第7話
次の日、案の定梓さんから
「何やってんのよあんた」
と説教メールが届いた。自分でも思う、何やってるんだろう私って。 そしてそのメッセージの後に
「今週の土曜日、△△カフェ、13時」
とだけ書かれていた。
私がカフェに着くと、梓さんが「こっち」と手を振る。梓さんには
「意気地なしなのね」
とまた怒られた。しかし、それと同時に彼女は私を褒めてくれた。
「ちゃんと会いに行って話をしたっていう点では、あんたも1歩進んだのね」
メニューをぼんやり眺めながら、この前彼と会った日のことを思い出す。彼の目を見て話すことができなかった。言葉を紡ぐのがあんなにも難しいなんて、初めての感覚だった。どれだけ自分を着飾って美しく見せようとしても、自分の弱さを隠すことはできないと知った。強く見せようとしながら逃げているだけの私から、もう変わらなければいけない。次はもっと上手く話せるだろうか。
梓さんはアイスコーヒー、私はコーラフロートを頼んだ。私が彼と話したことを大まかに説明した後、彼女は丁寧にケアされた黒髪のロングヘアを結いながら口を開く。
「あんた、なんで被害者面してるの」
「え?」
その言葉に、私は情けない声で聞き返してしまった。
「彼に話をまとめられたって言うけど、断れない自分にも責任があるのよ。あんたが勝手に彼の言葉に揺らいで、繋がりを切れずにいるだけよ」
責任。その言葉の意味をしばらく考えてみて、ハッとした。私は今まで彼の言葉を無責任だと感じていたけれど、それを単純作業のように受け入れてしまう私の方こそ無責任なのではないだろうか。彼を自分勝手な人間だと言いながら、自分も勝手に彼に縋り付いている。
そんなことを考えながら、私はコーラフロートのバニラアイスが少しずつ溶けていくのを見つめていた。
「このバニラアイス、炭酸の中に溺れているみたいね」
梓さんが落ち着いた声のトーンで言う。
「え?だって氷があるからアイスはちゃんと浮かんでるじゃないですか」
「そうね、でも氷がないと沈んでいくでしょ。あたしが氷だとしたら、あんたはアイスね。 今は浮かんでいるけど、コーラ、つまり彼に溺れたら死ぬわよ」
彼はコーラで、アイスの私を溺れさせようとしているが、彼女が氷となってそれを防いでいる。つまり彼女が言いたいのはきっと、私は今重要な局面にいて、ここで判断を間違えれば私はもう抜け出せないということか。彼に溺れたら死ぬ。彼女が言うそれは、物理的な溺死を意味するのではないだろう。彼に依存することで、私は自分でいられなくなる。自分の気持ちが殺されてしまう、そういう意味なのだろう。
梓さんに言われる言葉は毎回私の心を刺す。でもそれは傷つけられているという感覚ではない。梓さんの言葉によって、私は少しずつ軌道修正されているように感じた。
「考え直してみてよ。彼があんたを本当に好きなのか、あんたも彼を本当に好きなのか。好きって何だろうって考え始めたら、それは恋の終わりを示すようなものね」
好きだという感情が何にも頼らず自立している時には、人は好きかどうか迷うことなどなくて、幸せを感じている時には、幸せが何かなんて考えることはない。 梓さんはそう教えてくれた。
「彼はあんたを傷つけて困らせることでしか、自分のプライドを守れないような小さい人間なの。そんな彼にあんたの大きな心を渡したところでどうするっていうの。彼にはあんたの心は大きすぎるわ。彼に渡したら、持ちきれなくなってこぼしちゃうわよ」
帰り際に梓さんはそう言って笑った。 私は初めて彼女の前で涙を流した。どんなに彼女の前で弱音を吐いても泣くことだけはなかったのに、今日はどうしてもこらえることができなかった。
家に帰るとすぐ、私は彼の番号に電話をかける。
「もしもし、今、いいかな」
今言わなきゃ、これ以上後回しにはできない。
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