14.朝倉さんとテスト勉強

「おはようございます。三上くんに北条くん、それと……小倉さん、でしたね」

「よう。悠斗に用か?」

「ええ、実は。話したいことがありますので、後で来てもらおうかと。放課後にでも」

「わかった」

「……えっ? ハルと朝倉さんってマジで……?」

「違うって言ってるだろ」


 何度も否定していることを蒸し返してきた結花に、俺はやや呆れ気味な返答をする。状況がわかっていない朝倉はかわいらしく小首を傾げて笑みを浮かべている。


「いやぁ、あたしはいいと思うよ? ハルに彼女がいてもおかしくないじゃん」

「おかしくはないけど俺と朝倉じゃおかしいだろ」

「……それは、あんまり好きじゃない比較のされ方です。わたしだって欠点はたくさんありますから、そういう言い方は三上くんもやめてください」

「あ、ああ。悪い」

「お説教されてんじゃねぇか」

「うるさいな」


 けらけらと可笑しそうに笑う日向の隣で、結花は馴れ馴れしく朝倉に話しかける。


「ねぇ朝倉さん、ハルのことどう思う?」

「どう……とは、男性としてということですよね。はい、非常に誠実な方だとは思いますよ。ここだけの話、わたしは今まで接してきた男性の中で、初めて素敵な人だと思いました」

「……だってさ、ハル! ほら告られてるよ! 応えよ!?」

「いや違うだろどう考えても。あと騒ぐなバカ」

「ふふっ、随分と仲がよろしいのですね。では、わたしはこれで。来てくださいね」

「わかったって」


 ぺこりと頭を下げて立ち去った朝倉。にやついたままの日向と結花に呆れて視線を逸らすと、周囲の男子生徒がこちらを見ていた。


「……おい結花。お前が騒ぐから」

「既成事実って大事だと思うんだよね。ファイト」

「覚えとけよほんと」


 それからほぼ一日ずっとクラスメイトから質問攻めだった俺を日向は馬鹿みたいに笑いながら、そして朝倉はどこか楽しげな笑みを浮かべて見ていた。






 なんでもなかった日のはずが途端に地獄のような日になってしまったが、ようやくそれも終わり放課後になった。日向と結花には着いてこないように伝えて、俺は朝倉の使っている空き教室へ向かう。

 にしても、どうしてあんな爆弾発言をして行ったのだろうか。今は矛先が俺に向いているが、もしそれが朝倉に向けば面倒なのは彼女の方だろう。それに、俺が口を滑らせでもしたら、朝倉の今までの努力は全て水の泡だ。

 本人に直接聞くのが早いか、と思い俺は早足で空き教室へ向かう。


「あ、三上くん」

「……朝倉」


 声をかけてきたのは、いつもの笑みを貼り付けたままの朝倉だった。俺よりも先に教室を出ていたのでもうとっくに着いていると思っていたが、どうやらどこかへ行っていたらしい。

 二人で並んで空き教室へ。部活中のクラスメイトと目が合い、咄嗟に乾いた笑みを返す。

 埃の被った空き教室にある二つの椅子にそれぞれ腰かけると、朝倉が缶コーヒーを手渡してきた。


「来てくれてありがと」

「そんなことよりお前なぁ。話しかけるタイミング考えろとか言ってたのお前だろ」

「ううん、わたしは君のお願いを伝えるタイミングを考えてって言っただけ。話しかけてくれて全然いいよ」

「……この状況でお前に話しかけるのは自殺行為だよ」


 ただでさえ面倒な状況だ。実際に俺と朝倉は関係がやや歪ではあるがただの友人に過ぎないのだから、言及されたところでなにも言えることは無いのだが。


「で、なんだよ」


 朝倉の発言に関しては思い返すだけでも疲れるので、話を変えることにした。


「ああ、大した用じゃないんだけどね。週末、一緒に勉強するなら場所探さなきゃなって。家から出るのが面倒だったら、わからないところを通話で聞くとかでもいいけど」

「まあ、面倒だな」


 わからないところを撮影してここがこうわからないと伝えるなら、見せてわからないところを提示したほうが間違いなく早いだろう。


「ていうか、困ってる?」

「いや別に。そもそもそんな勉強してないからわかるのかわからないのかもわからん」

「終わりじゃん」

「だから、誰かに見てもらってた方が助かる」

「あー、わかった。確かに、一人より誰かとやった方が捗る人いるよね。じゃあ会おっか」

「正直助かる」


 朝倉さえよければ俺は助かることしかない。集中もできるだろうし、わからないところがあれば聞くこともできる。朝倉が変なからかい方をしてこなければ全くもって問題のない提案だった。


「じゃあやっぱり場所だなぁ。どうしよっか」

「なんか案はあるか?」

「ない。テスト前の週末は学校来れないし」


 うちの学校では、テスト前の休日には試験問題漏洩を防ぐために生徒の立ち入りを一切禁じている。だから、平日以外はここで勉強をすることもできない。


「うちは駄目だしなぁ。三上くんこそなんかない?」

「ないな。できるとしたらカラオケとかじゃないか?」

「邪念多くない?」

「多い」


 別に歌うのがそれほど好きというわけでもないが、勉強をするくらいなら歌っていた方が楽しい。あとは、ほんの少しだけ朝倉の歌声を聴いてみたかったりしてしまっている時点でカラオケはなしだ。


「……あ、俺ん家」

「えっ? ああ……えっ!?」

「妹いてもよければ。あと、めちゃくちゃ変な誤解してるから解いてくれると助かる」

「誤解?」

「俺に彼女ができたと思ってる」

「わお。それって私?」

「そうだ。お前が風呂で喋ってた日だよ」

「うっわ。わたし印象悪いじゃん」


 確かに、美希はあれから俺が朝倉と出かけるために家を出るときは「騙されちゃ駄目だよ?」と念を押してくるようになった。朝倉のことを美人局か何かだと思っているらしい。


「まあでも、朝倉も顔作らないといけないから面倒だよな。やっぱりなしで」

「いや、いいよ。妹さんの誤解はどうにかしないと三上くんも困るでしょ。任せて、いい感じの言い訳考えとくから」

「悪いな」

「いーよ。元々わたしが問題だったし」


 確かにそれは否定できないが、俺の方も納得してくれるまで説明できなかった。さすがにこれで、一概に朝倉が悪いとも言えない。


「結構楽しみかも」

「美希の前で変なこと言うのやめてくれよ」

「妹さん、美希ちゃんね。あとわたし、変なことなんか言った?」

「はぁ? 朝のこと忘れたのか」

「朝……ああ。別に変なこと言ったつもりは無いけど」


 さらっとそう言った朝倉は若干怒ったような表情で俺を見た。


「わたし、嘘はつかないって言ったよね」

「言ってたけど」

「良く言えば誠実だとは思ってるし、素敵ってのは言い方が違うかもだけど男子といて初めて楽しいなって思えたのは三上くんだよ。それは間違いないから。嘘じゃない」

「……そうかい」


 きっぱりと言った朝倉は不愉快そうな顔のまま机に突っ伏した。嘘つき扱いされたことが気に障ったらしい。


「悪かったって。拗ねるなよ」

「拗ねてない。うっさい」

「そんなことより勉強しよう」

「……仕方ないなぁ」


 まだどこか不服そうではあったが俺の提案に渋々頷いた朝倉は、切り替えるように笑った。


「君は女の子の心情についての勉強からした方がいいんじゃない?」

「うるさいな。さっさと始めよう」

「はいはい」


 そんな悪態をつきながらも、俺は朝倉がそういう印象を持っていてくれたことが少しだけ嬉しいような気がした。

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