79.朝倉さんと誕生日

「に、い、さーん」

「ん……おはよう」

「おはよう! 誕生日おめでとう!」

「あー……ほんとだ、ありがとう」


 やたらハイテンションな美希に起こされて、俺は今日が自分の誕生日だということに気づいた。両親に特別祝ってもらった記憶はないけれど、美希や結花は毎年祝ってくれる。俺にとっては十分すぎるプレゼントだ。


「これ、誕生日プレゼント」

「おお、ありがとう」

「大げさだなぁ兄さんは」


 美希がくれたのはハンドクリーム。これからの時期には必要になってくるだろう。


「ほんとは、もっと特別なものあげようと思ったんだけど」

「いや、嬉しいよ。俺にとっては、美希はいてくれるだけで十分」

「わたしこそ兄さんにお世話になってばかりだから、親孝行じゃないけどこういう機会になにかしたいんだよ」

「まあ……とりあえず、気持ちは受け取っておくよ」


 本当に、俺は美希に特別な何かを求めているわけではない。両親が滅多に帰ってこないのは美希だけじゃなくて、当然俺も同じだ。だから、俺にとっても美希はいてくれないと困る存在なのだ。

 ただ、そんなことを言っても美希は聞かないので、今のところは気持ちを受け取るという形で納得してもらうことにした。


「今日はみんな来るのかなぁ」

「どうだろうなぁ」


 そういった話は聞いていないし、美希に話を通しているわけでもない。となれば、いくら結花たちでも急に押しかけてくるようなことはしないだろう。玲奈は来ようとするかもしれないが。


「ちょっとにやけてる」

「えっ?」

「玲奈さんのこと考えてたねぇ」

「そんなわかりやすいか……」


 もし、玲奈が祝おうとしてくれるなら少し嬉しいなと思っただけで。けれど誕生日なんてたった一度教えただけだから、玲奈の方も覚えてはいないだろう。

 美希が準備してくれた朝食を取りながらテレビに目を向ける。今は紅葉の時期らしい。


「時間があれば、どこかに見に行こうか」

「えっ、いいの?」

「時間が作れたら、だけどな。たまには美希も遠出したいだろ」

「したい!」


 せっかく高校生になったんだ、美希の兄としても、今までできなかったことをしてやりたい気持ちはある。


「まあ、その話はまた今度。学校あるからな」

「ああ、そだった。いってらっしゃい、兄さん」

「いってきます」


 家を出ると、やや冷たく感じる風が吹いた。寒いとまではいかないが、明日からは少しだけ暖かい格好をすることにしよう。

 少し歩くと、後ろから足音が聞こえてきた。子どもが元気に遊んでいるのは、何の関係もないけれど嬉しいと思える。

 そんなことを考えていたら、足音が真後ろで止まった。


「はろー!」

「うるさいな……おはよう、結花」

「おはよ! それと……おたおめ、ハルちゃん」

「ん、ありがとう」


 長い付き合いだ、結花は覚えていてくれたらしい。少しだけ嬉しい。


「これ、あげる。アロマ」

「へぇ。ありがとう、使ってみるよ」

「毎日お兄ちゃんして偉い」


 そう言って結花はやんわりと笑みを浮かべた。

 美希の兄としていることが偉いとは思わない。ただ、どうすれば美希が笑って過ごせるのか、兄としてどうあるべきなのか。そういったことを考えていると、疲れてしまうことだってある。結花の『偉い』はそういったことを含めてなのだろう。


「さて、と。行こっか」

「だな」


 久しぶりに結花と登校する。中学以来だろうか、確か日向と付き合い始めてからはあまりそういうことはなかった。

 他愛もない話をしながら歩いていると、学校にはすぐに辿りついた。わりと早い時間に着いたから、グラウンドではサッカー部がまだ朝練をしていた。


「早く着いちゃうと暇だなぁ」

「結花はその方が楽だろ」

「そうだけど」


 元はそれほど明るい子ではないのだ。それを少し無理して明るく振舞っている。その立ち振る舞いは玲奈と似ているが、そこで感じるストレスは玲奈とはまた違うものらしい。


「あ、じゃあせっかく掃除したし向こうの教室行こっか」

「あーまあそうするか」


 そこそこ時間があるから、場所を移して時間を潰すことにした。

 俺と玲奈がいつも使っている、空き教室だった部屋。今でも空き教室であることに変わりはないが、以前掃除したことによって随分綺麗になった。


「あ」


 教室の扉を開けると、気の抜けた声が聞こえた。もう聞き慣れてしまった、大切な声だ。


「あー……おはよ」

「おはよう、玲奈」

「うん。あと、ハピバ」

「ああ……」


 覚えていてくれたらしい。どこか焦ったような顔をしているのは、覚えていた上でプレゼントを用意していなかったとか、そんなところだろうか。俺の方は覚えていてくれたという事実だけでも十分に嬉しいのだが。


「何してた?」

「ちょっと仮眠」

「学校来て仮眠するんだ。なんかあれだね、玲奈もちょっと変わってるよね」

「でしょー」


 本当は父親と同じ家にあまりいたくないということを俺は知っているが、そんなことは話さなくてもいいだろう。そんな話を知っているのは、一緒に抱えるのは俺だけでいい。

 玲奈の隣の席に座る。隣といっても、机と椅子はそれぞれ四つずつしか出してはいないので、結花は必然的に俺と玲奈の座った後ろに座ることになった。


「あ、それ結花ちゃんがあげたの?」

「そそ。まあ、長い付き合いだしあんまり高価なものとか思い出深いものとかもなーって。なにかと苦労しがちなハルにはいいプレゼントっしょ」

「うっ……ごめんなさい苦労させてる人です」

「苦労なんてしてないよ」


 いたずらっぽく笑っている結花は、ぽんぽんと玲奈の肩を叩く。苦労の原因があるとすればそれはもちろん玲奈ではないが、こうやって勝手にダメージを受けている玲奈を見ているのは嫌いじゃない。

 しばらくして今度は結花に頭を撫でられていた玲奈は、申し訳なさそうに結花に言った。


「ごめん、せっかく朝会えたなら悠斗と二人でちょっと話したいんだけど、いい?」

「ん、いいよ。終わったらLINKして」

「わかった」


 言うが早いか、結花はすぐに立ち上がって教室から立ち去ってしまった。


「それで、話って?」

「話というか……まあ、改めて誕生日おめでと。これ、プレゼント、です」

「……準備してたのか」

「えっ? 当たり前だけど……」


 てっきり準備はしていないものだと思っていたので驚いてしまった。


「君に贈るものとしては、正直間違ってるなって思う。けど、それでもね、わたしとのこれからを思い出にしてほしいから」

「ああ……なるほどな」


 丁寧にラッピングされてプレゼントの中には、小さなフォトフレームが入っていた。

 以前玲奈にも言ったことがあるが、俺は写真が好きではない。俺が写っている写真には、いつも隣に美希しか写っていなかったから。今では理解しているが、俺の隣に両親が写ることはなかったから。


「君の隣にいる人は、もう一人じゃないんだよ……って、まだまだ迷惑かけてばっかのわたしが言っていいのかわかんないけど、でもね」


 どこか迷ったような顔をしていたのは、こういうことだったらしい。言いながらもまだ不安そうだったが、それでも笑顔で言った。


「大好きだよ、悠斗」

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