✴︎
額に触れる掌の感触を、覚えている
あの感覚、何とも言えない、心地良さ
熱を帯びた額に触れる手は
まるで氷を当てたかのように冷たくて
高熱により意識が朦朧としている僕は
その快感を求めるために
母親の姿を探して部屋の中を彷徨う
ふらふらと近付いてくる僕を見て
心配そうに顔を覗き込む
その手が伸びて、僕の頬に触れる
優しい手触りに、無意識に、目尻に涙が溜まる
抱き締められた感触
太陽に包まれたかのような暖かさ
その瞬間
僕は世界で一番幸せなんじゃないかと思った
徐々に瞳を赤く染める僕を
淡い茶色の瞳が見つめる
その眼差しから、僕は逃げられない
軈て頬に添えられた手が、僕の額に触れる
ひやり
母親の手は、いつも冷たい
その冷感を待ち焦がれていた僕は
忽ちその快感に囚われる
ハルちゃん、また熱が出ちゃったのね
快楽を貪る僕に、穏やかな息が掛かる
あの感触、あの声が
僕に昇天させるほどの安らぎを与える
懐かしい、只管に愛おしい、母親の存在
幼い記憶を手放すまいと心に誓ったはずなのに
少しずつ、時を重ねるほどに
まるで掌で水を掬った時の儚さのように
溢すまいと
力を入れて隙間を埋めたはずなのに
水の粒子は僕の願いなど素知らぬ顔で
僅かな逃げ道を見つけ溢れ落ちてしまうように
どんなに願っても、どんなに手を伸ばしても
嘲笑い、軽蔑し、僕の手など簡単にすり抜けて
僕の幸せな時間が、記憶が
僕から離れていってしまうのはなぜだろう?
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