34.朝倉さんと当たり前のこと

 あれから数日間、俺は両親に朝倉との関係を勘繰られたり、朝倉に連れ回されたりして過ごしていた。


「おい……ついにこの期間が来てしまったぞ悠斗……」

「キャラどうなってんだよ」


 日向が嘆いているのは、今日からテスト期間に入るからだ。結花とは定期的にそういう話もしているので問題がなさそうだというのは聞いている。が、日向からは何も聞いていない。


「いや、俺はもうユーに迷惑かけるわけにもいかないんだ。今回こそ赤点は回避」

「目標ひっく」

「大体、お前こそなんだよ。数学学年五位、急に頭良くなりすぎてねぇか?」

「まあな」


 前回の試験は、それほど頭が良いというわけでもなかった俺にしては数学では秀でた成績だった。理由はもちろん、朝倉だ。

 うちの学校では各教科の成績上位者五名を貼り出す形になっている。そして、その張り出された名前の全てに一番として名前が載っていたのが朝倉だ。

 そんな朝倉に教えてもらっているのだから、俺も当然成績上位出なければいけない。


「俺より、朝倉の方がずっとすごい」

「あいつは、なんか違うだろ」

「……そうかな」


 そうではないということは、俺が一番知っている。必死に勉強して、必死にみんなの憧れの朝倉さんになれるように頑張っている、それはきっとこの学校では俺だけが知っている事だ。

 今回は中間テストの実績もあり、いろんな生徒にテスト期間前から教えて欲しいと頼まれていた。


「なんにせよ、大変そうだなぁ」

「そうだな」


 少しでも手助けができたらいいな、なんて思いながら朝倉を見る。休み時間の今も忙しそうにしていて、そんなことはお構い無しに他クラスからも人が押し寄せている。確かに、全教科一位というのは普通ではない。

 そうやって相手をしている朝倉は、どこか疲れている様子だ。

 そうこうしているうちに、休み時間が終わった。朝倉は笑顔のままだった。






 放課後。休み時間や昼休みよりも多くの人が、朝倉を求めて群がっていた。


「あ……えっと……ちょっと待ってください、あの」

「……はぁ」


 さすがに人のことを考えていないにも程があるだろう。放課後は個人の時間だ、それを奪うというのに相応の誠意もなくこんな風に押しかけるのはどうかしていると思う。

 とはいえ、俺も教えてもらっているので人のことはいえない。


「朝倉!」

「!? はる……三上くん、なんですか!?」

「ちょっと来てくれ」

「えっ、あっ……えぇ……」


 朝倉の手を引いて教室を出る。戸惑ったような声を出しているくせにしっかり荷物は持っているので、俺の意図は伝わっているのだろう。

 しばらく歩いてから手を離して、いつもの空き教室へ向かう。


「なーにしてくれてんのかな悠斗くん?」

「悪いとは思ってる。反省はしてない。明日も同じような状況ならまたやると思う」

「……わたしは嬉しいけどぉ……」


 複雑な心境をしっかり表情で表現しながら、朝倉はため息をつく。


「これ、君に二つほど迷惑がかかってること気づいてる?」

「どういうこと?」


 どちらかと言えば迷惑がかかるのは朝倉の方だ。


「一つ目、君とわたしが普段から結構一緒にいるってこと、意外とバレてる。付き合ってるとか噂されてるよ。そんな状況でこんな連れ出し方したら付き合ってるって言われても否定できないでしょ」

「……明らかに俺みたいな陰キャと朝倉さんが釣り合わないって思わないのかねぇ」

「不本意だけど、その意見は同意。でもそういう自分を落とすようなこと言わないでね」


 あくまで比較対象が演技をしている朝倉さんだから怒っていないが、きっとこれが素の朝倉だったら怒っていたのだろう。こういうところは朝倉の少し面倒なところだと俺は思っている。その面倒なところは、立派な朝倉の魅力だと思うが。


「そんで、二つ目。君がこうやって妨害することによって、また男子からヘイト集めてるよ。あわよくばわたしと付き合おうとしてる人いるし、そういう人からしたら悠斗はめちゃくちゃ邪魔だと思う」

「それくらい別に」

「別にって」


 どうせそういう奴は後々また朝倉にちょっかいをかけようとしてくるだろう。そういう奴こそ、勝手に俺と朝倉が付き合っているとでも思ってくれたらいい。もちろん、朝倉が嫌だと思うなら考えるが。


「ちなみに、朝倉は俺と付き合ってるって思われるの嫌か?」

「……はぁ!? い、いや別に嫌じゃないというかやぶさかでないというか悠斗がそれを望んでくれるんだ……」

「男避けにちょうどいいかと思ったんだけど」

「……あー、はいはい。うん、助かる。すっごく助かるよ、ありがと。うん」

「どうした?」

「三秒前の自分を呪い殺したくなってるだけだから気にしないで」


 それは気になるが、朝倉の顔がやや赤くなっているのを見るに、知らぬ間に失言をしていたのかもしれない。俺は気づかなかったが。


「なんにせよ、付き合っているように見えるなら好都合かもな。もし聞かれたら違うって言えばいいだけだし」

「……うん、そうなんだけど」

「どうしたんださっきから」

「なんでもない」


 首を振って、朝倉は埃が綺麗に払われた椅子に座る。俺はその隣の椅子に座って、鞄からノートを取り出す。


「はい、そのノートしまって」

「ん? ああ、ここで勉強されたら邪魔か」

「そうじゃなくて。えっ、ていうか今回も一緒に勉強してくれるんじゃないの?」

「そりゃ、俺は助かるけど」


 もし俺に構って朝倉の成績が下がった、なんてことになったら周囲への申し訳が立たない。


「でもさぁ、もうノート作っちゃったんだよね」

「……無理すんなって言ってるだろ」

「あれだよ。君のこと考えてたら結構早く終わった、的な」

「なんだそれ」


 俺たちは顔を見合わせて笑う。


「そういうことなら、今回も頼むよ」

「ん、任された」


 それなら逆に、俺は朝倉に少しでも楽になるように頑張ってみよう。そう思うと、なぜか少しだけいつもよりやる気が出た気がした。

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