10.朝倉さんの連休
大型ショッピングモールの前、予定の時間より十分ほど早い。
ゴールデンウィークに入った。同時に中間試験のおおよそ二週間前になる。
「あ、いた。ごめん、待たせちゃった?」
「来たところ」
「ほんとにぃ?」
「マジでさっき来た。五分くらい前」
「そっか、よかった。君、前も早く来てたみたいだから待たせちゃ悪いなー、と思って」
朝倉に付き合うことにもなんとなく慣れてきた。笑う顔はやっぱりかわいくて、それが少しだけ悔しい。
ヒールが少し高い靴を履いて、服は爽やかな水色のフレアスカートに白のブラウスという清楚な着こなし。本人にはあまり言いたくないが、とても似合っていると思った。
そんな朝倉に俺は少しだけ目をそらす。それに気づいた朝倉は、にやついた表情で俺の視界に入り込んできた。
「服、似合ってるな」
「えっ? そ、そう?」
このまま黙っていてもまたからかわれるだけだろうと思って、俺は素直に服装を褒めることにした。そんな言葉は予想していなかったらしく、朝倉は少しだけ驚いたような顔をした。
「まあ朝倉なら何着てもいいんだろうけど」
「そんなことないけど、ありがと」
照れたようにはにかんだ朝倉。俺以外にもよく言われるだろうに、こうして喜んでくれるのは少しだけ嬉しく思えた。
とりあえずは上手くごまかせたところで、俺たちは映画館のあるフロアへ向かうことにした。
「なんの映画見るんだ?」
「男女で見るんだからラブロマンスじゃん?」
「気まず。帰りてぇ……」
「あーんごめん! 冗談だから! 見るのは三上くんが決めていいから!」
「嘘だよ。お前が映画見たいって言うから来たんだし」
そもそも俺はあまり映画を真剣に見るのが得意ではない。朝倉に誘われなかったら見ようとは思わなかっただろう。
「まあ、俺は朝倉の付き添いで来ただけだから、見るのは朝倉が選んでほしい」
「と言われてもわたしもどれでもいいんだよね。気分転換したかっただけだし」
「そんな気はしたよ。なんか、ジャンルだけでも絞れないのか?」
「うーん……それこそさっき言ったのみたいになるんだけど。でも、普通に気まずいじゃん」
「別にいいぞ、なんでも」
「いいの?」
「いいよ」
別に気にしなければ問題は無いはずだ。朝倉の方も気にしていないのだから、俺の方ばかり気にしてしまうのも少し悔しい。
自動券売機の前で朝倉が選んだのは、話題のラブロマンス映画。席はほとんど埋まってしまっていたが、たまたま二席だけ空いている席があった。
「あ、ギリギリ空いてるね。席は悪いけど……」
事前に席を取っていなかったから仕方ない。そう思って隣合う二つの席を取ろうとしたとき、後ろから話し声が聞こえてきた。
「ね、ねえ。席空いてないよ」
「えっと、そうだね」
俺と朝倉の後ろから聞こえてきたのは、そんなカップルの声。どこかたどたどしい会話から、なんとなく二人が付き合い始めたばかりなことがわかった。
「……と思ったけど、お腹空いたね。お昼過ぎのやつにしよっかな」
「そうだな」
「チケットだけ買っとこー」
昼過ぎに上映される分のチケットを二人分購入。まだすかすかの席の中から見やすい席を選ぶ。
そのまま映画館のあるフロアから離れて、飲食店のあるフロアへ向かう。
「よかったのか?」
「……あ、ごめん! なんも聞かずにやっちゃった……」
「俺はいいけど」
朝倉が楽しみにしていたのだから、俺に気を遣う必要なんてものは一切ない。
喫茶店に入って、サンドイッチとコーヒーを注文。朝倉は身だしなみを確認し始めたので、俺はのんびりとスマホのニュースを確認して時間を潰す。
「ごめんね」
「なにが」
「映画見て帰るつもりだったんじゃない? それなのに、お昼過ぎまで付き合わせることになって」
「いや、今日も最後まで付き合うつもりではいたから別に」
「……そっか。それなら、いいんだけどさ」
ほんの少しだけ嬉しそうに、女の子らしく笑った。
「じゃあ連れ回しちゃおっかなー? 服とか下着とか」
「服はまあ良しとしても下着はやめてくれ」
「そう? 選びたいかなーと思ったんだけど」
「いつの間にか俺が変態になってる……」
それがただからかっているだけなのはわかっているので、軽く流しておく。だんだん朝倉との関わり方もわかってきた。
「時間もあるし、朝倉のやりたいことがあるなら付き合う」
「ありがと。そゆとこ、結構好きだよ」
「そりゃよかったよ」
くすくすと笑った朝倉は、サンドイッチを頬張る。小さくはない一口は完璧美少女のときの朝倉とかだいぶ違う様子だ。でも、どこか無邪気な様子の朝倉が少しだけかわいらしくて、すぐにコーヒーに目を向ける。
「コーヒー飲めるの、いいね。かっこいい。カフェオレは好きなんだけどなぁ」
「まあ、俺はコーヒーが好きなだけだし」
「かっこいい」
「……いやだから好きだから」
「わたしが?」
「違う」
おかしそうに笑う朝倉はまた少し大きめな一口でサンドイッチをかじった。
まずい、かわいい。めちゃくちゃかわいいじゃないか。だからといってやっぱり好きにはなれないけれど。
「くっそ……」
「どしたの」
「どうもしてないから。さっさと食べろよ」
「ふーん? まあいいけど」
目を逸らしている俺の真意を知ってか知らずかはわからないが、朝倉がそこに触れてこなかったことに少しだけほっとした。
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