完璧美少女の朝倉さん、本当はちょっぴり意地悪です。

神凪柑奈

1.朝倉さんの本性

「ほんっと、賑やかだな……」


 高校に入った春。もう時期五月になろうとしているタイミングだが俺、三上悠斗みかみはるとは大した目標もなく日々を過ごしていた。

 クラスの中心になるというわけでもなく、ただ隅っこで友人と話す。そんな日常に、ほんの少しだけの花があった。


「三上くん、プリント回収してもいいですか?」

「ああ、うん。ありがとう」


 プリントを回収しに来たのは、朝倉玲奈あさくられな

 わざわざやらなくてもいいことを率先してやってくれる。もちろん、文句なんて言わない。

 入学試験をトップの成績で通過している朝倉は先生からの評価はもちろん、その優しい性格から男女共に人気があった。

 そして、俺も密かに朝倉に恋心を抱いていた。


「おいおい、鼻の下伸ばしてんなよ?」

「うっせ」

「いやぁ、朝倉はみんなの女神だけどさぁ……正直、お前には自分から話しかけてるよな」

「そんなこと……ないだろ」

「その返答の間、ちょっと自分でも思ってんだろ?」


 友人の北条日向ほうじょうひなたに茶化されながら、先生にプリントを手渡す朝倉のことを目で追う。先生に渡したプリントは二枚だけ。つまり、朝倉自身のものと俺のものだけだ。


「もう告っちまえよ」

「鬼か?」

「んだよつまんねぇ」

「彼女持ちは気楽でいいな」


 だが、思ったことがないわけでもない。所詮は童貞の戯言に過ぎないが、これだけ朝倉が話しかけてくれるのには理由があるのではないかと。

 たとえば、そう。俺に気があるとか。


「思い当たる節が多いだろ? 今のわざわざ回収に来てくれたのもそうだし、委員会だってお前とおんなじ図書委員だ」

「それはまあ、本好きらしいし」

「どこ情報?」

「本人から聞いたんだよ」

「ほら、野次馬根性でできてる俺が知らない情報が出やがった」

「自分で言うなそれを」

「何の話をしているんです?」

「うわっ!?」


 後ろから、かわいらしく小首を傾げて話しかけてきた。俺の驚く様子を見てくすくすと笑っている。


「すみません、驚かせてしまったようで」

「いや、大丈夫」

「いやちょっと気になってさ。朝倉って彼氏とかいんの?」

「彼氏? いませんよ? いりませんし」

「そっかそっか。いやー、ちょっと悠斗が気になってたみたいだからよ?」

「ちょっ!?」

「……へぇ? 三上くんが」


 不思議そうな顔をして、それから笑った。


「三上くんが彼氏になってくれるなら考えますよ?」


 はっきりとそう言った朝倉は少しだけ恥ずかしそうに目を逸らして、それからまた笑って立ち去って行った。


「おおぅ……なんだあれ、完全に好きじゃねぇか」

「建前だろ……」


 そうに違いない、と思ったところで授業のチャイムが鳴った。




 ホームルームが終わり、俺と日向はすぐに下校しようとしていた。理由は、帰りにラーメンを食べに寄るつもりだったからだ。


「寄り道、校則じゃ禁止なんだよなぁ」

「うっわそんなこと気にしてんのかよ。気にしないって誰も」

「どうだか……あれ」

「ん?」

「財布忘れたっぽい。教室に」

「危ねぇなおい。荷物持っててやるから取ってこいよ」

「だよな。取ってくる」


 荷物を預けて階段を上る。さっき下った階段をまた上がるという無駄な行動に思わずため息。

 階段から少し離れたところが俺のクラスの教室になる。その扉を開けると、長い茶髪を縛って突っ伏した女子がいた。


「あー……疲れた……作り笑顔とか難しすぎだし……」


 最初は誰かわからなかった。いや、わかりたくなかった。

 ぐったりと何かを呟き続ける声の主は、間違いなく朝倉だった。


「ていうか、彼氏彼氏ってなんなの? わたしに彼氏がいたらなんなの。関係ないじゃん……」


 止まらない毒舌。それも、俺と日向との会話のものだった。

 幸いにも突っ伏しているので、気づかれないように財布を回収してさっさと日向のところに戻ろう。そう思って椅子を引くと、机と椅子の足がぶつかった。その音と同時に、朝倉の方がびくんと震えた。


「……ぇ……」

「あ……いや、聞いてない。なんも」

「そ、そうですか。それはよかったです! 忘れ物ですか?」

「そ、そう。財布を」

「それは不用心ですね。気をつけてくださいね」


 財布をポケットに突っ込んで、教室から退散しようとする。と、教室のドアが勢いよく閉められた。


「そうはならないでしょうが」

「……だよな」

「先に言っておくけど、彼氏云々のことは別に君との話のことじゃないから。よく言われるの。それに、三上くんが言ったんじゃないってのはわかってたし」

「マジか」


 そういうことをよく聞かれるだろうとは思っていたけど、日向がからかっていたことまでわかっているとは思わなかった。「三上くんは嫌いじゃないけど、北条くんはのああいうのはちょっと苦手かな」なんて言いながら、朝倉は深いため息をつく。


