9.朝倉さんと昼休み

「随分お疲れじゃねぇか」


 朝倉と遊園地に出かけた翌日の昼休み、昼食を食べようとしていたときにそう言って声をかけてきたのは日向だった。午前中はなんとか耐えられたが、午後は持ちそうもない。

 その後ろで目立つ金髪が揺れる。


「……うわ」

「うわ、じゃないっしょハルー?」

「……なんか疲れるやつが一緒なんだけど」

「え、なに。ハルあたしのことそんな嫌い?」

「嫌いとまでは言わないけど。うるさい」

「えぇ……そんな言う……?」


 彼女は日向の彼女の小倉結花おぐらゆか。実は日向よりも付き合いが長い。幼なじみと言っても差し支えないくらいだ。

 昔はもっと大人しい性格だったのだが、結花が日向に一目惚れしてしまったという理由でいろいろと変わってしまったのだ。今ではお互いユー、日向くんと呼びあってイチャついているから結果的には成功しているし、それがきっかけで俺と日向も仲良くやれている。ただ今はクラスも違うのにわざわざやってきてイチャイチャするのはやめてほしい。


「ハルは大人しい方がいいのかな?」

「まあな。別にどうでもいいけど」

「つっても、ユーも無理すんなよ? 俺に合わせてくれてんのはわかってっけど、そのまんまのユーでいいからさ」

「日向くん……」

「他所でやってくれ?」


 別に結花と日向がこうなのはいつものことだが、目の前でやられると若干鬱陶しい。仲がいいのはいいことだが、それはそれとして二人だけの空間の異物感はあまり味わいたいものではない。


「でもさ、ハルもいい感じの子いるっしょ?」

「いい感じの子?」

「ほら、あの……朝倉? って子」

「朝倉はそういうんじゃないから」

「どーだろー? ハルが喋る女子なんかあたしと美希くらいなもんなのにねぇ? よく話してるよねぇ?」


 邪推する結花とその隣でにやつく日向。ねぇ、と言われても本当に俺と朝倉の間にはなにもないので言えることもない。それでも結花は言及をやめようとはしない。


「あ、まだこんなところにいたんですか……図書室、行きますよ」


 本格的に面倒になってきたタイミングで声をかけてきたのは、朝倉だった。


「委員会、わたしたちの担当は今日ですが」

「……マジ?」


 うちの図書委員は昼休みにそれぞれのクラスの委員が図書室を管理する仕事がある。忘れてはいないはずだったが、どうやら今日だったらしい。


「ほら、早く」

「ごめん」


 昼食を持って朝倉に手を引かれて教室から出る。朝倉はしっかりと扉を閉めてから、図書室のある方向とは逆の方向に歩き出した。


「えっ、ちょ……」

「なんでもっとちゃんと否定しないんですか……それだとわたし、勘違いしちゃいますよ」

「嘘つけ」


 朝倉が連れてきたのは、空き教室。昼休みなので部活中の生徒もいないため、いつもより静かだ。


「で、図書委員は……」

「そんなのないよ。なんかわたしと付き合ってるみたいな話だったから、何とかしようと思っただけ」

「やっぱりそういうことか。助かった、ありがとう」

「気にしなくていいよ」


 笑って、椅子に腰かける。


「お昼、食べよ?」

「いいのか? 俺なんかと食べてて」

「いいよ。ほんとにわたしと楽しく食べたいなんて思ってる子、どうせいないし」

「……そっか」


 良くも悪くも、朝倉は人気がありすぎる。だからこそ、『朝倉玲奈と仲がいい』と周囲に思わせようとする人がいる。きっと、朝倉はそのことを言っているんだろう。特に、今はまだ完全にグループが固定されているわけではないから、なんとか朝倉と仲良くしたいと考えている人が男女ともに多いのは見ていてもわかる。


「まあ、君が嫌ならいいんだけどさ」

「別に嫌じゃないけど」

「よかった。わたしも君ならこうやって話せるし」

「お前も大変だな」

「でしょ」


 最初は、好きでやっているのだと思っていた。秘密を知ったときは、ただ楽だからやっているだけだとも思っていた。でも、今の朝倉を見ていると無理ばかりしていることがわかる。だからといってできることがあるわけでもないし、何かしてやるつもりもないが。

