19.朝倉さんと中間テスト

 朝倉からもらったノートのおかげか、珍しくテスト当日になんの不安もなかった。三日間の中間テストも今回は難なく乗り越えられそうだった。

 そんな俺の横で、悲壮感たっぷりの表情で教科書を睨みつける男がいた。


「日向」

「やめろ、忘れるだろ」

「数式は覚えても意味ないぞ」

「そのまま出たらどうすんだよ!」

「出ないだろうなぁ」

「だいたい、なんで今回お前まで余裕そうなんだよ」

「それは……」


 朝倉に教えてもらったから、なんて口が裂けても言えない。日向と結花にからかわれるのは目に見えているし、なによりクラスの男子の視線が怖い。

 その朝倉はというと、自分の席で最後の確認をしていた。


「朝倉はお前と違って、余裕なのにちゃんと復習してるぞ」

「そうだな」

「つかよぉ、あんだけ気があるとか言ってた朝倉の話してんのに、最近全然顔色変えないよな。つまんねぇ」

「そんな無駄話してて大丈夫か?」

「やべぇよ」


 再び教科書の数式を覚え始めた日向に呆れながら、俺はまた朝倉の方に目を向ける。時折話しかけられた人に笑顔で対応しながら、朝倉は自分のノートを確認している。

 少しだけ、その様子を見て心配になった。


「無理してないといいけど」

「なんか言ったか?」

「なんも」


 俺が朝倉のことを心配しても仕方ない。それでも気になってしまったので、残り少しの時間だけではあるが日向に重要なところだけを教えて朝倉のことを忘れることにした。





 二日目。なんとか一日目を乗り切った日向は、今日は随分と余裕そうな表情で席に座っていた。


「高校のテスト、余裕じゃん」

「後で泣いても俺も結花も知らないからな」

「おいおい、ユーが俺のこと見捨てるわけないだろ」

「これ見ろ」


 数日前に結花と交わしたメッセージを見せる。『今度こそ勉強しないとデート行かないでおこうと思うんだ』というメッセージを見た日向は、急に鞄から教科書を取り出した。


「がんばれ」

「いや助けてくれよ!?」


 朝倉は、その日もしっかりと復習していた。





 三日目。日向が真面目に教科書を見ていた。


「ハル、おはよ」

「なんでいるんだよ。おはよう」


 クラスの違う結花が、当たり前のように俺の席に座っていた。


「今日終わったら遊びに行こー」

「悪い、無理」

「えぇ……いや、用事あるならいいや」


 「それだけー」と言って教室から出ていった結花には目もくれず、日向は教科書を読み込んでいた。


「……あれ」


 なぜか気になってしまって、朝倉を探す。が、見当たらない。普段から俺よりも早く来ている朝倉が、まだ来ていないのは少しおかしい。


「なあ日向。朝倉見てないか?」

「知らん。見てない」


 体調を崩してしまったのだろうか、なんて考えていると、教室の扉が開いた。朝倉だ。

 なんでもないふりをしているが、若干に髪が乱れている。急いできたのだろう。そんな朝倉に、小声で話しかける。


「大丈夫か?」

「あ、おはよ。なにが?」

「……いや、なんでも。がんばれ」

「なんそれ。そっちもね」


 いつもの朝倉さんとしての笑顔を見せた朝倉。その表情は、俺の気にしすぎかもしれないが無理をしているように見えた。

 最終日のテストが始まった。前日も朝倉のノートにかなり助けられて、そのおかげか問題は難なく解くことができた。

 解答に間違いがないかを確認して、少し余った時間。こういうときは真面目な朝倉は何をしているのだろうかと思って、朝倉の方に目を向ける。


「……えっ」


 思わず声が出てしまった。うつらうつらと眠そうにして、時々頭を机にぶつけそうになりながら朝倉は瞼をこする。しばらく朝倉がそんなことを繰り返していると、テストが終わるチャイムが鳴った。

 その後のテストでも朝倉はそんな調子で、ときおり頭を抑えるような仕草も見せた。

 そして、最後の試験が終わった。俺の方はなんの問題もなくテストを終えることができた。全問正解とはいかないだろうが、中学のときよりは上手くいったという手応えがある。俺の隣で机に突っ伏している日向は、そういうわけにはいかなかったらしいが。

 ホームルームが終わると、俺はすぐに朝倉の元に向かった。


「朝倉」

「なんですか……」

「ちょっと来てほしい」

「はい……いですよ……」


 あくびを噛み殺しながら、俺に手を引かれて歩き出す。あくびを我慢して、何かを話そうとして、またあくび。よほど眠いのだろう、歩いているとたまに転びそうになっていた。


「あの……どこに……」

「保健室」

「はぁ……」


 やや困惑したような表情。それでも朝倉は文句を言わずに着いてくる。考えるのも面倒なのだろう。

 保健室には誰もいなかった。勝手だとは思ったが、朝倉をベッドに寝かせる。


「あの……なんの真似でしょうか」

「俺しかいないぞ」

「あ……うん、おっけ」


 気が抜けたようで、朝倉はようやく大きなあくびをした。


「あー、君の前だったらあんまり恥ずかしくないね」

「そんなことより、なんでそんな無理ばっかするんだ」

「いやテストだしそりゃがんばらないと……」

「お前はそこまでしなくても点取れただろ」

「それは……」


 自分でもここまでしなくても大丈夫だったことはわかっているようで、朝倉はなにか物言いたげな表情のまま俯いてしまった。


「……ごめん。また心配してくれてたのに」

「俺に謝らなくていいけど。でも、無理はすんなよ」

「うん、そだね。ごめんね」

「もういいから。頭、痛いんだろ。ちょっとだけベッド貸してもらおう」

「えっと、いいのかな」

「体調悪いんだから正当な理由だよ」

「確かに」


 じゃあ遠慮なく、と言って目を閉じた朝倉を確認して、保健室から出ようとする。が、朝倉に手を掴まれてしまった。


「どこ行くの」

「帰るんだよ」

「えっ」


 驚いたような表情をしながら、俺の手を掴む力を強める。


「いても仕方ないだろ」

「それはそうだけど……その……」

「なんだよ」

「いてくれると、嬉しいなぁ……なんて?」

「……まあいいけど」

「ありがと」


 相当疲れていたようで、俺の手を握ったまま眠ってしまった朝倉。そういえば撫でられるのが好きならしいので頭を軽く撫でてやると、少しだけその表情が和らいだような気がした。

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