16.朝倉さんの褒め方

「はぁ……」


 朝倉が眠ってから二時間ほどが経った。だんだん足が痺れてきたが、まだあと一時間くらいなら耐えられそうだ。

 ちゃんと文字を書こうとするとどうしても体制がつらいので、朝倉からもらったノートを確認して時間を過ごした。ぱっと見て解ける問題だけを解いて解けなかった問題は後でじっくり考えることにしたので、朝倉のノートはほとんど目を通すことができた。


「ん……んんー……」

「……気持ちよさそうに寝やがって」


 最初は、ただ朝倉が膝の上で寝てるだけだと思おうとしていた。別に、朝倉が寝ているところを見るのは初めてじゃない。

 でも、朝倉が学校で寝るときはだいたい机に突っ伏していて、顔は見えなかった。心地良さそうに眠る朝倉はかわいらしくて、そんな朝倉が自分の膝の上で寝ているという事実に俺は深いため息が出た。


「黙ってたらこんなにかわいいんだもんな……」

「…………寝てるふりしてた方がいい?」

「どちらかと言うと聞こえなかったふりをしてくれ……」

「おっけ。おはよ。えっと……わたし、ずっと三上くんの膝で寝てたの?」

「そうだけど」

「うっわ……ごめんね」


 どうやら寝る前のことは覚えていないらしく、朝倉は頭を抱えている。俺の方はさっきの発言を聞かれたことに対して頭を抱えたいが、元々顔はかわいいと言っているのでここは開き直っておくことにした。


「なんか、ほんとごめん。勉強見てあげるとか言っといてまた迷惑かけたね」

「別に。迷惑とは思ってない」

「……ふぅん? わたしが膝の上で寝てて……いや、うん。ごめん」

「調子狂うからいっそ最後までからかえ」

「わ、わたしが膝の上で寝ててどきどきしたの?」

「改めて言い直せとも言ってないけど」


 かなり疲れているらしい。そこまでしてほしいと頼んだわけではないものの、朝倉が俺のためにやってくれたことは事実だし、それを俺が労う必要があるのも事実だ。

 だから、別に膝で寝てくれようがベッドで寝てくれようが構わない。


「はぁ……結局全然見れなかったね。ごめん」

「そんなことない。ノート、すごい助かったよ」

「そう? それならよかった。朝倉さんが勉強教えるって言ってただ膝の上で寝てました、なんて話にならないからね」

「それは間違ってないような……」


 とはいえ、実際はかなり助かっているので俺としては問題はない。

 不自然にそっぽを向いて伸びをする朝倉を見ながら、俺はノートを片付ける。日も暮れてきたので、そろそろ朝倉を帰さなければいけない。


「どしたの」

「時間も時間だし、そろそろ帰るだろ。送っていく」

「えっ、あ、そか。いや、うん」

「なんだよ」

「いやぁ……さすがになんもしてないからもうちょっといようかと思ってたんだけど」

「なんもしてないことはないって」

「じゃあ、わたしがここにいたいからいるってことで」

「そうかい」


 いてくれるなら俺も助かる。送っていくつもりではあるので、別に多少遅くなる分には朝倉さえ良ければ問題はない。

 それに、よく考えたら美希の誤解を解いていない。

 せっかく朝倉がいてくれるならと思い、俺は昨日ほんの少しだけ解いていた数学の問題集を開く。


「じゃあ、ここ教えて」

「どれどれ。あー、これ。これはめんどくさいタイプの応用問題だね」


 鞄から紙とペンを取り出した朝倉は、俺に説明しながら数式と図を書いて説明してくれる。


「ほぉ……」

「んで、最後は普通に計算するだけ。正直ここが一番めんどいけど、時間かければできるよ。計算は得意?」

「まあ、苦手ではないかな」

「じゃあがんばれ」

「やってみるよ」


 朝倉がやって見せてくれた手順を真似してやってみる。さっき見たばかりなので問題なく進んで、あとは朝倉が言っていた通り面倒な計算をするだけだった。


「おお。なんかこうやってみるとシンプル」

「うん、できてる。えらいえらい」

「っ!?」


 不意に手を伸ばしてきたかと思うと、朝倉は俺の頭を撫でた。ふざける様子もなくにこにこと撫でてくるので、咄嗟に身を引いてしまった。


「……おい」

「あ、ごめん」

「別にいいけど……」

「いやぁ、なんか撫でられると嬉しいじゃん?」

「どうかな」


 俺が美希を撫でていたことはあったが、俺が撫でられることなんてあまりなかった。撫でられることへの思い入れは別にないが、だからといって別に嫌というわけでもない。

 それでも、同い年の女の子に頭を撫でられるのは、少しだけ状況的には恥ずかしい。

 けれどしっかり拒まなかったことで朝倉は良しとしていると受けったようで、朝倉はもう一度だけ俺の頭を撫でた。

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