✴︎
あれからどれくらい経ったのだろうか
何度も、何度も、時刻を確認する
時計を見る度に
確かに時間が流れていることを実感する
時間が流れるだけで
何もできないもどかしさが歯痒く、苦しい
分針が秒針のように滑り
時針がそれに引っ張られるように滑る
規則的に、滑らかに時を刻む年代物の腕時計は
大学を卒業した時に、彼女から贈られた物
もう何十年も使い続けているせいか
いつの間にか秒針を刻む音が聞こえなくなってしまった
どちらかというと私は
秒針が時を刻む音が好きだった
チクタクチクタク
何にも惑わされず
ただ淡々と時を刻む姿は美しい
幾つもの部品が複雑に絡まり合うことで生まれる音は
まるで心臓の鼓動のように
心地良い安らぎを与えてくれる
いつか修理に出そうと思っていたが
結局そのままになってしまっている
だけど、今は、今だけは
音が鳴らなくて良かったと思う
もし、今でもその音を刻み続けていたとしたら
私は忽ち、それが生み出す旋律に支配され
悶絶していただろう
狂ったように、回り続ける秒針
時計の指令系統が崩壊したかのように
回転運動を繰り返す
いつか、遠心力により軸から外れてしまうのではないかと思うほどに
力強く、回転する
そして、僕は秒針から目を離せなくなり
目が回り、頭の中が真っ白になり
何も考えられなくなるだろう
不意に、視界の端に捉えていた赤い光が消えた
手術中、と書かれている小さい看板
僕の足は、反射的に立ち上がる
その瞬間を、待ち侘びていた
ずっと座っていたせいか
血流が溜まった足が、途轍もなく重く感じた
鮮やかな青い術衣に鮮血を纏わせた男が
扉の内側から現れる
マスクとキャップを被った、大柄の男
切れ長で大きな瞳が、真っ直ぐに僕を捉える
鼓動が、まるで夏祭りの太鼓のように
激しく、僕の胸を打ち付ける
そのまま胸を引き裂いて、外側に飛び出してきてしまうのではないかと思う
胸骨に守られる心臓は
強固な骨でさえも打ち破ろうとして
激しく、激しく
今までに感じたことのないほどに、震えている
マスクに覆われた唇が、動き出す
その瞳、その表情が、重く、苦しく
僕に何かを伝える
刹那に、恐怖に包まれる
何も、何も言わないでくれ、お願いだから
彼女は? 一体、どうなったのか?
涙が、とめどなく溢れてくる
身体が硬直する、立っているという感覚がない
霞んだ視界の奥から
瞳だけ出した者が続々と現れる
僕と、目を合わせないように
顔を逸らし、足早に去っていく
広い廊下を歩く、複数の足音が
まるで誰かの囁き声のように、不気味に響く
白い床に、僕の膝が打ち付けられる
凍り付くほどに冷たい温度を、全身に感じる
視線を上げると、先程の男が
頭を垂れているのが見える
そして、僕を真っ直ぐに見つめた後
後ろにいた女性に相槌を送り、立ち去っていく
もう僕を見ることもなく、振り返ることもなく
鍛えられた大きな背中が、徐々に小さくなる
規則的に地面を踏む足が、振り上げられる腕が
漲る精気を、僕に伝える
生きている、動いている
真っ白な部屋から出て行った者達
今、部屋に残されているのは
死んでいるから?
生と死の境目とは何なのだろう?
動かないこと? 目を覚まさないこと?
話さないこと?呼吸をしないこと?
考えないこと?
もう、彼女の心臓は
止まってしまったのだろうか?
二度と、その鼓動を
体内に響かせることはないのだろうか?
なぜ? なぜ? なぜ?
僕の、せいだろうか
神様、僕が、悪かったのでしょうか
あぁ、どうか、彼女を、返してください
どうして、彼女だったのでしょうか?
どうか、どうか彼女を、返してください
あなたなら、それができるのでしょう?
だからこそ、神と慕われ
尊敬されているのでしょう?
もし、僕の命と交換できるのであれば
どうぞ、どうぞ僕を、殺してください
どんな残虐な方法でも構わない
彼女が、生きていてくれるのであれば
どうぞ、僕を殺して
あなたの、思いのままに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます