第2話 天敵・貴族のお嬢様

――三日後・アトリア学園・広場



 学園には魔法の練習や運動などが行えるでっかい広場があります。

 広場は土が剝き出しの場所と、芝生の生えた場所の二種類。

 今日は芝生の生えた広場で賢者様と魔導生による模擬戦が行われます。


 すでに、大勢の生徒が大きな円を描くように集まっていました。

 その円の中心に、真っ青な導師服に身を包む、賢者セラウィク=セレトゥイテニス様がいます。

 舌を噛んじゃいそうな名前ですね。



 身長は私の想像よりも高く180cmくらいはありそう。

 それに三十二歳の男性と聞いていましたが、そうは見えないくらいに若々しく丸顔で愛嬌のある感じです。

 いま彼は、短めの紫色の髪を風に揺らしながら先生たちと会話を行っています。

 時折、自身の脇に浮かぶ魔道具である透明な水晶へ紅紫マゼンダの瞳を向けながら、先生と模擬戦の際の結界の話をしているようです。



 私は彼を獲物を見る猫の目で睨みつけます。

「フフフ、あの人が私を退学から救う生贄ですね……」

「生贄って。ミコン、見事くじ引きで模擬戦の枠を勝ち取ったのはいいけど、何かセラウィク様に結果をお渡しできるような対策は講じてるの?」


 隣に立つレンちゃんが問い掛けてきました。

 ですので、堂々と胸を張り私は答えを返します。

「もちろんです! ジャーン、おばあちゃんのひみつど~ぐ~」


 私は間延びする特徴的な猫声を出しながら、おばあちゃんの道具を見せつけます。

「おばあちゃん秘蔵の杖に、秘蔵の指輪に、秘蔵の五芒星ペンタグラムのアクセです。全て青色で統一された、必殺の三種の神器! これで、賢者様もいちころです!」

「いやだから……ま、いっか。よくわからないけど、そんなに凄い道具なんだ?」


「はい! おばあちゃんは最高の錬金術士にして魔法使いですから。この道具を使えば、今の私では到底不可能な、禁忌級の超々々極大破壊呪文が使えるはずです!」

「随分と自信ありげだけど、そんな危険な魔法使っても大丈夫?」



 この問いに、尻尾で?の形を表しながら声を返します。

「さあ~? 話で聞いたことがあるだけ実際使ったことないので何とも。なにせ、村では許可なしに使っちゃダメと言われてる魔法ですし」

「ええ!?」


「でも、相手は世界最高の魔法使いの賢者様。だからたぶん、正面から食らっても大丈夫でしょ」

「いい加減だなぁ」

「それよりも、おばあちゃんの道具類を勝手に持ち出してきたことがバレたら殺される……そっちの方が心配です」

「勝手にって。凄くいけないことなんじゃ……?」

「はい。でも……もう、過ぎ去ったことです。後悔しても仕方ありません!」

「いや、杖を持つ手が震えているけど?」



 その通り、おばあちゃんにバレた時のことを考えると恐怖で体の震えが止まりません。

 ですが、ここはぷにぷに村から遠く離れた『アルナイル王国』の魔導学園都市アダラ。

 バレたところで、怒られるようなことはありません。

 ……が、里帰りのことを考えると遺伝子に刻まれてた恐怖が肌を震えさせます。


 そこに、くそうざったい笑い声が降ってきました。

 そのせいで、恐怖に震えていた肌に鳥肌が浮かびます。



「お~ほっほっほ、みっともない。田舎の野良猫が哀れにも緊張で震えているようですわね」

「この、腐れた豆が糸引くように粘っこい笑い声は! ネティア=ミア=シャンプレイン!!」


 きったない笑い声が響いた方へ振り返ります。

 そこにいたのは、穢れた心の色模様を表した真っ黒なドレスに身を包む、金髪のロングヘアの女。

 背は私よりちょっと高いくらいで、目は人の生き血を吸ったような赤色。

 赤の瞳と黒の服のため、見た目はまるで吸血鬼みたい。

 この吸血鬼はレンちゃんと同じ四大貴族の一人で、魔法の大家たいかとして有名なシャンプレイン家の長女。



「そして、貴族意識が高くて庶民を差別するう〇こな女。際立った特徴のないテンプレートな嫌味なお嬢様。そんな設定のくせにお胸は寂しい。それでも顔はお嬢様っぽく……まぁ、そこそこ? だけど、性格が悪いから男性が寄り付かない。これでは一生独り身決定ですね。そう、寂しい老後が約束された――」


