29.朝倉さんと友達

「兄さん、帰りにゲームセンター寄ってもい?」

「いいけど、珍しいな」

「負けたまんまじゃ終われねぇ」

「らしいから。負けるつもりはないけどね」


 なんだかんだで、この二人は仲がいい。その度に面倒なことになる奴もいるのだが。


「ずるいぃ……」

「結花も行けばいいだろ。朝倉はどうする?」

「行ったことないです」

「なんかそんな感じはする」


 美希と日向の前ではまだ完璧な朝倉さんを演じるようで、にこにこと優しい笑みを浮かべている。

 正直なところ、日向や美希に伝えても問題はないと思っている。けれどそれを決めるのは朝倉自身なので、口を挟むようなことはしない。


「そもそも、今日はどこへ行くのですか」

「ボウリング。玲奈は得意?」

「……えっと、やったことないです」

「それなら、変えるか? 朝倉も楽しめた方がいいだろ」

「いえ、やってみたいです。がんばります」

「朝倉なんでもできるらしいし大丈夫だろ」


 なんでもできるわけではないが、朝倉は運動神経もいいというのは知っている。本人がやってみようというのなら、わざわざ場所を変える必要もないだろう。


「まあ、あたしらが遊ぶときって基本こんな感じであんまりなんも決めてないんだよね。今日もボウリングまでは決まってたけど、その後どうするってなんも決めてなかったし。ゲーセン行って、またここに帰ってくんのかなぁ」

「ふむふむ……」

「なら美希たちがゲーセン行ってる間、俺と朝倉抜けてもいいか?」

「……えっ!? わたしですか!?」

「いいよーん。ちなみに、結構時間かかる?」

「朝倉次第かな」

「どこに連れていくつもりですか……」


 朝倉は若干怪しむような表情だが、嬉しそうに笑ってくれた。本当は結花も連れていけたらよかったのだが、美希に嫉妬されても困るのでそっちは諦めることにする。


「ちゃんとエスコートしたげなよー?」

「はいはい」

「いや、あの。そんなにしなくても大丈夫です……」

「らしいです。いい感じにがんばれ」

「ハードルが高すぎる」


 そんなことを話しているうちに、全員の外に行く準備が整った。結花が先頭になって、一番後ろを俺と朝倉が歩く。

 美希は日向と結花によく懐いている。前を歩く三人は楽しそうにしている。


「なんか、ああいうのいいね」

「そうだな。お前も混ざって来れば?」

「わたしはいいや。悠斗と話しとく」

「そうかい」


 二メートルほど離れた位置。そこで俺たちは、美希たちを見守る。結花が馬鹿なことを言っているのだろう、美希と日向が笑っている。


「親子みたい」

「ちょっと歳が近すぎるなぁ。まあ、言いたいことはわかるよ」

「兄さん的にはどうなの? 寂しかったりしないの?」

「いや、別に」

「意外と反応薄いね」

「普通兄妹なんてそんなもんだろ」


 むしろ、美希は俺にべったりすぎる。だから結花と日向がああやって楽しそうにしているのは嬉しい。

 ただ、美希が俺を兄さんと呼んでくれなくなる日がくるとしたら、そのときは寂しいかもしれない。


「ま、妹さんが悠斗から離れちゃったらわたしがその分一緒にいてあげる」

「そりゃ助かるよ」

「……助かるんだ、ふーん」

「なんだよ」

「うっさい」


 そう言って朝倉は顔を背ける。理不尽極まりないその扱いにもそろそろ慣れてきて、俺は苦笑を浮かべる。

 電車に乗って、ボウリング場へ。結花が受付を済ませてくれたので、俺と朝倉は三人についていくだけになっている。

 やや緊張した様子の朝倉が少しだけおかしくて笑ってしまう。それを見た朝倉は、むっとした顔で俺を睨む。


「なんですか」

「なんでも。次はボール選ぶんだよ」

「あ、はい」


 そう言って朝倉は俺が取ったボールと同じ棚にある十三ポンドのボールを取って、満足そうに笑う。


「重いだろ」

「重いですが……? 」

「朝倉ー、女子はこっちの方がいーぞー?」

「そういうことは悠斗が教えてくれてもよくないですか……!?」

「悪かったって」


 ただ重いボールを持てたことに満足している朝倉を見ているのが少し楽しくて、言うのが遅くなってしまっただけだ。


「悠斗、これがいいと思います!」

「わざわざ報告しなくていいのに」

「……はぁーい」


 またむすっとした表情になった朝倉は、結花のところへ走っていく。今日の朝倉は、どこかおかしい。


「疲れてんのかな」

「どした? 無理すんなよ?」

「サンキュ。でも俺のことじゃない」

「ってことは朝倉か。俺にはいつも通りに見えたぞ?」

「まあそうだろうけど」

「おおー、二人だけの秘密的な」

「うるさい」


 日向がにやにやとした視線を送ってくるのに対して、朝倉と結花は俺にジト目を向けてくる。朝倉になにかした記憶もないので、どうすることもできない。

 頼みの綱である妹はその様子を笑って見ていた。


「兄さん兄さん」

「何……」

「朝倉さん、やっぱり兄さんとお似合いだと思うんだ」

「お前もか……」


 どうやら、俺には味方がいないらしい。

 レーンに着いた俺たちは、投げる順番を決める。さすがに未経験者の朝倉から投げるというのはかわいそうなので、日向から結花、美希、俺、最後に朝倉の順で投げることになった。


