっせと料理を運んでくれていた。
「じゃあ、いただきます」
「不味かったらちゃんと言ってね。受け入れる覚悟はできてる」
「わ、わかったから」
あまりに玲奈がそう言ってくるから少しだけ心配しながらグラタンに口をつける。
「……美味い」
「えっ?」
「美味しいよ。ちゃんと美味い。大丈夫だよ」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとに」
なぜか料理ができなかった玲奈がこれだけ作れるのならかなり上出来だ。そう思って隣に座る玲奈の頭を撫でてやると、安心したように息を吐いた。
「よかったぁ」
「ありがとう」
誕生日はこれまでも楽しかった。それは日向と結花が、美希がいたから。でも、それでも誕生日ほど寂しいと思う日もなかった。
それが、今年は少しだけ。隣にいる玲奈が笑ってくれることが嬉しかった。
ポテトサラダとコーンスープも素直な味付けが俺の好みに合っていて、完食するまでにそう時間はかからなかった。
「美味しかったよ」
「うん、よかった」
何度言っても嬉しそうに笑うものだから、つい俺も何度も伝えてしまう。
そんな会話をしていると、結花がほんの少しだけ不安そうな目をしながら話しかけてきた。
「ハルちゃん」
「ん?」
ハルちゃん、という呼び方でふざけたいわけではないのだとわかる。俺も玲奈も少し真剣な態度で、結花の言葉に耳を傾ける。
「写真、撮ろうよ」
「えっ? で、でも……」
「いや、撮ろうか」
「えぇ!?」
今なら、少し晴れた気分で写真が撮れそうな気がする。日向はこっちに来いと言わんばかりの笑顔で、でも何も言わずに待っている。
「カメラカメラ……よし。兄さん、玲奈さん」
スマホのカメラではなく、デジカメを取り出した美希は、机の上にカメラを固定して俺と玲奈にカメラの枠に入るように言った。
「えっと、俺がここ?」
「誕生日だろうが。おい朝倉、早く来いって」
「えっ、あ、うん」
自然と玲奈の位置は俺の左側になった。その反対側に美希がやってきて、手を握ってきた。
「ほら笑って! 前三人表情硬い!」
「もう、兄さん。笑ってよ」
「笑ってるよ」
シャッターの音。右手に落ちた雫には気付かないふりをしておくことにした。
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