「そこぉ! 声に出てますわよ!!」


「ええ、わざと出してますからね」

「ふん、相変わらず品性下劣だこと。これだから礼儀知らずの庶民は」


「はんっ、何が礼儀ですか? 人様に礼儀を問うなら自分こそ学園指定の学生服を着たらどうです? わがまま言って、毒毒ムカデの繭みたいな服を着てるくせに」

「この服はあの名高いラクマルティア製のドレス型魔導服ですわよ! そう、このドレスは漆黒の闇夜。そこに浮かぶ美しき月の女神を表したこの私、ねてぃ――」


「あ、はい。説明はいらないです」

「このっ」

「それで、何の用ですか? 新聞なら間に合ってますよ」



 こう、言葉を返すとネティアの周りにいた取り巻きがさえずりを始めました。

「ちょっと、ネティア様になんて言い草なの!?」

「そうよ、庶民の分際で!」

「ほんっと、田舎娘って礼儀知らずよね~」


「うるさいですよ、古臭いテンプレ取り巻きABC」

「「「誰がABCよ!!」」」


「それじゃ、甲乙丙」

「「「もっと駄目!!」」」


 声をそろえて甲高い声を上げる三人娘。

 彼女たちはネティアの忠実なるしもべ

 三人を相手にしてもらちが明かないのでネティアに話しかけます。



「改めて尋ねますけど、何の用ですか?」

「ふんっ、ミコン。あなた、運良くくじ引きで模擬戦の代表に選ばれたそうですね」

「ええ、そうですけど、何か?」

「本当に運なのかしら? どうせ、不正でも行ったんでしょう。まったく庶民という存在は悪賢いですわね」

「…………」


「あら、言い返さないの? いつものあなたなら間髪入れず噛みつくはずなのに……まさか、あなた! 本当に!?」

「な、何を馬鹿なことを!! 下らない妄想を語るものだから呆れて声が止まっただけです」



 私はレモンイエローの瞳を明後日の方向に向けて軽く口笛を吹きます。

 それをネティアは深紅の瞳でジトリと睨みつけるように観察しています。

 何とか話題をずらさないと。

 そう思った矢先、レンちゃんが話題を変える助け舟を出してくれました。



「相変わらずミコンに辛辣だね、ネティア」

「レンさんこそ、こんな下劣な庶民といつまで一緒にいるつもりですか? 早く部屋を変えていただくよう、先生方に申し出ては?」

「ネティア、ミコンは私の大切な友人だ。これ以上の侮辱は許さないよ」

 

 レンちゃんは怒気の籠る鋭い眼光をエメラルド色の瞳に宿し、ネティアを睨みつけます。

 その怒りの表情は恐ろしくも、他者を魅了する美を宿すもの。

 取り巻きABCはその美に見惚れてしまい、息を止めてレンちゃんを見つめています。

 だけど、ネティアは違います。

 鋭い光を柔らかく受け流し、さらに侮蔑ぶべつを繰り出します。


「友人ねぇ……貴族と庶民の間にそのようなもの存在するわけがありませんわ」

「実際にここにある」

「それはあなたが、ミコンを愛玩動物のように見ているだけなのでは?」

「ネティア!」



 レンちゃんの怒声。これには美に囚われていたはずのABCも身をすくめました。

 でもやはり、同じ大貴族であるネティアには通じません。

 むしろ、余裕の笑みを浮かべてこう返します。


「ふふ、庶民なんてものは貴族の下で盲目に従うべき存在です。そうだというのに、アトリア学園は庶民を受け入れるなんて。庶民に学など無用の長物。そのような者たちと共に同じ学び舎で息を吸い、机を並べるなど。吐き気を催す毎日が続き息苦しいですわね」


「どうやら、君とは分かり合えないようだ」

「そうは思いませんわ」

「なんだって?」

「あなたは貴族。いずれ、庶民との違いを知り、私の言葉に理解を示すようになりますわ」



 そう言って、ネティアは口角の端を醜くねじ上げました。

 負けじとレンちゃんは言葉を重ねようとしましたが、それを私が割って入ります。


「いや、一生理解なんて――」

「レンちゃん、もうやめましょう。貴族の肩書きだけが頼りの非モテ系女子には理解できないでしょうから」

「誰が非モテ系ですか! サロンでは多くの男性から――」

「それはネティアの魅力に惹かれてですか? それとも、四大名門シャンプレインの名に惹かれてですか?」

「――っ!? 両方よ……」


「フフ、思ったよりタフですね。で、用がないならそろそろどこかに行ってもらえますか? 庶民の私と話していると吐き気が催すんでしょ。そうだ、我慢できないなら盛大にぶちまけたらどうです? 貴族様は美味しいものを食べてるから芝生の栄養になるでしょうし」


「なんて下品な。ですが、そうですわね。これ以上ここに居たら体調を崩して模擬戦でセラウィク様に力を見せつけられませんから」



 ネティアは踵を返して、去っていきます。

 ですが性根の腐った吸血鬼は捨て台詞を忘れません。


「なんであれ、あなたも模擬戦に参加されるのでしょう。たしか、花形となる私の後に。成績下位のあなたがセラウィク様を失望させるところを、じっくりと拝見させていただくとしますわ。ふふふ」


 彼女の笑い声の余韻に交わり、取り巻きABCが私に何かしらの嫌味を言って立ち去っていきました。

 ま、三人娘の声など文字に起こすほどでもないのでどうでもいいですけど。



 私は穢れた瞳を浄化するために、天使のように美しいレンちゃんの姿をすっぽり取り入れます。

「同じ貴族なのにあそこまで違うものなんですね」

「シャンプレイン家は他の貴族と比べその家柄も古く、家名かめいと血筋に強い誇りを持っているからね」


「でも、レンちゃんのところだって」

「バルカ家は剣士の家柄。そのため、学問を修めて王宮に仕えることの多いシャンプレイン家とは違い、多くの兵士と過ごすことが多い。だから、民衆との距離が近く、理解も深いんだよ」


「なるほど、ネティアは井の中の蛙というわけですね。せいぜい、貴族の名にすがってぴょこぴょこ跳ねてればいいと思います」

「ふふふ。だけど、魔法使いとしての腕はたしかだよ。魔導学の学年成績一位は本物。彼女以上にアピールする自信はあるかい?」


「もちろん! 必ずや、ネティアもろとも賢者様を消し去って見せます!」

「いやだから…………うん、頑張ってね」

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