21.朝倉さんの約束の日

「き、今日だよね……? 朝倉さん連れてくるの」

「その予定」


 中間テストが終わった次の週末。今日は朝倉と出かける予定の日だった。一応家には来る気らしく、朝倉も美希に会えるのを楽しみにしてくれていた。

 そろそろ家を出ようかと思っていると、スマホが振動した。朝倉からの着信だ。


「あー……もしもし三上くん?」

「喉どうした!?」


 がらがらの声で話す朝倉に、咄嗟にそう言ってしまった。


「マジでごめん。風邪ひいた」

「マジか。大丈夫か?」

「そんなに大丈夫じゃないなぁ。ごめん、予定空けてもらったのに」

「それはいいけど。無理すんなよ」

「うん、ありがと」


 あまり長引かせても朝倉に悪いので、すぐに通話を終える。


「どうしたの? 風邪?」

「らしい」

「行ってあげてね」

「いや、俺なんかいても邪魔にならないか?」

「ならない! 行って!」

「わ、わかった。行ってくるけど」


 美希に追い出されるようにして家を出た俺は、ため息をついて朝倉の家へ向かう。

 ともあれ、朝倉のことは心配だ。また無理をしていてはいけないし、行って役に立てることがあるなら行ってやった方がいいだろう。ついでにコンビニでスポーツドリンクやゼリーを買っていくことにした。


「……いや、親とかいるか」


 当然のことを今更考えてしまって、帰ろうか迷う。

 いきなり家に行くのはさすがに迷惑だろうか。そもそも、あの朝倉の家に急に男が来たら心配にならないだろうか。ただ追い返されるだけなら構わないが、朝倉が後で困るようなことは避けたい。

 しばらくそのまま考えて歩いていると、いつの間にか朝倉の家に着いてしまった。


「……よし」


 インターホンを鳴らす。十秒、三十秒、一分。誰も出てこない。

 どうやら朝倉の両親はいないらしい。兄弟とかの話も聞いたことがないので、もしかしたら朝倉は家にひとりぼっちなのかもしれない。


『大丈夫か?』


 メッセージを送信。すぐに既読がついて、メッセージが帰ってくる。


『すっごいしんどい。生まれて初めて今宅配無視した』

『それ、実は宅配じゃない』


 既読。メッセージは返ってこない。

 かなり具合も悪いようなので、下手なことはせずに帰ろうかと思ったとき、朝倉の家の扉が開いた。


「ご、ごめん! けほっ、けほっ!」

「無理しなくてよかったのに……」

「せっかく来てくれたんだから。ちょ、ちょっとだけ待っててね。マスク付けてくる」

「気にしなくていいよ」

「する」


 慌ただしく家に入った朝倉は、すぐにマスクをつけて戻ってきた。顔色はかなり悪く、さっきマスクを取りに行くのにかなり急いだからか若干息もあがっている。


「どうしよ、わたしの部屋でもいい?」

「えっ。いや俺はいいけど。朝倉はいいのか? 俺を部屋に入れるの、抵抗とか」

「全然。三上くんだし」

「喜んでいいのか怒ればいいのかわからないんだけど」


 ヘタレだと馬鹿にされているような気がしないでもない。ただ、今はあまりそこに触れている場合でもないのでさっさと朝倉の部屋に向かわせてもらうことにした。


「お邪魔します」

「ごめんね、今親仕事でいないから、おもてなしとかできなくて。あと、デートもごめん」

「気にしてない。こっちこそ、急に来て悪かった」

「ううん、暇すぎたから助かる。来てくれてありがと」


 にっこりと笑った朝倉に、また目を逸らしてしまう。朝倉はそれに気づいたようではあったが、指摘する元気すらないのか笑って流した。

 朝倉の部屋は綺麗に整頓されていて、その中に女の子らしさが見えた。かわいらしい小物や少女漫画が置いてある奥に、小中学校のアルバムが綺麗に保管されている。


「こら、じろじろ見ない」

「悪い」

「冗談だよ。クローゼットとか開けない限りは見られて困るものもないし、三上くんなら全然いーよ」

「……まあ、いいけど」


 さすがに警戒心が薄すぎではないだろうか。風邪で弱っている朝倉相手にどうこうするつもりは確かにないが、もう少しくらい危機感やら抵抗感やらを持ってくれないと俺も少し困る。

 飲み物を取りに行こうとした朝倉をベッドに寝かせて、買ってきた飲み物を渡す。


「あ……ありがと。家になかったけど買いに行くのもしんどくて、ちょっと困ってた。三上くんはうちにあるの適当に飲んでもらっていい? コップはわたしの……えっと、棚の二段目の右端のやつ使ってくれたらいいから」

「ん、喉乾いたらもらう。サンキュ」


 スポーツドリンクを少しだけ飲んだ朝倉は、大きなあくびをした。


「試験前に無理してた反動が今頃来たみたいでさ、ほんとに最悪。なんでよりによって今日かなぁ……」

「今日でよかっただろ。学校休まなくていいし」

「それは、そうかもだけど」

「なんか大事な用事でもあったのか?」

「……君との約束」


 やや不貞腐れたように朝倉は布団を口元まで被る。どうやら、日頃のストレスがよほど溜まっていたらしい。


「また今度付き合うから」

「ほんと?」

「ほんと。だから、今日はちゃんと休んでくれ」

「……ん、わかった」

「代わりに、今日は俺が何でも言う事聞いてやる。一個と言わずに何個でも」


 風邪の日だから特別だ。別に普段から朝倉の言うことを聞いてやるわけじゃない。

 朝倉は少しだけ考えるような素振りをして、まるで最高の案を思いついたかのように言った。


「お腹空いた!」

「ゼリー買ってきてるけど」

「じゃ、なくて。お粥食べたい」

「……作れと?」

「うん。三上くん、何でも言うこと聞いてくれる」


 屈託のない笑顔。そんな笑顔で言われたら、断ることはできない。そもそも何でも聞いてやると言ったのは俺だ。


「……わかったよ。味の好みは?」

「味覚に自信なさすぎてわかんない。冷蔵庫の適当に使って作ってもらえるかな? わたしも何があるか知らないけど」

「足りなかったら買ってくる」


 別に、料理が嫌いなわけでもなければ自分の料理に自信が無いわけでもない。ただ、他人に料理を食べてもらうのには少し抵抗がある。これは朝倉がどうとかという話でもなく、単に俺の問題だ。

 まして、風邪の日になんて。


「……まあ、あんな笑顔見せられたらなぁ……」


 少しでも朝倉が喜んでくれるなら。気分が晴れるなら。

 そんなことを考えながら、俺はただの粥をいつもより少しだけ頑張って作ることにした。

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