第11話(最終話)

彼と別れてから2週間が経った頃、私と彼が好きだった夏という季節はいつの間にか終わり、涼しい秋の風が服の袖に入り込んでくるようになった。夏の間は鬱陶しいと思っていた昼間の日差しが、今は心地よく感じられる。別れてからの数日間は、彼との思い出がフラッシュバックし、涙がこぼれてしまう夜もあった。自分の傍から誰か1人離れていくだけで、こんなにも寂しい気持ちになるとは思わなかった。


私と彼は確かに恋人同士だったけれど、同じ道を手を繋いで歩いていたわけではない。ハイタッチもできないくらい離れたところで、それぞれ別の道を歩いていただけだ。付き合ってからも、別れてからも。平行に並んだ二人が交わることはなかったし、これからも私と彼はずっと平行なまま、大人になっていくのだろうと思う。


彼と私の物語は決して綺麗ごとだけでは語れない。過去を振り返る時、綺麗ごとで真実を隠すことはいくらでもできる。都合の悪い出来事は自分だけが知っていればいいし、それを他人と共有したところで、自分や自分と関わってきた誰かが批判されることもある。だからこれからも私は、彼と付き合っていた間の出来事の詳細を、他人に打ち明けるつもりはない。私に説明する義務はないし、私の中だけで大切に閉まっておきたい瞬間は数多くあるのだから。


もちろん、多くを語らないことは偏見や誤解を生む危険性を含んでいるから、この物語を他人は「最低な愛」だと呼ぶかもしれない。それでも私にとってそれは、今でも最愛の過去である。


彼の人生に、私がいなくなっても、

花が咲きますように。

私の人生が、彼がいなくなっても、

潤いますように。


梓さんとはあれから、たまに飲みに行く友人の関係になった。

「そういえばさ、元彼との写真は全部消したわけ?」

「ほとんど消しましたが、まだ少し残ってますね」

「ふぅん。ちょっと顔見せてよ」


ほんの少しの興味だけで聞いたらしい。私はカメラロールに数枚ほど残っていた彼との写真のうち、2人が顔を見合わせて笑っている写真を選んで見せた。すると梓さんはしばらく硬直していたが、ゆっくりと口を開いてこう言った。


「この人、私の元彼だわ」

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