15.朝倉さんと勉強会
テスト前の週末。美希の中学はもう試験は終わっているらしく、美希は昼過ぎだというのに暇そうに俺の部屋でごろごろしていた。
「……美希」
「ん、なぁに?」
「なにしてんの」
「勉強をがんばる兄さんを横目にごろごろしてます」
「いや見ればわかるけど。なんでずっといるんだ」
「あ、邪魔かな? それはごめん」
「別に邪魔ってほどじゃないけど」
若干気にはなる。邪魔なわけではないが、ちょくちょく視界の端で美希が動くので、集中はできない。
そもそも高校最初の中間テスト、それほど範囲が広いわけでもなくしっかりと対策をしなければまずいというわけでもない。中学時代は日向の成績が壊滅的ではあったが、それも結花がなんとかしてくれるだろう。
「兄さーん?」
「ん?」
「インターホン鳴ってる。昨日言ってた人じゃないの?」
「ん、ああ。ほんとだ」
週末ということは、今日は朝倉を呼んだ日だ。昨日のうちに来客があることは美希に伝えている。
玄関に向かい、扉を開ける。その先には、眠そうに目を擦る朝倉が立っていた。
「ん、やっほ」
「……顔色悪いぞ。大丈夫か」
「君はやっぱり乙女心の勉強した方がいいと思う。第一声それはないでしょ」
確かに、今のは女の子に伝える言葉ではなかった。でも、俺と朝倉はそんな関係でもないし、そんなことばがでてしまうくらいに俺には無理をして笑っているように見えてしまったのだ。
「悪い。心配で」
「……あっそ」
ぷいっ、とそっぽを向いてしまった朝倉を家に招き入れる。朝倉が靴を脱いでいると、階段を降りてくる音が聞こえた。
「こんにちは。悠斗の妹のみきで…………彼女?」
「ちゃんと自己紹介しなさい」
「み、美希です! ごゆっくり!」
「あ、ちょっと! ……行ってしまいましたね」
何を思ったのか階段を駆け上がって自室にこもってしまった美希に、朝倉はきょとんと首を傾げる。
「まあ、ほっといていいよ」
「そうですか? わたしの方も自己紹介くらいしておこうかと思ったのですが……」
完全に外面モードの朝倉を連れて、俺と朝倉は俺の部屋へ。扉を閉めると、朝倉はほっと息をついた。
適当なところに座るように言うと、朝倉はやや迷った末にテーブル近くの床に座った。俺はテーブルを挟んだ位置に座る。
「妹さんに誤解されてるの忘れてた」
「頼むぞほんと」
「あの調子じゃ無理じゃない?」
「……無理でも頼む」
「無茶言うなぁ」
なんて言いながら、朝倉は楽しそうに笑う。そういう笑顔にはまだ慣れられそうになくて、俺は咄嗟に話を逸らす。
「まあそれは置いといて、勉強しよう」
「そうだね。はい、これノート」
「ん? ノートくらいちゃんと取ってるぞ」
「わたしなりに今回の要点とかまとめてみたの。まあそんなに範囲も広くないから、いらなかったら捨てていいよ」
「なんか、すごいな。ありがとう」
「どういたしまして」
朝倉が作ってきたノートのページを捲る。きっちりまとめられていて、その補足にかわいらしいイラストなんかが描かれている。
「いや毎回こんなノート作ってんのすごいな」
「さすがにやってない。人に渡すノートだからちゃんとやっただけだよ。いい復習になったしね」
「だとしても助かる。ありがとな」
「……はいはい。他の教科もあるからあげる」
「助かる」
ただまとめているだけでもなく、その間には自作の小問題が混ぜられている。簡単な基礎問題から、複雑な応用問題までよく作られていて、それを全ての教科でやっているのだからすごい。
同時に、少しだけ心配にもなった。
「無理しただろ」
「ん? してるわけないじゃん」
「でも、こんな量は普通に考えてすぐにはできない。顔色、やっぱり悪いし」
「別に。君のためにやったわけじゃないし。自意識過剰なんじゃない?」
「自意識過剰でもいいから休んでほしい」
「……大丈夫だから。勉強しよ」
そう言って朝倉は自分のノートを取り出して、テーブルの上に広げた。
眠そうにしながら、朝倉はペンを握る。
「ふわぁ……」
「おい。やっぱり無理してるだろ」
「してないって。しつこい。うるさい。そういうとこうざいから嫌い」
「悪かったな」
嫌いと言われても、俺のために朝倉に迷惑をかけるわけにはいかない。さすがに少しだけ傷ついたが。
朝倉が俺との勉強でなにか得るものがあるなら、俺もここまでしつこく止めようとはしていない。だが、朝倉はここまで完成度の高いノートを作れるようになっているし、おそらく既にかなりの量をやっている。だから、無理をしてまで俺に付き合ってほしくないのだ。
「朝倉、なんでも聞いてくれるんだよな」
「……聞かなーい。どうせ休めとか言うし」
「言うよ。俺が朝倉は無理してるって思うから、言うんだ。休んでほしい。頼む」
「いやでーす」
「まあ、どの道俺はお前が休むまで教科書もノートも開くつもりないけど。朝倉がくれたノートもな」
「……なんそれ。バカじゃん」
確かに、勉強をするためにわざわざ来てもらっているのだから本末転倒ではある。
そんな俺の言葉にため息をつきながらも笑った朝倉は、突然俺の足の上に頭を置いた。
「ちょっ……」
「君がそんなに言うなら休む。まあ……その、心配してくれてありがと」
「いや、ベッドを……」
そう口に出したときには、朝倉はもう目を閉じていた。
誰も膝を枕にしていいなんて言っていないが、すやすやと寝息をたてる朝倉を起こす気にもなれない。どうしたものかと頭を悩ませていると、自室の扉が開いた。
「あ、あの……さっきはごめんなさ……んん!?」
「いや待て違うぞ美希」
「はい! ごめんなさい! 出ていきます!」
「違うって……」
そんな俺と美希のやりとりも知らずに朝倉は俺の膝の上で心地良さげに眠り続けていた。
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