17.朝倉さんと晩御飯

 しばらく朝倉と問題を解いていると、部屋の扉がノックされた。


「兄さん、夕飯できたけど。彼女さん……じゃなくて……」

「朝倉玲奈です。よろしくお願いしますね、美希さん」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「これなんの挨拶? いやいいけど」


 テンションが迷子になっている美希を落ち着かせて、要件を話させる。


「えっと……三人分作ったんですけど、朝倉さんもよければどうですか?」

「えっ? えっと、夕飯をですか?」

「そ、そうです。えっと、嫌ならいいんですけど……その……」

「朝倉の家でも用意してるかもしれないから、無理にとは言わない。だろ、美希」

「うん」


 完全に人見知りが出てしまっている美希に助け舟を出して、朝倉の方に選択を委ねる。朝倉はしばらく悩んだ後、スマホを取り出してなにやら文字を打ち込み始めた。


「ああ、よかった。たった今親から許可を得ましたので、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」

「ほ、ほんとですか? よかった……」


 ほっと胸を撫で下ろす美希。そんな美希に、朝倉はいつもの優しい笑みを向ける。


「……悪いな、気を遣わせて」

「いーよ」


 小声でそう伝えると、朝倉は軽い口調でそう答えてきた。立ち上がった朝倉は、また優しい笑みを美希に向けた。

 部屋から出ると、スパイシーな香りがしてきた。


「えっと、カレー嫌いじゃないですか?」

「多分大丈夫です」

「多分って?」

「あまり辛いものが得意ではなくて」

「へぇ。好き嫌いしない方だと思ってた」

「なんですかその偏見は」


 不服そうにこちらを見てくる朝倉。その表情は口調に対して、俺と二人でいるときのものと変わらない。

 ダイニングに着くなり美希は食器に白米を盛り始めたので、俺は朝倉を座らせて美希の手伝いをすることにした。


「ど、どうしよ兄さん! 面倒な妹だと思われてないかな?」

「思われてるかもな」

「ああ……あんなにお淑やかで兄さんといい雰囲気な人に余計なことを……」

「いろいろと違う」


 なんなら合っていそうなお淑やかという点も違うが、そこは置いておくとして。なんでもないただの友人が初めてうちに、それも遊びに来たというわけでもなくテスト勉強を手伝いに来てくれている友人にやや押し付け気味に夕飯を食べて帰れというのは、面倒だと思われても仕方ない。

 コップを三つ取り出して、水を注ぐ。美希はカレーをテーブルに並べて、俺はサラダと水の入ったコップを並べる。


「とっても美味しそうですね。夕飯はいつも美希さんが?」

「あ、いえ。兄さんとかわりばんこで。テスト前なので今はわたしがやりますけど」

「……へぇ?」

「なんだよ」

「いえ、料理できるんだと思いまして。家事のできる男はモテるそうですよ」

「そうかい」

「つれないですねぇ」


 若干からかうような物言いになっている。どうやら、俺が料理をできるという点が気になるらしい。だが、朝倉がうちで食事をする機会なんてこの先滅多にやってこないだろうから、作る機会もない。

 それでも朝倉は気になるらしく、突拍子もない提案をし始めた。


「また食べに来ていいですか?」

「なんでまた」

「今度は三上くんが作る日に」

「ぜひ!」

「嫌だ。絶対に嫌だ。美希も勝手に決めるな」

「美希さん、連絡先を交換しましょう」

「はい!」

「全然話聞かないなお前ら……」


 朝倉は俺が本気で嫌がっているわけではないことに気づいていてやっている。美希と連絡先を交換してしまった朝倉は、美希には見えないようにこっそりピースを作る。


「まあ、いいけど。テスト明けの週末、そのままうち来るか」

「えっ? あ、はい。案外あっさりと」

「断っても来そうだし……」

「おや、酷い言い草です」


 くすりと笑った朝倉は、「いただきます」と言ってカレーを口に入れて、もぐもぐと口を動かして、そしてほんの少しだけ顔をしかめた。


「あ、あの。ごめんなさい。お口に合いませんでしたか?」

「いえ、その……からくて」


 うちの料理は味が濃い。ついでに言うと、美希はしっかりスパイスなんかを加えてしまうので、他人に出すものではないかもしれない。

 やらかしたと思ったのか俯いてしまった美希。そんな美希に、朝倉は笑って声をかけた。


「実はわたし、全然料理できなくて」

「えっ?」

「だから、三上くんや美希さんってすごいなって思ってました。今度、よければ料理の仕方を教えてください」

「……はい! ぜひ!」


 美希に気を使ってくれたのだろう、朝倉はもう一口笑顔でカレーを食べた。


「……それはそれとしてからい、三上くん」

「はいはい」


 小声でそう伝えてきた朝倉に冷蔵庫からチーズを手渡すと、やや申し訳なさそうにカレーに振りかけた。


「美希は別に料理に付け足されてりするの嫌いじゃないから、そんなに気にしなくていいぞ」

「あ……そうなんですね」

「美味しく食べてくれたらそれでいいです」


 少しだけ驚いたような表情をして、朝倉は笑った。


「美希さん、とっても偉いですね」

「だろ」

「なぜ三上くんが得意げなのかはわかりませんが……」


 苦笑を浮かべた朝倉は、いつもの作った朝倉さんなのにどこか楽しそうに見えた。

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