第3話 模擬戦開始!

――模擬戦開始


 

 賢者セラウィク様の視察を兼ねた模擬戦が始まりました。

 選ばれた生徒たちが順番に賢者様を相手に奮闘していますが、さすがは世界一の魔法使い。

 魔導生なんて相手になりません。


 あっさり勝ちを得て、生徒たちにアドバイスを授けています。

 そして、九番目の生徒――こまっしゃくれた貴族の肩書きを鼻にかけるネティアの番が回ってきました。



 腹の立つ存在ですが、彼女は魔導学のテストと実践の両方においてトップ。

 その実力はアトリア学園史上最高の魔導生とも言われています。


 そしてそれは、過大評価ではなく、確かなるもの。

 性格はお世辞にも褒められたものではありませんが、それでも私は評価できるところはちゃんと評価しようと思います。



 ネティアは黄金の魔法石を冠した魔導の杖を振るって、基本となる下位の火の魔法『支炎しえん』を何発も放ちます。

 それを賢者様はその場から一切動かず、結界を張ってしのいでいました。

 結界に何発も魔法が当たるうちに焦げ臭さが漂い、煙幕が賢者様を包みます。


 それを目くらましとして、暗雲を生み、きょなる雷『雷轟らいごう』を賢者様に落とします。

 一瞬だけ、賢者様は意識を空に向けました。

 その隙をのがさず、煙幕にこっそり忍ばせていた『譜氷ふひょう』――氷の魔法で槍を生み、ネティアは賢者様を串刺しにしようとしました。



 でも――


「ふふふ、やるねぇ。幾つもの魔法を同時に操り、相手対してどのように傷を負わせるべきか、しっかりと手順を考えている」


 傷一つ負っていない賢者様がにこやかに微笑んでいます。

 そしてさらなる讃辞をネティアへ送りました。



「他の魔導生と比べ、頭一つ二つ分は抜けている。さすがは魔導の名門シャンプレイン家のご息女。私が魔導生だった頃よりも腕はあるね」

「……フ、フフ、さすがは賢者セラウィク様。私の刃が届かないとは。アルナイル王国の誉れ高き賢者セラウィク=セレトゥイテニス様にお褒め頂き光栄ですわ」



 と、言葉を返していますが、こめかみはぴくぴくと動いて不満の様子を表しています。


「おそらく、自信があったのに全くもって歯が立たなかったから悔しいんでしょうね。ま、所詮は魔導生。いくら成績が良くても実践となれば、この程度で――」

「そこぉ! 声に出てますわよ!!」

「ええ、わざと出してますから」

「このっ! はぁ~……はぁ」


 ネティアは大声で言葉を返そうとしましたが、何とかこらえて賢者様に向き直ります。


「失礼しました、セラウィク様。取り乱してしまい」

「いや、構わないよ。少し、アドバイスをいいかな?」

「え? はい、お願いします」


「魔導の才は申し分ないけど、多種魔法を使う際のラグが大きい。これでは魔法の種類が相手に知られてしまい対応されてしまう。それなら多種魔法を操るよりも、一つ一つの魔法を丁寧に扱った方がいい」

「……はい」


「それと、もっと体を動かすべきだ」

「え?」


「今回の模擬戦であまり体を動かさなかった私の言うことではないけど、魔導生……いや、魔法使いの多くは体力がない者が多い。魔力を練るばかりではなくしっかりと基礎体力を付けて、動きで敵を翻弄することも考えた方がいいよ。そうじゃないと、まとだ」


「……ご忠告、痛み入ります」



 ネティアは明らかに不満の籠る返事をしています。

 おそらく、彼女にとって魔法使いとは華麗に魔法を操り、敵を仕留めるものであり、汗を流して敵を仕留めるものではないのでしょう。


 いえ、ネティアだけではなく、賢者様が指摘した通り、多くの魔法使いがそう考えています。 

 前衛に戦士を置き、自分たちは後衛から魔法を放つ。

 これは基本であり、当たり前の陣形ですが、賢者様はいざというとき前衛を果たせるようにアドバイスしたようです。


 そしてそれが行える余裕をネティアは持っていると評価したのでしょう。

 しかし、評価された本人は、自身が抱く理想とは遠く不満を持った。

 そんなところようです。


 ネティアは最後に優雅に会釈をして、模擬戦の場から立ち去ります。

 その際、私を一瞥いちべつして鼻で笑いました。



 次なる彼女の予定は私を物笑いにするもののようです。

 だけど――そう簡単にはいきません!



