13:ロン

 自宅への速達を預けた郵便屋が去っていくと、俺たちはそのまま、背後の椅子に倒れ込むように腰を下ろした。どちらともなく、嘆息が漏れる。

「――どうなったかな、友香ちゃん」

 天井を仰ぎながら、ハルが呟いた。


 あの後、次期指揮官の対応は素早かった。俺達が戻るまでの僅かな時間に、彼は指揮官を説得してくれたらしい。彼がショーンを引っ張るように立ち去ってから、ほんの二時間あまりで、友香を保護したという知らせが俺たちの元に届けられた。警備部の小隊を引き連れた指揮官が、圧倒的な力の差を見せつけて監察を制圧したらしい。


 病院に駆けつけた俺達は、同じく駆けつけた彼女の養父とともに、友香の処置が終わるのを待ち続けた。昼日中の廊下は、外からの日射しを受けて明るかったはずなのに、どんよりと薄暗い夜の廊下にいるような暗い気持ちが、俺達の間に漂っていた。

 処置を待っている間、次期指揮官がぽつぽつと話してくれたところによると、救出されたときの友香は、それは酷い状態だったらしい。抑制していてもなお空気を震わせるほどに彼の憤りが伝わって、否が応にも友香の受けた仕打ちの惨さを想像させた。

 彼女の苦痛を思えば思うほど、胸が苦しくて仕方ない。

「何で……、何で、昨日のうちに探さなかったんだ」

 繰り返し思うのは、そればかりだ。

 昨日、あの嫌な感覚に襲われた時、すぐにでも捜索を始めるべきだった。そうすれば、もっと早く彼女を助け出すことができたのに。

 病棟で出会った友香の養父は、俺達が次期指揮官に通報したことを感謝してくれたけど。

 感謝されればされるほど、俺達の後悔はいや増しに増すばかりだった。過ぎたことを悔やんでも意味がないとわかってはいる。だが、どうしたって、頭の中を吹き荒れる後悔の嵐を止めることはできなかった。

「それにしても――ほんとに信じられないことするね」

 椅子の上で片膝を抱え、ハルが溜息を吐く。

「昏倒させた彼女をトランクに入れて監察まで運ぶなんて」

「……」

 それは守護者が捕まえた候補生の証言だと、次期指揮官が教えてくれた。

 昨日も今日も、寮を出る候補生でごった返していたから、大きなトランクを引いていても、誰も不審に思うことはなかっただろう。

 俺はハルの声に答えることなく、外に視線を送った。窓からは、真赤な夕陽が射し込んでいる。


 ドンドン、と荒っぽく扉が叩かれたのは、その時だった。

「おい! 中山が――」

 やってきたのは、レクベルと燕だった。大きな声をあげながら、勢いよく入ってきたレクベルは、室内の空気と俺達の様子を一目見るや、目を丸くして動きを止めた。

「えっらくしょぼくれてんな、お前ら」

「とりあえずドア閉めろ。外に漏れんだろ」

 後ろから来た燕が戸を閉めたのを確認すると、俺は溜息混じりに奴らに向き合った。

「で?」

 言葉少なく、俺は先を促した。事が事だけに箝口令が敷かれていたし、何より、友香の立場を考えると余計なことを言うわけにはいかなかった。

「聞いたか? 中山が怪我して入院したって」

「誰に聞いた?」

 レクベルの表情を見る限り、純粋に驚いているように思えたが、念のために確認する。

「つい今し方、教官に」

 答えたのは、レクベルではなく燕だった。

 ――そういやぁ、こいつ

 ショーンを捕まえる時に手伝ってもらったから、友香に起きたことの半分くらいは知っている。教官から怪我のことを聞いたんなら、大方の推測はできてるはずだ。

 探るように視線を送ると、燕は微かに呆れたような表情を浮かべ、小さく首を振る。レクベルには言っていない、とその目が主張していた。落ち着いたその表情と仕草に、沸騰しかけていた頭が少し冷える。

「……わり。ちょっと頭混乱してるわ、俺」

 考えてみれば、いくら相手がレクベルだろうと、そう易々と余計な情報を漏らすほど、燕は口が軽くない。色んな事があったとはいえ、動転して敵味方の判断すらできなくなっていたようだ。

 ばつの悪さを覚えて頭を掻くと、話に乗れなかったレクベルが不思議そうに眉を寄せる。

「で、どうなんだ? 怪我って」

「……」

「僕らもまだ知らないんだ」

 レクベルの問いに、一瞬おさまりかけていた後悔の波が再び襲いかかってきて、押し黙ってしまった俺の代わりにハルが答える。

「何だ、一緒にいたわけじゃないのか」

「だったらこんなとこで腐ってないよ」

 微苦笑を浮かべ、ハルは肩を竦めた。

「僕らもまだ、彼女に会えてないからさ。怪我の具合も何もわからなくて」

「そっか」

 如才ないハルの言葉に、レクベルはあっさりと納得したようだった。もともとサッパリした、奴らしい反応だ。

「しっかし中山も間が悪いよな。最終選考までに治らなかったらやばいのに」

「――っ」

 事情を知らないレクベルの言葉に、考えないようにしていた事実を突きつけられ、俺とハルは思わず息を呑んだ。


 ――そうだ。もしひと月の間に怪我が治らなかったら?


 いや、それ以前に、友香は選考に戻ることができるんだろうか。身体の傷は治っても、きっと彼女は心にも傷を受けているはずだ。すぐには癒えないその傷を抱えて、友香は訓練を続けられるんだろうか。

 それに、いずれ事が公になる時にはきっと、友香の素性も表沙汰になってしまうだろう。それでも彼女は、最終候補として訓練を続けることができるんだろうか。

「あれ? 俺なんかまずいこと言ったか?」

 急に黙りこくった俺とハルを順繰りに見比べ、レクベルが声を上擦らせる。

「……また詳しいことわかったら教えてくれ。俺らは明日には帰らなあかんし」

 気を利かせたのだろう。おろおろするレクベルの首根っこをつまんで、燕が踵を返した。

「ほなな」

 ぱたん、と音を立てて閉じた扉をしばらくの間ぼんやりと眺めた後、吹き荒れる不安に、いても立ってもいられなくなった俺達は、会えないことを承知で病院へと戻った。

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