「清楚で完璧な女の子なんて、嘘に決まってるでしょ」


 不機嫌なまま、朝倉はそう言ってため息をついた。


「……それで、さ」

「はい」


 不機嫌そうな目で睨まれ、つい敬語になってしまった。一体どんな恐ろしい脅しをされるのか、そんなことばかりを考えてしまう。


「……ひとつだけ、なんか言うこと聞いてあげる。だから、黙ってて」

「……ん?」

「だ、だから。なんでもひとつだけ言うことを聞くから、わたしのことをみんなに黙っててって言ってるの。なんでもいいから。なにがいい、身体? 童貞を捨てる手伝いでもすればいい?」

「そんなこと言ってないだろ」


 少しだけイラッとして、言葉が強くなってしまった。


「別に、なんもなくても言わないから」

「嘘」

「嘘じゃないって。ほら、言ってもメリットとかないし」

「騙されててムカついたから仕返しとか」

「どんだけ悲観的なんだよ」


 そう伝えてもまだ疑いの目を向けてくる朝倉。

 素の朝倉には少し驚いたし好意があった故にかなり動揺こそしているが、別にそれ自体は駄目なことではないような気がする。自分をさらけ出して他人に不快な思いをさせるよりは、人にいい印象を持ってもらおうとする朝倉の方がずっと立派だ。


「はぁ……順調だったのに」

「まあ、なんだ。これからはバレないようにもうちょっと気をつけろよ」

「言われなくてもそうさせてもらうね。それも、君がバラすなら意味無いけど」

「バラさないって」

「信用ならない」

「意外とめんどくさいな」


 このままだと埒が明かないので、なにか適当なものを考える。いっそ何か言ってしまった方が俺にとっても朝倉にとっても話が早い。


「んじゃ、LINKのID。それで俺は朝倉の秘密は口外しない」

「やっぱり言うつもりだったんじゃん」

「朝倉がしつこいからそういうことにしてんだよ……」


 LINKとは無料でメッセージのやり取りやら通話やらができる便利なアプリケーションのことだ。それなら俺も朝倉もこれといって損はしないだろう。


「まあ、さすがに冗談だけど。でも、連絡先なんてどうするの?」

「どうもしないけど。まあ、なんかあったときにでも連絡取れたら」

「へぇ……わたしと連絡取りたいんだ?」

「いや別に」


 完璧な朝倉のことは好きだったかもしれないが、この変貌ぶりは少しだけ怖い。裏表があるのは別に悪いことではないとは思うものの、ここまで差が激しいのは少なくとも俺はついていけそうもない。


「ああ、もしよかったらなんでそんなに猫かぶってんのかだけ教えてくれたら嬉しい」

「なんで? 別に大した理由はないけど。ああやってる方がみんなからちやほやされるから楽ってだけ。ああでも、強いて言うなら」


 にやりと口元を歪めて、いたずらっぽい笑顔で言った。


「誰とは言わないけど、童貞くんをからかうのは反応が面白いから、かな?」

「おいこら」

「ほんとのことだから伝えてあげた方がいいかと思って」

「お前、ほんと……」


 少し、まだほんの少しだけあった好意も今のですべて吹き飛んだ。仮に朝倉が俺のことが好きだとかそんなことがあったら話は別かもしれないが、こいつは俺のことをからかって遊んでいるだけだ。


「それで、その。朝の話なんだけど」

「ん? 朝?」

「三上くんが彼氏になってくれるならって話……どう……?」


 潤んだ瞳を向けられ、照れたような顔でそんなことを言った。目を逸らそうとすると無理やり目線を合わせられる。

 顔を近づけてきて、動けば唇が触れてしまいそうな距離にまで近づいたところで、俺はようやく我に返った。


「……また遊んでるだろ」

「言うんじゃなかった。まあいっか。今のも十分面白かったし」

「とことん腹立つなお前」

「めちゃくちゃ楽しい」


 本当に楽しそうに笑う朝倉に、また不覚にも少しだけときめいてしまいそうになる。

 朝倉はメモ用紙に何かを書いて、俺の胸ポケットに入れた。


「それ、わたしのID。じゃあ、またね」

「あ、ちょっ…………歩くの早いな!」


 本当はまだ聞きたいことがいくつもあったが、それを聞いてもおそらくまたはぐらかされるだけだろう。

 日向を待たせていることを思い出した俺は、急いで階段を駆け下りた。

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