 朝倉は弁当を、俺はコンビニで買った菓子パンを食べる。話すことも特にはないので、会話はあまり生まれない。


「そういえば」

「ん?」

「小倉さんと仲良いんだね。なんか、結構三上くんとはキャラ違うけど」

「まあな。結花も昔はああじゃなかったんだよ」

「……結花」

「どうした?」

「別に」


 急に不機嫌になってしまった朝倉に俺は首を傾げるこてしかできない。


「なんかごめんね。せっかく小倉さんと楽しく過ごしてたのに、邪魔しちゃったみたいで」

「いや普通にめんどくさかったから助かったぞ?」

「気を遣わなくていいよ。君こそ、わたしなんかといないで小倉さんといた方がいいんじゃないの?」

「うーん……」


 楽しいかどうか、というのは置いておくとして最近は日向も結花も絡みが面倒くさい。嫌いではないし悪い奴らではないことも知っているが、それでも鬱陶しいと感じるときはある。


「少なくとも今は、朝倉といる方が落ち着くよ」

「……えっ?」

「変に取り繕ってないっていうのも知ってるからな」

「童貞童貞って罵られても?」

「まあ事実だし。でも、そういう弄りは俺以外にはやめとけよ」

「君以外にするつもりはないけど……」

「つか、あのバカップルといるのほんとに疲れるんだよ」

「……バカップル?」


 きょとんと首を傾げる朝倉。その仕草がとてもかわいらしくて、思わず目を逸らしてしまう。しばらくぶりに抱いていた恋心が蘇りそうになる。


「日向と結花だよ」

「……えっ!? 付き合ってるの!?」

「結構どこでもイチャついてるけど」

「そんなの全然知らなかった……そうだったんだ。よかった……」

「よかった? なにが」

「……よかったなんか言ってない」

「そうか?」


 確かにそう聞こえた気がしたのだが、気のせいだったらしい。どこか嬉しそうな表情の朝倉はちらちらと俺の方を見ては笑みをこぼす。


「つまり、三上くんが彼女にできる女の子は妹さんを除けば今のところわたしだけってことだよね?」

「彼女にできるって。ならないだろ」

「……わからないよ?」


 照れたようにそんなことを言う。さっきまでの明るい笑顔ではなく、恥ずかしさを誤魔化すような笑み。

 演技だとわかっていても、その表情が俺を誘惑してくる。


「……そういうのやめろって」

「もし、わたしが今君のことを好きだ、なんて言ったら……」

「やめろ。ほら、飯食ったから戻るぞ」

「……はーい」


 もし言われてしまえば、俺はきっと答えてしまう。演技だとわかっていても、今はまだ好きだと返せてしまう。朝倉は冗談のつもりでも、きっと俺は朝倉のことが嫌いになってしまう。

 それは嫌だった。少しだけでも朝倉の拠り所になれることが嬉しかったから。


「あ、ゴールデンウィーク空いてる?」

「空いてるけど」

「映画見に行こ、映画」

「えぇ……」

「ひとつだけ言うこと聞いてあげるから」

「それ言ったら応じると思ってるだろお前」

「思ってる。実際仕方ないから行ってやる、みたいなこと言ってくれるとも思ってる」

「……まあいいけど」


 別に予定もない。日向たちに誘われるかもしれないが、基本的に暇な奴らなので朝倉との予定を優先する余地はあるはずだ。


「んじゃ、テスト前になるし勉強見てくれよ。朝倉、勉強できるんだろ?」

「えっ? そんなんでいいの?」

「そんなんどころか大助かりだよ。まあ今のところはまだなんにも困ってないけど」

「もし一人で大丈夫ってなったら、どうする?」

「それならまあ、期末のとき頼むよ」

「勉強にこだわらなくてもいいのに」


 もっとなんかないの? と笑う朝倉。ないわけでもないが、どうせこれからもこうやって朝倉は『ひとつだけ言うこと聞いてあげる』と言ってくる気がしたので、それくらいでいい。できればそれを言うのはやめてほしいところだが。

 でも、朝倉の楽しそうな表情を見ているとどうでもよく思えた。

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