20.朝倉さんに甘い理由
先ほど保健室の先生にも許可を取ったので、静かに寝息を立てる朝倉が起きるまでは傍にいることにした。
「試験、やっぱり弱いんだな」
今回は忘れ物はしなかったらしいが、体調は結局崩してしまった。俺も、朝倉に無理をさせてしまった要因の一つなのだろうが。
ほんの数ヶ月前、俺と朝倉は話したことがある。入学試験の日、顔色の悪かった朝倉に声をかけたというだけだが。
結局それからその女の子が試験に受かったかなんて、同じクラスになるまで知らなかった。そのときに渡した安物の腕時計を持っていてくれたから、気づくことができた。朝倉の方も、かなり弱っていたようだから顔なんて覚えていないだろう。
あのときのことを今更朝倉に伝えるつもりはない。そんな恩着せがましいことはしたくない。
「……でも、お前も律儀だよなぁ」
あんな安物の腕時計をつけていてくれたから、俺は朝倉のことを少しだけ好きになっていた。もちろん、俺に優しくしてくれたから、というのも大きいのだが。
なんだかんだで本当の朝倉を知っても放っておけないのは、そういう難儀な性格をしていることを知っているからだ。だからこの先も、朝倉が俺に構ってくる限りは俺も朝倉に甘いままだというのもわかっている。
それに、朝倉が俺といることで少しでも気晴らしになるならそれで構わない。
朝倉の頭を撫でてみる。するとなぜかその手に頭を擦り付けてきた。その行動に、咄嗟に手を引いてしまう。暇だからとこんなことをもう何度か繰り返している。
「やっぱり黙ってたら可愛いのに」
自分でも何度も言っているが、顔はやっぱりかわいいのだ。だから迂闊なことはしないでほしいし、教室で俺をからかってくるのもやめてほしいとは思っている。でも、その後に話すときは決まって楽しそうにからかってくるので、俺もあまり強くやめろと言えないでいる。
「君にそれ言われるとなんか起きちゃうんだよなぁ……」
「……おはよう」
「おはよ。聞かなかったことにしとくね」
「助かる」
小さくあくびをした朝倉は、眠そうに瞼をこする。
「ていうか、待っててくれたんだね」
「お前がいろって言ったんだよ」
「言った気もする」
厳密にはいてくれると嬉しいと言われただけだが、そんな言い方をされると俺も断ることができない。
起き上がった朝倉は、そのまま上履きを履いて鞄を持つ。
「一緒に帰ろ」
「いいのか? 朝倉さん」
「うっわ、性格わるー! いーの。まあ、三上くんが嫌ならいいけどね」
「別に嫌じゃないけど」
それに、こんな状態の朝倉を一人で帰すのも気が引ける。
保健室を出て下足室へ向かう。まだ少し眠そうにしていたので鞄を持ってやろうとしたら、笑って断られた。
「さすがにそこまではさせられません」
「切り替え早っ!?」
「もう、なんのことです?」
くすくすと笑う朝倉は、静かに俺の腕をつねる。痛い。でも、これに関しては俺が悪いので黙っておく。
靴を履き替えて外へ出る。試験期間中は休止していた部活も今日から再開しているらしい。
「そういえば、三上くんは部活には入らないのですか?」
「向いてないからなぁ、人の顔色窺うのとか」
「なるほど、たしかに」
「おい」
くすくすと笑う朝倉。確かに、朝倉に対して気を遣ったことなんてあまりない。
校門を出てしばらく歩く。いくつか信号を抜けて学校からかなり離れたところで、朝倉はようやくいつも俺といるときの口調に戻った。
「今日もさ、いろいろありがとね」
「ん?」
「最初から気づいてたんでしょ。わたしが無理してるーって。そう思ったから、声掛けてくれたんでしょ。わざわざみんながいる前で」
「まあ」
「ぶっちゃけ、キツかったんだ。でも、ただでさえ誤解されかねない状況で三上くんに甘えちゃったら、さすがに迷惑だなーって思って」
「別にそんなこと思わないよ」
助けられることがあるなら助けたい。そう思ったから、俺は朝倉に声をかけたのだ。それで俺と朝倉の関係を疑われるようなことがあったら、そのときはそのときだ。
それはそれとして、朝倉のテストを俺の勝手でやめろと言うわけにもいかない。だから、朝倉が大丈夫と言うなら俺にできることはなにもなくなってしまう。
「なんでも一個聞くからさ」
「またそれか」
「結構真面目なお願い。次から試験の前日さ、わたしと通話してくれない? いい時間になったら、寝ろって言ってくれるだけでいいから」
「それくらいは。じゃあ、代わりに試験前はこれからも頼む。でもノートはもう作らなくていいよ」
「あ、ほんとにそれが原因じゃないの。もし三上くんがあれがあって助かったなら、作らせてほしいな」
「そういうことなら、頼む」
正直、今回は朝倉のノートに助けられまくっていた。だから朝倉が作りたいと言ってくれるなら、作ってもらえる方が俺としてももちろん助かる。
しばらく歩くと、朝倉の家にたどり着いた。
「ちゃんと寝ろよ」
「うん、ありがと。あと週末のデート、覚えててね」
「はいはい」
そういえばそんな約束もしてたな、と思いながら。「ばいばい」と言って手を振っている朝倉に軽く手を振り返して、俺も家に帰ることにした。
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