27.朝倉さんとの秘密

「美希ちゃん、悠斗の部屋でゲームしよーぜ」

「いいよ。北条さんには負けない」

「言いよる」


 空気を読んで席を外してくれた二人。俺の隣には俯き気味に朝倉、向かいに結花が座る。


「結花、嘘ってどういうことだ?」

「嘘っていうか、あたしに似てるっていうか」

「お前に?」

「失礼ですが、わたしと小倉さんでは似ても似つかないと言いますか……」

「失礼な。でもその通りなんだよねぇ。朝倉さんはあたしとは全然違う方向に嘘ついてる……猫かぶってる? 感じがする」

「………………」


 何も言わずにまた俯いてしまった朝倉。結花の言葉は全て、的を得ている。

 そのうえで、俺は朝倉の秘密を明かすわけにはいかないと思いなんとか話を続ける。その間に、朝倉にはなんとか言い訳を考えてもらおう。


「ちなみにそう思った根拠は?」

「そんな感じがする」

「そんな感じって。それで嘘つきは駄目だろ」

「ごめん、それは言い方悪かったよね。完璧を演じてる、の方がまだマシかな……? ダメだ、なんか失礼な言い方になる。気を悪くさせてたらほんとにごめん」

「いえ、そんなことは……」


 朝倉はいつも通りの笑顔を何とか作って、結花はその言葉にため息をついた。結花にしては珍しい、深いため息。


「あんまりこうやって話すの、好きじゃないけど」

「……えっ?」

「明るくない、暗い、うざい。それがほんとのあたし。学校でも、日向くんの前でも、ハルちゃんの前でも変わらない」

「……その呼び方いい加減やめろ」

「ごめん無理。今そんなんどうでもよくない?」


 淡々と言う結花。これが小倉結花という女だ。

 この結花のことは、おそらく俺が一番知っている。空気は確かに読まないし、発言も根暗だ。朝倉の素と普段との差とは違って、結花の場合はほぼ真逆に近い。


「朝倉さん、ほんとはもっとめんどくさいよね。好きな子にちょっかいかけるタイプな気がする」

「うっ……ほ、ほんとはってなんですか? なんのことですか?」


 朝倉はちらちらと俺の方を見ながら、それでもまだ自分の秘密を守るためになんとか誤魔化そうとする。


「めちゃくちゃ恥ずかしい話だけど、最後まで聞いてくれる?」

「えっ? 急ですね……わかりました」


 再び深いため息をついた結花は、ゆっくり口を開いた。話すことすら面倒な様子の結花だが、実はいつもはこんな感じだ。


「あたしと日向くんが付き合うより前、ハルちゃんしか友達がいなかったときの話」

「三上くん、だけ」

「そう。根暗のあたしに声をかけてくれた、最高の親友」

「そういうことをさらっと言えるのですね……」


 うらめしそうに結花を見つめる朝倉だったが、結花は話をやめない。


「ハルちゃんにだけはなんでも相談できて。だから、好きな人ができたときも真っ先に相談したのはハルちゃんだったの」

「懐かしいな」

「そうだね。でも、そんな根暗だったからかハルちゃんもあたしが日向くんを好きって知ったときはびっくりしてた」

「あー……」


 朝倉もなんとなくわかるようで、その言葉に苦笑を浮かべる。その件に関しては確かに俺も言葉を疑ってしまったので、今でも申し訳ないとは思っている。

 結花は「今更気にしないで?」と言って、話を続ける。


「それでもね、ハルちゃんめちゃくちゃ考えてくれて。結果的にこんな形で日向くんと一緒にいれることになったの」

「……でもそれって、北条くんが好きなのは……」

「そっ、こんな明るいあたし!」


 明るく笑った結花の笑顔は、本来の結花とは違うものだ。小倉結花という女の子は、歯を見せて笑えるほど明るくない。そのことを、俺は知っている。


「でもね、日向くんはそんなあたしのことに『無理して明るく振る舞わなくていいぞ』って。大好きな人と、大事な友達が暗いあたしを認めてくれてるんだ」

「そう、なんですね」


 日向が好きなのは、確かに明るい結花だ。けれど、結花がただ明るいから好きになったわけじゃない。結花くらい明るい人なんて少なくもない。

 日向は、結花がそれだけ自分に好かれようと頑張ってくれたことに惚れたと言っていた。本人には絶対に知られたくないから言うなと釘を刺されているため、ここで言うことはできないが。


