第2話
一夜明けると、清々しい青空が広がっていた。
ちょうど休日であり、私を含めて数人、都合のつく者たちがまとまって、近所に住む大家さんを訪ねる。
帰省の土産などを届けたこともあるので、家の場所は把握しているし、顔見知りだった。大家さんは管理会社に任せきりではなく、前々から「何か問題が起きたら直接、私のところまで来て下さい」と言っていたので、その言葉に甘える形だった。
幸い彼は在宅であり、こちらの説明にきちんと耳を傾けてくれた。
「奇妙な話ですね。では調べてみましょう」
空室のはずの302号室へ。
大家さんの鍵で扉を開けて、私たちも部屋に入れてもらう。
ガランとした空間だった。202号室と同じ間取りだろうが、かなり広く感じられる。
入ってすぐの台所兼廊下も、私のところは小さな食器棚と冷蔵庫だけでいっぱいなのに、それらが置かれていないと余裕があって歩きやすい。
ベッドやテーブルなどがない分、六畳一間も見違える大きさだった。
とにかく何もない302号室なので、時間をかけて調べるまでもなく、騒音の発生源でないのは一目瞭然だった。
「見ての通りです。この部屋に問題はありません」
大家さんの言葉に、一同は納得。
こうなると、最初に疑われた私の部屋が、再び怪しいと思われてしまう。
「そちらの部屋も、調べさせてもらって構いませんか?」
気は進まないが、頷くしかなかった。
一応、同じ階の住人たちの「横からではなく、上から聞こえてきた」という証言もある。私の部屋を調べるといっても、該当する映画のDVDなどを持っていないか探索する、という話ではなかった。
問題の音源は二階と三階の間にあるのではないか。そう考えて一同は、私の部屋の上側、つまり天井に注意を向けたのだ。
「天井裏へ行くための点検口は、共用廊下に設置してあるだけで、各部屋には用意していません。でも、古いアパートですからね。天井板が外れてしまい、行けるようになった箇所もあるかもしれません」
大家さんの話に従い、それらしき場所を探すと、すぐに見つかった。押し入れの天井板が固定されておらず、押し上げると天井裏へ上がれるようになっていたのだ。
「これは……」
そう口にして、私は絶句してしまう。
驚くしかなかった。
もしかしたら今まで、誰かが天井裏を通って、勝手に私の部屋に出入りしていたのだろうか?
そう考えると気持ち悪いけれど、それだけではなく複雑な心境だった。「自分の住居に秘密の隠し部屋を発見!」みたいな、子供じみたワクワク感もあったのだ。
とはいえ、大家さんや同じアパートの者たちの前で、そんな感情を顔に出すのは恥ずかしい。私が困ったような表情を浮かべると、ここでも大家さんが積極性を発揮してくれた。
「では、私が上がって調べてみましょう。懐中電灯ありますか?」
残念ながら私の部屋にはライトの
数分もしないうちに戻ってきた。
「こんなものが置いてありましたよ」
埃と蜘蛛の巣だらけの天井裏で、大家さんが見つけたのは、四角い銀色の機械。小型のカセットデッキだった。
あるいは、テープレコーダーという呼び名の方が相応しいだろうか。カセットテープの録音と再生くらいしか出来そうにない装置だ。
「これが……。あの騒音の音源ですか?」
「多分そうでしょうね」
再生機器の中には120分テープが入ったままで、取り出してみると『70年代歌謡曲全集』という鉛筆書きラベルが貼ってあった。
その場の私たちは、少し不思議そうに顔を見合わせる。三夜連続で聞かされたのは、どう考えても歌謡曲ではなく、映画かドラマの一場面だった。
「とりあえず、聴いてみましょう」
テープを入れ直してから、カチッと再生ボタンを押す。古い機械のようだが普通に動き出した。おそらく電池式のカセットレコーダーであり、その電池も大丈夫だったのだろう。
しばらくは無音状態だった。ザーッというほどでもない、ごくわずかな雑音だけが続く。
「あれ……?」
「何も聞こえてきませんね」
「これじゃないのか……?」
私たちの方がザワザワと騒がしかったくらいだが、一時間ほど経過したあたりで、突然スタートした。
『三十六計逃げるにしかず、って言い回しあるだろう? まさに今、そんな心境だぜ!』
「ああ、やっぱり」
「これだったのですね」
聴き慣れた野太い声を耳にして、奇妙な安心感がその場に広がる。
『こんな危ない別荘、これ以上いられるかよ! 一足先に帰らせてもらう!』
『待って下さい、吉田さん。外へ出るのは危険だから……』
『うるさい! 止められるものなら、力尽くで止めてみろ!』
『ぎゃあああああああああ』
悲鳴の場面でテープの音声が終わるのも、夜中に聞こえてきたものと合致する。私を含めてアパートの住人たちは、問題が解決したような気分になるが……。
ふと大家さんの方を見ると、彼だけは別の反応を示していた。なぜか顔面蒼白になり、ブルブルと震えているのだ。
「どうしました?」
心配して声をかけると、驚くべき言葉が返ってきた。
「け、警察を……。警察に電話してください。多分これは、殺人事件の証拠です!」
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