2.朝倉さんの表裏

「はぁ……」


 朝倉の秘密を知ってから数日が経った日の昼休み。今日も教室は朝倉を中心にとてもにぎわっている。

 あれからも、朝倉に変わった様子はない。以前よりは俺に話しかけてくる回数は減ったが、それは多分俺の反応があまり面白くないからだろう。


「どした、テンション低いな」

「いや、なんでも」

「なんでもないにしてはすっげぇ陰気なオーラ出てんだけど。めちゃくちゃうぜぇ」

「そこまで言わなくてもいいだろ……」


 日向にやや冷めた対応をされながら、俺は朝倉の方を見る。

 いつもの笑顔で、クラスメイトと楽しげに話している。けれどきっと、朝倉にとってはあまり楽しい会話ではないのだろう。愛想笑いを浮かべて、誰も損をしない適当な相槌を打っている。


「まあ、関係ないか」

「ほんとどうした?」

「なんでも。飯食おう」


 もう俺にとっては気になる人というわけでもない。これ以上はただのお節介だし、朝倉にとってもいい迷惑だろう。

 そう思って、俺は愛想笑いばかりの朝倉から目を逸らすことにした。






 放課後。日向は彼女とデートだとかで、さっさとどこかへ行ってしまった。特にやることもないので俺も帰ろうかとしていたところで、下足とは反対の方向へ向かう朝倉を見かけた。

 どこに行こうが朝倉の勝手なので放っておこうと思ったが、疲れたような表情でそれでもにこにこしたような表情を貼り付けている朝倉を放っておくのは、少しだけ心が痛くなった。


「なにしてんの」

「へっ!? あ、ああ……三上くんでしたか」

「周りに人、いないから」

「……それでバレたら駄目だから、やめとく」

「そうかい」


 小声で俺以外には聞こえないようにそう言った朝倉は、いつも通りの笑顔で俺の隣を歩く。これが全部嘘だというのだから、女というものは怖い生き物だな、なんて思ってしまう。


「ちょっと用事がありまして」

「へぇ」

「着いてくるつもりですか」

「いや別に」

「ふむ……なら、ちょっと着いてきてくださいな」

「はいはい」


 朝倉はいつも通りの笑みを浮かべて、俺はその朝倉の一歩後ろを歩く。「隣を歩けばいいのに」なんて朝倉は笑うが、それはそれで些か気まずい気がするのでやめておく。

 朝倉に着いていくと、まだちゃんと来たことの無い場所へとやってきた。いわゆる、旧校舎だ。現在は主に文化部の部室として使われている部屋が多く、その他は倉庫なんかに使われている。

 朝倉はその旧校舎の階段を静かに上る。やってきたのは、三階だった。

 二回までは楽器の音や歌声なんかが聴こえていたが、三階になると途端に静まり返った。


「三階は書道部と将棋部の部室があるそうです」

「へぇ」

「あ、こっちです。この教室です」


 鞄から鍵を取り出して、教室の扉を開ける。俺と朝倉が教室に入ると、その扉をきっちりと施錠した。


「ここは?」

「空き教室。『授業の復習をしたいのですが、家だと集中できないのでどこか空いている教室を使わせていただくことはできませんか』って言ったら使わせてくれた」

「マジかよ。で、勉強は?」

「家でしてるよ」

「意味ないじゃねぇか」


 くすりと笑って、朝倉は少しだけ汚れた教室の中で綺麗に埃が払われた椅子に座って、そのまま同じように綺麗になっている机に突っ伏した。


「わざわざ学校で寝なくても」

「うーん……まあ、なんかさ。いいじゃん」

「勝手にしたらいいけど。またバレんなよ」

「うん。だからさ、愚痴に付き合ってよ」

「はぁ?」

「鍵閉めてるし大丈夫大丈夫」


 いつもの清楚な笑顔ではなくだらしなく机に突っ伏したまま、顔だけを俺の方に向けてそんなことを言った朝倉は、その体制のまま隣の席に座るように促す。朝倉が座ったものと同じく埃が払われた椅子に、ため息をつきながら腰掛ける。


「お人好しー」

「うるさいな」

「まあ、こっちとしてはありがたい話だけどさ」

「にしても、普通に喋るんだな」

「そりゃまあ、君に隠してても仕方ないし。どうせならいろいろと発散に付き合ってもらおうかと」

「そうかい」

「そーだよ。あ、今度ちょっと付き合ってよ。一人じゃ行きにくいとこっていろいろあるし、せっかくだからさ」


 これだけだらしない姿勢なのに可愛いと思えてしまう自分が悔しい。再びため息をついて、俺は朝倉の方に体を向ける。


「まあそれは考えとくよ」

「ほんと? やったね」

「他の奴と行けばいいのに」

「素のわたしを知ってる人がいないんだって」


 可笑しそうに笑う朝倉。普段からは考えられないその表情に、そっと目を逸らす。

 そんな俺の様子に気づいた朝倉は、にやにやと面白がるように笑う。


「ねーえ、なに。かわいいの?」

「はいはい」

「可愛いと思ってるんでしょ?」

「そうかもな」

「そうなんでしょ。素直じゃないなぁ」

「つか別に、可愛くないって言った覚えはないけど」

「えっ……そ、そう?」


 突然、朝倉は顔を俺と真逆の方向に向けた。


「……そんなに嫌がらなくてもよくないか?」

「うっさい。きもい。黙れ」

「お前が話聞けって言ったんだろうが」

「うーるーさーい! 寝る! おやすみ!」

「まだ愚痴聞いてないんだけどなぁ……」


 くだらない話をしただけで朝倉の愚痴は聞いていないが、朝倉の機嫌はそれほど悪くないらしいのでそれは今度聞くことにしようか、なんて考えながら、本当にあっという間に眠ってしまった朝倉を見てまたため息をついた。

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