「でもさ、朝倉さんは違うじゃん? 多分、ハルは知ってるんだろうけど」

「…………うん、違うね」

「朝倉!?」

「ありがと、三上くん。でもこんなエピソード聞かせてもらってわたしは上辺だけで会話してるなんて、ずるいじゃん?」

「……お前がそれでいいなら、俺はいいけど」


 この秘密は朝倉のものだ。朝倉さえよければ、明かすのは自由だ。


「わたしはね、ただ人に嫌われるのが嫌なだけ。小倉さんほどかっこいい理由じゃない」

「かっこよくはないけど、嫌われるような性格してるの?」


 正直、俺は素の朝倉も別に嫌われるような性格ではないと思う。ただ、それは俺の価値観に過ぎないし、もし過去になにかあったのなら無理に表に出させるのは違う気がしている。


「さっき言ってたでしょ。好きな人にちょっかいかけるタイプって。それ、当たってる。そういうのってうっとしいじゃん」

「好きな人以外にもちょっかいかけてきてるけどな……」

「うっさい。ばーか、あほ…………鈍感」

「なるほどねぇー?」


 にやついた結花は、こっそり朝倉に耳打ちする。何を話しているのかはさっぱりだが、朝倉は赤くなったり慌てて首を降ったりして忙しそうにしている。


「と、ともかく! その……わたしは、ただいい子ぶってるだけ。なんか、ごめん」

「なんで謝るの?」

「えっ?」

「嫌われたくないーって、それめちゃくちゃすごくない? 嫌われたくなくても実際はそれを完全に隠すことなんてできないし、ほぼ完璧にそれをやってる朝倉さんってすごいと思う。あたしがこんな問い詰めるようなことしてんのは、一人でしんどくないかなって思ったから」


 それは、ずっと俺も思っていたことだ。

 演じている朝倉さんは、みんなが認める完璧な女の子だ。でも実際のところ、朝倉でもできないことなんて沢山ある。わがままだし素直じゃないし、人の話は全然聞かない。さも好きな人にだけちょっかいをかけるようなことを言っているが、俺への扱いも相当酷い。

 それでも、そんな朝倉を放っておくことができないのは、やっぱり朝倉が不安定な女の子だからだ。


「一個だけ、小倉さんと同じところがあるかな」

「というと?」

「……好きな人がわたしの子どもっぽいところ、魅力だって言ってくれたこと」

「ほーう? ほうほうほー?」

「なんだよ。俺は関係ないだろ」


 確かに俺もそれっぽいことは言ったこともあるが。それはそれとして朝倉の好きな人と俺は関係ないだろう。

 朝倉はどこかむすっとした俺の方を見てくる。結花はそれを面白そうに笑っている。


「何がともあれ、お前らが上手くやれそうでよかった」

「そだねぇ。朝倉……玲奈でいっか。思ったよりめんどくさそうでよかった」

「めんど……そこまではっきり言うかなぁ」


 否定はできないだろう。面倒くさいのは事実だ。そのうち結花にも面倒な絡み方をすることだろう。


「じゃあまあ、これで結花ちゃんも秘密を共有してるってことで。バラしたりしないでよ?」

「しないしない。でも、あたしの前ではそのままの玲奈でいてほしーなー?」

「……うん、ありがと」


 同性の友達がようやく身近にできた朝倉は、楽しそうに笑う。これからはもう少しだけでも朝倉が楽しくなればいいな、なんてことを笑いあう二人を見て思った。

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