3.朝倉さんのお願い

 うちは両親が基本的にいないので、実質妹と二人暮らしのような形になっている。家事の分担では料理以外を俺がやっているので、それを終えるとちょうどいい疲労感がある。その疲労感と共にベッドで横になっていると、つい朝倉のことを考えてしまう。

 別に今更なにか伝えたいことがあるわけでもないが、俺にとってはちゃんとした関わりのある数少ない女子だ。

 話をしたいような、そうでもないような。そんなことを考えていたら、スマホが振動した。


「……えっ」


 基本的に俺とメッセージのやり取りをするのは日向しかいない。だから、その通知を見たときには声が出るほど驚いた。

 朝倉と連絡先を交換したはいいものの、結局朝倉がくだらないことを送ってくるくらいで、意味のあるやりとりはしないまま早一週間が過ぎた。学校でも特に変わりはなく、たまに空き教室に呼び出されるくらいだ。

 そんな、特に仲がいいわけでもない朝倉から、メッセージが来た。


『日曜日って予定ある?』


 それから続けて、もう一つ。


『あ、ないかぁ、かわいそうに』

「こいつ、ほんと……はぁ……」


 矛先のない怒りを抑えながら、俺は予定がないことを朝倉に伝える。すると、人を馬鹿にしたようなスタンプが帰ってきた。


「何がしたいんだよ」


 突然だったから驚いたが、どうやら暇ならしい。こちらも別にやることもないので朝倉の暇つぶしに付き合おうかと考えていると、またスマホが振動した。通話だ。


「もしもし、三上くんですか?」

「今更その外面は意味ないぞ」

「でも、三上くんはこっちの方が好きなんじゃないの?」

「はいはい。つか、俺と通話とかどんだけ暇なんだよ」


 わざと呆れたような返事をすると、朝倉はやや不機嫌そうに返答してくる。


「暇つぶしに付き合って欲しいわけじゃないの。さっき聞いたじゃん、日曜空いてるのかどうか」

「あれ弄るためじゃなかったのか!?」

「違うけど。暇ならちょっと付き合ってよ」

「絶対嫌だ」

「えぇ……」


 むしろなぜ今までの所業で休日にわざわざ出向くと思ったのだろうか、不思議でならない。

 そんな俺に、朝倉はケチだの馬鹿だの言ってくる。


「いいのか? 俺みたいな童貞と一緒にいて」

「みんなから見たわたしは誰にでも優しい朝倉さんだし」

「それ、俺がめちゃくちゃ惨めじゃん」

「バレた?」

「やっぱり行かない」

「ちょっと行く気だったんじゃん」


 どうしても困っているのなら力になってやりたいところだが、別にそういうわけでもなさそうだ。それなら、わざわざ俺が惨めな気分を味わう必要もない。

 朝倉は呆れたようにため息をついて、まるで朝倉の方が譲歩するかのように俺に言った。


「遊園地デートしよって話なんだけど、本当にいいの?」

「……は?」

「クラスの子と行け、はナシ。羽目を外せないし」

「いや一人で行けよ」

「それこそ惨めじゃない」


 一人で遊園地を歩く朝倉を想像してみる。確かに面白い絵面ではあるが、朝倉だからわりと問題がないような気もする。

 可笑しそうに笑う朝倉は普段の様子とは違う。これが本当に楽しんでくれている会話なら、俺がからかわれている甲斐も少しはあるのかもしれない。


「でも行かない」

「わかった。またなんでもひとつ聞いてあげるから」

「それ、あんまり軽々しく言うなよほんと」

「大丈夫、ヘタレの童貞くんにしか言わないから」

「行かない」

「あーん、ごめんなさい! おーねーがーいー!」


 もはやキャラ作りの方でも素の方でもおかしく感じる頼み方をされて、つい笑ってしまう。


「わかったよ。ただ、弄ったら帰るからな」

「それは保証しかねる」

「しろよ」

「まあでも、とりあえずは、うん。ありがと。楽しみにしてる」

「……そうかい」


 不覚にもまたときめきかけてしまった。

 こうして楽しそうに話している間は可愛い女の子なんだと思ってしまう。猫をかぶっていなくたって可愛いところもあるんだと思ってしまう。朝倉の本性を知っていても、だ。


「……ねぇ。今、どきどきしたでしょ」

「あーもう行かない」

「ごめんって!」


 そんなことを言いながらも俺は、日曜日を心のどこかでほんの少しだけ楽しみに思っていた。

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