第4話

お酒の力もあってか、梓さんに心を開きかけていた私は、まあ同性なら何も起きないから大丈夫だろうと思いオーケーした。外に出ると真っ暗な空に月がポツリと浮かんでいるのが見えた。暗い中で光るのは寂しくないのだろうか、そんなくだらないことを考えながら歩く。 

 

梓さんは「やっぱり飲み足りないから」とコンビニでハイボールを1缶だけ買い、私はペットボトルの水を買って帰った。モデルをやっていそうなくらいに美しい容姿をしているのに、それでいて地元の友達みたいな調子で話しかけてくれる梓さんが、結構好きかもしれないとも思った。 

 

私の1人暮らしのアパートに着いて部屋に入ると、私たちはソファーに腰掛けて体を楽にする。梓さんはハイボールの缶を開けながら、居酒屋での話の続きを始める。 

「あんたはさあ、今幸せなわけ?」 

梓さんはなんだか急な人だ、と出会って数時間しか経っていないけれど察した。 

「幸せ...かあ。難しい質問ですね」 

言葉を濁す私に、梓さんがピシャリと言い返す。 

「何も難しくなんかないわよ。そういうのって直感でしょ?自分のことくらいもう少し理解してなきゃダメね」 

 

自分のことか、と心の中で呟く。 今の私は彼の考えていることが理解しきれていないうえに、 自分の感情まで迷子になっているなんて。 


「でも、少なくとも他人のあたしから見ればあんたの表情は明らかに曇ってるし、 幸せそうには見えないわね」 

梓さんは遠慮なくそう吐き捨てたが、その意見に関して反論したいことは何もなかった。 今日知り合ったばかりの人にまでそう見られているということは、私の中にあるネガティブな感情はよほど顔に出ているのだろう。


幸せかと聞かれた時に、迷いなく頷くことができない。そのことこそ、今の自分が幸せでないことの証明になってしまっている。 

 

「彼を好きになったばかりの頃は、彼のおかげで幸せだと思えていたんです。それが、彼が原因で自分の幸せを見失うなんて」 

落ち込みながら本音をこぼす私の姿は今、梓さんからどう見えているだろうか。 情けない人間だと思われていそうで、また勝手に悲しくなる。

 

「幸せじゃないなら、幸せになる道を見つければいい、それだけよ。簡単なことなのに何を躊躇ってんの」 

梓さんは私の目をじっと見つめたまま続ける。 

「彼と別れる、一択でしょ」 

 

その後もしばらく梓さんから軽い説教を受けた後、彼女は帰って行った。 帰り際に彼女が、 

「これあたしの連絡先だから。一応渡しとく」

と言って自分のメールアドレスを紙に書いて渡してくれた。 居酒屋で出会った女性に再び会う用事などあるだろうかと思いつつも、 せっかく出会ったなら少し頼ってしまってもいいのかもしれないとも思った。 それに、私のことを知りすぎている家族や友達よりも、私にも彼にも感情移入しない他人の意見の方が、頼りになるだろう。

 

梓さんが帰った後、湯船に浸かりながらなんとなく考えた。 そういえばこの部屋に彼を呼んだこともないし、 彼の家に呼ばれたこともない。 私たちが会うのはいつも家の外だった。 もう大学生だというのに、彼とは手を繋ぐ以上のことをしたことがない。 お互いの領域に踏み込み過ぎるのは良くないというけれど、1ミリも踏み込めていないのもどうなのだろうか。

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