「あの白いピンを二回で倒せばいいのですよね」

「そう。あと横の溝にはいかないようにな」

「ふむふむ……ちなみに、この中では誰が一番上手なのですか?」

「誰だろうな。わからん」

「ハルか美希でしょ」

「美希ちゃんは上手いよな」

「では、三上兄妹を参考にしてみます」


 朝倉は大事そうにボールを抱えている。その仕草がかわいらしくて、目を逸らすために俺はボールを投げる日向に目を向ける。

 日向の一球目。ど真ん中を転がったように見えたが、玉は急に気が変わったようで、大きく右に逸れた。それでもなんとか四つのピンを倒した。もう一球投げた日向は、投げた瞬間に悔しそうな顔をして戻ってきた。転がった先はやや左に逸れて、ピンがひとつ残っている。


「相変わらずボールに嫌われてんな」

「マジで上手くいかねぇ」


 結花の一球目はかなり左にズレて、当たったピンはたったの一つ。めげずにもう一球投げるが、今度は右にズレてガターになってしまった。


「終わってる……」

「どんまい、ユー」

「日向くん……!」

「他所でやってくれ」


 続いて美希。八ポンドのボールを綺麗なフォームで投げると、玉は一直線にレーンを転がっていった。


「やった、北条さんの負け! 結花ちゃんも負け!」


 そう言ってピースを作った美希の投げた先のピンは全て倒れていた。ストライクだ。


「上手すぎー、美希ってこういうゲームも得意だよね」

「くっそ、次は俺が勝つぞ」

「北条さんには負けない」


 なんとなく、美希の言葉通りに日向が勝つことはない気がした。

 次は俺の番。なぜか朝倉が期待に満ちた目で俺を見てくるので、プレッシャーがすごい。

 なるべくいつも通りに、低い姿勢でボールを放る。小さく音を立てて、玉は美希のときと同じようにレーンの真ん中を通ってピンを全て倒した。


「っし……」

「イカれてやがるこの兄妹」

「ちゃんと妹の後に決めんのかっこいいじゃん」

「サンキュ。なあ、朝倉。どうだった?」

「ええ、とってもかっこよかったです」


 そう言って朝倉は笑って、抱えていたボールの穴に指をはめる。


「……ん?」


 なぜ俺は自分から朝倉に感想を求めたのだろう。いつも通り投げただけだし、俺は毎回ストライクというわけでもないから単に運が良かったというのもある。

 でも、朝倉の感想を聞いてなぜか満足している自分がいる。


「見ててくださいよ?」

「ん、ああ。見てる見てる」


 とりあえずこの疑問は置いておくとして、朝倉の方に目を向ける。朝倉は俺の低い姿勢と美希の綺麗に整った姿勢が合わさったようなフォームでボールを投げた。が、若干姿勢が崩れてボールは右側へ逸れた。


「……教えてください?」

「はいはい」


 視線は俺の方だけを見ていた。ご指名とあらば仕方ない。


「朝倉は女の子だから、俺より美希に寄せた方がいいと思う。こう……」

「ひぁ……」


 口で説明するよりも形を覚えさせた方が早いと思って腰に触れると、朝倉の口から声とは言えないような音が漏れた。


「……悪い、今のは本当に悪かった。普通にセクハラだな」

「もっと、教えてください。我慢しますから」

「……言い方」


 どうにも今日は俺の方も調子がおかしいらしい。そのまま朝倉の身体に触れて、姿勢を投げやすいように調整する。よほど触られるのがくすぐったいのか、朝倉はぷるぷると震えて顔を真っ赤にしている。

 手を離すと、朝倉はやや気まずそうに俺から目を逸らした。俺も、朝倉の方を見ないようにして後ろに下がる。


「兄さん、変態?」

「引いた」

「嫌われたんじゃねぇの?」

「否定できないからやめてくれ……」


 いきなり女の子の腰に触れたのは明らかに俺が悪い。朝倉が許容してくれたからよかったものの、もし拒絶されていたら本当にただの変態になっているところだ。

 妹と友人からの視線を浴びながら、俺は一応朝倉が投げているのを見守る。玉はレーンのど真ん中、俺や美希と同じ位置を辿ってピンに当たった。


「おお……」

「やりましたよ! 見てました!?」

「見てた見てた」


 子どもみたいにはしゃぐ朝倉に、思わず笑ってしまう。普段ならここで朝倉は不機嫌になるが、そんなことに気づかないくらい嬉しいらしい。


「いぇい」

「……なに?」

「ハイタッチです」

「ああ、はい」


 ぺちっ、と気の抜けた音が鳴った。朝倉は満足そうに笑って、俺の耳元に顔を近づけてきた。


「ありがと、悠斗」


 咄嗟に距離をとる俺を見て、朝倉はさっきの仕返しだと言わんばかりのしたり顔を見せた。

 そんな表情すらもかわいいのが、やっぱり少し悔しかった。

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