11:ハル①

 着いたのは、寮の裏庭だった。そういえば――さっき彼が出てきたのもこの辺りだったっけ。

 ドサッと音を立てながら、燕がショーンを地面に落とした。次の瞬間、再び逃げ出そうとした彼の腕を掴んで組み伏せたのは、僕だった。

 ――絶対やると思ったんだよね

 往生際が悪いというか何というか。どう考えても、ここは大人しくしてるのが賢明だと思うんだけど。

「さて、と。ショーン?」

 ショーンを俯せに転がし、膝で背中を押さえつけた姿勢のまま、僕は殊更にっこりと満面に笑みを湛えた。それを見た途端、ショーンの顔から、さあっと血の気が引いていく――失礼な。

「……し、知らねえってば!」

「僕たち、まだ何も言ってないよねえ? なのに、何を知らないって?」

 いつもは隣にいるロンが僕の分まで感情表現してくれるせいで、僕自身はあまり物事に対して怒ったりはしない。けど、今日は別。何事にも限度ってものがあるんだよね。

 そんな僕らを眺め、燕がゆっくりと腕を組む。そして、

「――今ひとつ状況が分からへんが……こいつらが揃ってこの剣幕って事は、お前、中山に手ぇでも出したんか」

 やや呆れた様子で爆弾を落とした。

「中山」の一言に、ショーンは見るからに青ざめて身体を強張らせる。

「し…………、知らねえって! 俺は何もやってねえ!」

 僕にのしかかられた姿勢のまま、ショーンは大声で叫ぶ。

「――なら、ギイか?」

 思いの外、静かな声でロンが訊ねた。普段どちらかというと感情表現の激しいタイプだけに、静かな声が一層彼の憤りの激しさを感じさせる。温厚な僕の堪忍袋の緒が切れてるくらいだから、僕よりも導火線の短いロンが怒らないはずがない。

 冷たい声に、ショーンは青ざめたまま、口をパクパクと動かした。

「し、し、知らね…………っ、ギイ、なん、て……っ、何も頼まれてなんか」

 金魚のように無駄に口を動かしながら、必死の形相で言い募っていたショーンは、そこで完全に顔面を凍らせた。

 ――語るに落ちたね

「ふうん、何か頼まれたんだ」

 自分で想定していた以上に冷たい、絶対零度とでも言えそうな声が出た。けど、ショーンは自分の退路が既に断たれていることにも気付かず、言い逃れを繰り返す。

「た、頼まれてなんかねえって……」

「――手紙とか」

 自然に――不自然なほど自然に、ロンが口を挟む。

「そう、手紙なんか挟んでね…………ぇっ!?」

 ――うわ、馬鹿だ

 動揺したショーンは、ロンの簡単な誘導尋問にあっさりと引っかかった。

 自分の失言に気付いたショーンの額には、じわじわと冷や汗が浮かび上がってくる。血の気を失った顔は、青を通り越して、紙よりも白い。

 そろそろトドメをさしてやる頃かな、と僕は内心で呟く。

「――ねえ、ショーン。君、さっきもこの辺から出てきたよね?」

 意図的に穏やかな声を出してそう言うと、ショーンの肩が小さく震えた。

 ――ビンゴ

 彼の反応から、僕は自分の推測が正しかったことを確信した。

「あそこ、彼女の部屋が見えるよね」

「…………」

 ショーンを押さえたまま、肩越しに振り返った視線の先には、友香ちゃんの部屋の窓が見える。

 多分彼は、さっきまであそこにいたはずだ。

「様子を見に行ってたんだよね?  彼女が心配だったから」

「…………」

 僕の言葉に、ショーンは押し黙って顔を背ける。けど、その反応が、僕の問いを肯定していた。

「今、あの子がどこにいるか知ってる?」

 耳がぴくりと動く――彼が友香ちゃんの行方を知っている証拠だ。

「知ってるなら、あの子が今どんな目に遭ってるか、想像つくんじゃない? まさか、何事もなく戻って来られるなんて、甘いこと考えてないよね?」

「――……」

 その言葉に、ショーンは唇を噛んで目を伏せる。その表情は、彼の後悔を雄弁に物語ってはいたけれど、後悔しているからって許せることと許せないことがある。

「後悔してるなら、話してくれないかな」

「…………」

 けど、ショーンは黙ったまま答えなかった。

 事態が事態だけに、あまり悠長に構えてはいられない。煮えきれないその態度に、苛立ちと焦りが募っていく。

 ――これだけは言いたくなかったんだけどなぁ

 他人のプライバシーに土足で踏み込むようなことを言うのはできれば避けたかったけど、この際仕方ない。僕は意を決して口を開いた。

「あのさ。僕――こないだ、見かけちゃったんだよね」

 ぴくり、とまた耳が動く。

「同じ男として訊くけど――いいの、それで?」

 何が、とは言わなかった。

 けど、ショーンの顔が強張ったこともあって、ロンにはそれだけでわかったようだった。

 ――そりゃ、昨日の今日で気付かないわけないか

 どうしようかな、と思うよりも早く、ロンの顔が怒りに彩られる――うわ、やば!

「――テメエ!」

 慌てて僕が飛び退くのも待たず、ロンはもの凄い勢いでショーンの胸ぐらを掴んで一気に引き上げた。

「何考えてやがる!」

「ちょ……、ロン!」

 ガクガクと、ロンは力の加減も忘れてショーンを揺さぶる。余りの剣幕に、さすがに放っておくわけにもいかず、僕は二人の間に割って入った。

「――仕方ねえじゃん……」

 けれどそれよりも先に、小さく呟いたショーンの声が、ロンの動きを止めた。

「仕方ねえじゃんか! 俺だってまさかあんな事になるなんて思ってなかったんだ! ただ、ちょっと腹いせのつもりだったんだよ!」

「――――!」

 ガッと、重い音が響いた。

 破壊力抜群のロンの拳に手加減もせずに吹っ飛ばされ、ショーンは背後の樹に思い切り激突した。

「……テメエは、そんな理由であいつをギイに引き渡したのか」

「…………」

 怒りに任せて繰り出した拳を握りしめるロンの視線の先で、ショーンがゆっくりと起きあがる。殴られた左の頬は赤く腫れ、唇が切れて血が滴っている。

「お前らには……わからねえよ」

 ペッと血を吐き出して、ショーンが絞り出すようにそう言った。

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