12.朝倉さんのわがまま
映画館を出て、とりあえず人の少ないところへ移動する。朝倉が当然のように俺の腕に抱きついて歩いていることに少しだけ緊張してしまい、そんな自分にため息。
「ねえ。服見に行こうよ」
「駄目だ。足痛めるぞ」
「いいじゃん。わたしが服見るだけだから」
「無理すんなって」
「……せっかく三上くんが一緒だから見たかったんだけどなぁ」
ぼそりと呟いた朝倉はわりと深めのため息をついて、「帰ろっか」なんて言う。
その言い方はずるい。どうせこれも演技だと後で思い知らされるはずなのに、仕方ないなと言ってしまいたくなる。
「あ、どきどきしてる。心拍数ちょっと上がった」
「やっぱ離れろ」
「あははっ。わたしが顔だけでもかわいくてよかった。こんな面白いことなかなかないよ」
「うるさい、引っ付くな離れろ」
「いやでーす」
離れるどころかぐいぐい身体を押し付けてくる。その力強さに対する柔らかさに、俺はどうにか朝倉を振りほどこうとする。が、当然引きはがせるはずもない。
「……朝倉、怒るぞ」
「えっ」
「さっきからその、いろいろと当たってる。やめろ。服、見に行くから」
「あっ……えと、うん……ごめん」
ぱっと飛び退いた朝倉は、そのまま足を捻って倒れそうになる。それを何とか抱き寄せて支えた俺は、自分と朝倉のやっていることにただ呆れることしかできずにため息。人がほとんどいなかったから良かったものの、傍から見れば滑稽な様子だっただろう。
「……な、なーんてね?」
「あのなぁ……足、大丈夫か?」
「えっ? あ、うん。大丈夫」
「服は今度見ればいいだろ。もう帰るぞ」
「それはやだ」
「わがまま言うな。帰って足ちゃんと冷やして安静にしてろ」
「嫌。三上くん、服見に行くってさっき言ったし」
「それは後日だ」
「……わかった」
さっき見せたような表情。いや、さっきよりもどこが寂しげな表情を見せた。
「朝倉。なんでもひとつ聞くって約束、勉強から変更可能か?」
「えっ? う、うん。大丈夫だけど。別にそれくらいいつでも見るし」
「中間テスト終わった週の日曜。空けといてくれるんなら、また遊びに行こう。今日のところは、それで手を打ってくれ」
「ちょ、ちょっと待って。それは駄目。何回もわたしのために使ってたら意味ないって!」
「別に朝倉のためじゃない。こうやって引っ付いて歩かれるのも疲れるしな」
本当は別にそうでも無いのだが、きっとこういう言い方をしなければ朝倉は頷いてくれないだろう。からかってきたり、ちょっと馬鹿にするような発言もあったりするけれど、根がいいことは最近だんだんわかってきたから、あえてこういう卑屈なことを言っておく。
朝倉はしばらく悩んだ結果、首を横に振って口を開いた。
「やっぱ駄目。だから、またひとつなんでも聞くから、日曜日付き合って」
「……それやめろって言ってるだろ」
「君にしか言わないって言ってるでしょ。ほら、これで今日のと合わせて二個だよ。なにさせるか決めておいてね」
「言い方」
だいたい、元々は勉強を見てくれと頼んでいたはずだ。朝倉に頼みたいことなんてそれくらいしか元々なかったので、俺はそれでいい。
それでも朝倉はそれは納得がいかないらしく、「テスト勉強は見るから」と言って頑なに譲ろうとしない。
「それならまあ、そのうち考えるよ」
「それでいいよ。あ、でも伝えるタイミングは考えてね」
「わかってる」
朝倉は笑って「じゃあ、帰ろっか」と言って、俺の腕を引っ張る。
「無理してないか?」
「してないよ。心配してくれてありがと!」
「っ! い、いや……」
屈託のない笑顔を向けられて咄嗟に目を逸らした俺に、朝倉はわざとらしく小首を傾げた。
「なに? 照れてる?」
「違う。帰るぞ」
「はいはい」
もし朝倉が、美希の言っていたように寂しがっているだけなのだとしたら。そんなことを考えてしまった俺の隣でにやにやと意味ありげな笑みを浮かべる朝倉を見て、こいつはやっぱりただからかってるだけだなと思いながら、俺はスマートフォンのカレンダーに朝倉との予定を書き込んだ。
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