 私はおばあちゃんの秘蔵の杖・指輪・五芒星ペンタグラムを装備して、賢者様のもとへ向かいます。

 後ろからはレンちゃんの応援が届きます。


「頑張って、ミコン!」

「はい!」




 私は賢者様の前に立ち、一礼をして彼の紅紫マゼンダ色の瞳を見つめます。

 彼もまた私のレモンイエローの瞳を見つめ、次に猫耳と尻尾へ視線を振りました。



「君が偉大なる錬金術士ニャントワンキルの一族。古代魔法を操る魔導生のミコンだね」

「私をご存じで?」

「ネベロング様から少しね」

「おばあちゃんとお知り合いなんですか?」


「まぁ、公式の場で簡単なやり取り程度だけど。それに、ニャントワンキルの一族自体が有名だからね……この世界・カロスに魔法をもたらした偉大なる存在。魔法使いはもちろん、多くの人々の間で知らぬ者はいない」


 レンちゃんも話していましたが、このカロスに魔法という概念を持ち込んだのは私たちのご先祖であるニャントワンキルの魔女王。

 つまり、魔法の生みの親。



 賢者セラウィク様は寂しげに、こう言葉を続けます。

「しかし、ニャントワンキルの一族もネベロング様もあまり表にお出にならない。魔法を使う場も、まず見せない」

「そうですね。私たちはあまり外と交流を持ちませんから」


「だからこそ、君が気になっていた。私たちは長い時を得て、あなた方と違う魔導体系を獲得した。それにより、汎用性は増したけど、魔法の威力に至ってはいまだ届かず。古の魔法は現在の魔法の威力を遥かに上回るなんて聞く。その破壊力……どれほどのものか、楽しみだ」


「ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、今日の私ならやれると思います!」


 そう言って、私はおばあちゃんの魔導杖まどうじょうを握り締めます。

 そこから魔力を充填……させるのではなく賢者様に、とあるお願い事をしました。



「あの~、超すごい魔法使う予定なので、周りの皆さんを結界で守ってくれますか? というか、私たちを結界で包み込んで周囲への影響を抑える感じで」

「え? ああ」


 賢者様は軽く指を振るい、私たちを取り囲んでいた人の壁の前に、結界の壁を築きました。

 形は私たち二人を覆うドーム状です。

 その結界はとてつもない強度を誇っています。

 でも、それだけじゃ足りません。


「あの、結界は二重の壁にして、壁内は分厚い水で満たして貰えますか? 色は黒い水の方がいいかと」

「どうして?」

「今回使う魔法は目を傷めるし、危険なので。そういった備えが必要なんです」

「ああ、それじゃあ」



 結界は二重になり、その中は半透明の黒の水で満たされる。

 色は黒ですが、さながら水族館のガラスような感じなっています。


「凄いですねぇ。さすが賢者様。こんなに魔力を使っても平気なんですか?」

「うん、全然問題ないよ。それで、準備はいいのかな?」

「いえ、賢者様も水で満たされた結界を」


「……わかった、そうしよう。だけど、これ模擬戦だよね? 魔法をお披露目する下準備みたいになっているんだけど?」


「かもしれません。ですが、賢者様は古代魔法の破壊力が見たいのでしょう。だから模擬戦を諦めて、私は急遽賢者様の期待に応えているんですよ」

「そうなんだ。悪いことしたね」

「いえいえ」



 もちろん、初めから賢者様にお願いして模擬戦じゃなくて魔法の威力を見せつける場に持っていくつもりでした。

 ま、渡りに船と言いましょうか。賢者様が魔法を見たいと言ったのでそれを利用することにしました。


「よ~し、準備オッケー。それじゃ、五芒星ペンタグラムの力を開放して、私も二重障壁の結界に自分を包んで、壁の間を水で満たすと」


 二重の障壁の間に半透明の黒い水が満たされる。

 次におばあちゃんの魔導杖まどうじょうを握り締めて、魔力を充填します。


「え~っと、大気中の水素分子にアクセスして……あ、いったん水にした方がイメージしやすいかな」


 賢者様の目の前に水球が浮かびます。

 彼はそれをじっと見つめているようです。



「うん? ただの水球? でも、妙な変化が? 召喚魔法のたぐいかな?」


 彼が頭を悩ませている間も、私はおばあちゃんの杖の力を借りて、水球内の水素分子を操ります。


「私だと基本分子しか扱えないけど、この杖を使えばちょっとは素粒子を操れるはず……軽水素の陽子に中性子をつけて~、さらにもう一個つけて~」


 その間にも賢者様は水球と睨めっこをしている様子。

「なんだ? 水だけど……何か別のものに変化しているような」


 ここで私は指輪の力を開放します。

「素粒子を産み出す指輪。ここでミュー粒子を作成! よし! この粒子を安定しつつ増加を促して、水球内に精製した重水素デューテリウム三重水素トリチウムにぶつける」

「こ、これは!? 急激に力が高まっていく! いけない!! 結界を高めないと!!」


「さぁ、人が生み出す奇跡の太陽よ! 地上に姿を現せ! ミュオン触媒――核・融・合!!」

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