28.三上くんの好きな人

「洗濯干してくる。二人で話しててくれ」

「おっけー、手伝おっか?」

「俺の下着とかあるからやめてくれ」

「下着……」


 ちょっとだけ気になる。いや、ちょっとだけ。本当にほんの少しだけ気になる。結花ちゃんはそんなわたしの考えを読んだのか、にやにやとこちらを見てくる。もしかしたら一番バレてはいけない人にバレているのかもしれない。

 三上くんは洗濯物を干しに行ってしまい、リビングにはわたしと結花ちゃんだけが残された。妹さんと北条くんはゲームをしているようだけど、北条くんがものすごく悔しそうな声をあげているので妹さんに惨敗しているとかだろう。


「そんでぇ? 玲奈はどこが好きになったの」

「……だ、誰のことかなぁ?」

「ハル」

「全然隠さないじゃん……」


 わかっている。自分の気持ちにくらいずっと前から気づいている。それでも認めたくないのは、三上くんがわたしのことを好きじゃないこともわかっているから。

 せっかく秘密を共有する仲になったのだ、いっそこの叶わない恋の愚痴でもしておこう。


「いやぁ、わかるよ。日向くんがいなかったらあたしもハルのこと好きだったかもしんないくらい良い奴だよね」

「お節介すぎて心配になる」

「わかる」


 よく三上くんはわたしのことを心配してくれるけど、その気遣いをわたし以外にもしているのだとしたら、きっとわたしよりも気疲れしているはずだ。それなのにわたしは三上くんを付き合わせてしまっている。


「はぁ……」

「えっ、急に何」

「いや……三上くんに迷惑かけてばっかだなぁ、って」

「そんなことないと思うけど」

「いや、迷惑でしょ。LINKの最初のやり取りは遊園地に行こうだし、映画見に行ったときは心配してくれたのにわがまま言うし、そのわがままを聞こうとしてくれて後日また遊びに行くってなったときは風邪ひくし、看病されちゃうし……」

「ほー? ふーん? へぇー?」

「……言うんじゃなかった」


 結花ちゃんはにやにやしたまま三上くんの方を見ている。最悪だ、これでまだなにもしていないなんて言ったら笑われるに決まっている。


「なんで好きんなったの?」

「……受験のとき助けてもらった」

「めちゃくちゃハルらしいことしてた。受験のときまでお人好ししてたんだ」

「わたしがこういう奴だって知ってからも、なんだかんだ言いながら付き合ってくれて。好きになるなって方が無理だよ」


 そう。だから、三上くんが悪い。そうに決まっている。

 結花ちゃんは納得したように頷いて笑った。


「よっし、じゃあハルについてあたしが知ってること教えたげる」

「ほんと? じゃあ三上くんの好きな女の子のタイプ」

「めちゃくちゃ直球じゃん」

「…………というのは冗談で」


 それは通用しないようで、結花ちゃんはだんだんと見慣れてきたにやついた表情をわたしに見せる。今のは仕方ないだろう、一番最初に思いついた知りたいことがそれなのだから。


「んーまあシンプルに明るい子が好きかなぁ」

「明るい子。わたしは……どうなんだろ」

「それなりに明るいんじゃない?」

「よし」

「隠す気無くなってきたなぁ」


 どうせ隠しても意味のないことをずっと隠している方がなんかばかばかしい。それならいっそ、わたしがどれだけ三上くんを好きかを自分自身に自覚させる方がいい。


「あとは、距離近い子。自分に優しくしてくれる子も好きっぽい」

「うっ……」

「距離近いんじゃないの?」

「距離は近いけど、わがままばっか言ってる」


 その自覚くらいはある。それに、距離が近いと言ってもわたしが距離の詰め方がわからなかっただけだ。わたしがそうしようとしたわけではない。


「あー、じゃあ今からできるハルの気の引き方、教えたげるよ」

「なに!?」

「食い気味だねぇ。それはね、名前で呼んであげることだよ」

「……えっ、無理」


 いきなりそれは無理があるだろう。というか、わたしに名前で呼ばれても気味が悪いはずだ。三上くんにこれ以上嫌われるのは嫌だ。


「ハルね、彼女とは名前で呼び合いたいんだって。高校入学の前に聞いた」

「へ、へぇ……」

「まあ、ハルが関わりある女の子なんかあたしか美希くらいだから、焦る必要なんかないかもだけど……」

「焦らないと駄目なのは、わかってるよ」


 三上くんが誰にでも優しいのは、わたしもよく知っている。わかっているくせに三上くんに嫌われたくないとかそんなこと言ってこれ以上になろうとしないのは、三上くんに本当のことを言われるのが怖いから。


「三上くんは多分、放っておいたらみんなに優しくする。彼女もいないから狙われるのもわかってる」

「……わかってんじゃん。じゃあ、がんばれ。ちなみに言うと、ハルは告られたことなかったけどめちゃくちゃモテてたよ」

「だろうね……」


 でも、今はまだ三上くんの魅力に気づいてないから。みんながまだ気づいていない今じゃないときっと、わたしなんかに見向きしてくれるはずもないから。

 わたしは黙々と洗濯物を干している三上くんのところへ向かった。


「……悠斗!」

「……えっ、なに」

「別に! でも、これからそう呼ぶから」

「まあ、いいけど。とりあえず朝倉が結花と仲良くやれそうでよかったよ」


 今はまだ、この距離は一方的なものだけど。それでも、まずは玲奈と呼んでもらえるまで。とりあえずはそれを目標に、わたしなりの一歩を進んでみようと思った。

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