6:友香② ※

※痛いです。すみません。


 まっすぐに睨み付ける視線の先で、ランディスがゆっくりと立ち上がった。

 瞬間、黒い何かが彼の後ろに立ち上ったような錯覚を覚えて、私は床に座り込んだまま、じり、と僅かに後ずさる。

「どけ」

 慌てて飛び退く甥を一瞥もせず、ランディスが私の前に立った。

「――立たせろ」

 その言葉に、ギイともう一人、見張りをしていた候補生が両脇から私の腕を引き上げる。

「叔父上……」

「お前のやり方は甘いのだ」

 ランディスはそう言うと、私の顎を掴み、仰向けた。

「兄の居場所を知らない、と言ったな」

 至近距離に顔を寄せ、ランディスは言った。冷たく無機質な目が私を射る。

「知らないはずはあるまい? さあ、話せ」

 その瞬間、直感的に私は悟った――ランディスは、私が兄さんの居場所を知らないことを知っている。それにも関わらず、平然と問い詰めようとする相手の底知れない悪意に、息ができないほどの恐怖を覚える。

「今話せば、帰してやらないこともないぞ」

「さっきも言ったとおり……よ。知らないものを話すなんて、できない」

「ほう……下賤の娘というのは本当に嘘が上手い」

 底なしの泥濘を覗き込むような空虚なその目に、意図せず全身が強張った。そんな私から一度手を離すと、ランディスは腰のベルトに手を伸ばした。

「――――ッ!」

 何が起きたのか、理解できなかった。

 ランディスが取り出したのが何なのかを認識するよりも早く、彼はそれを私めがけて振り下ろした。

 ピシイッという鋭い音とともに、背中から脇腹にかけて激痛が突き抜ける。

「叔父上……?」

 突然の行動に、ギイまでが呆気にとられたようにランディスに声をかけた。

「こういう手合いには、これでも甘い程なのだ。お前も監察長になるなら、覚えておけ」

 そう言ってランディスが掲げたのは――先がいくつにも分かれた革製の鞭、だった。



「く……ぅぁッ」

 同じ場所を続けざまに打たれ、ビリビリとした痛みに耐えきれず、苦鳴が漏れた。

「まだ話さないか?」

「……」

 答えない私を脅しつけるように、ランディスは近くの壁に鞭を振り下ろす。ピシッという鋭い音に、反射的に肩が震えた。

 ――痛い……、怖い。……でも

「……私は、何も知らな……いッ!」

 さらに痛みが激しさを増し、ピリ、と皮膚が裂けた。

「まだ、自分の立場がわかっていないようだな」

 それは、声を出さずにはいられないほどの激痛だった。けど、彼らの思うまま悲鳴を上げるのだけは絶対に嫌だった。唇を噛んで必死に痛みを堪える私を冷ややかに見下ろし、ランディスは鞭の先で私の顔を撫でる。

「お前のような下賤の娘など、私の一言で何とでもできるのだぞ」

 ――あなたになんか、屈するもんですか

 そう言い返したいけれど、激痛に震える身体を押さえるのが精一杯で、とても声など出せる状態ではなかった。

「――ふん。雑草というのは本当にしぶとい」

 数日前にも聞いた台詞を吐き、ランディスは振り返りざまもう一度私を打ち据えた。唇を噛んで痛みに耐える私の髪を引くと、彼は至近距離まで顔を近づける。

「お前の兄も、随分としぶとかったな」

「…………!?」

 男の口から漏れた言葉に、私は自分の耳を疑った。

「もっともアレにはまんまと逃げられたが――やはり自邸では無理があった」

「今……なん、て」

 絞り出した私の声に、ランディスの顔がにやりと歪む。

「何て言ったの、今!」

 その瞬間、痛みなんか全て吹き飛んでいた。カッと思考が赤く染められ、私は力の限り叫ぶ。

 だがランディスは答えず、彼は汚いものを投げ捨てるようにぱっと手を離すと、背後のギイに鞭を手渡した。

「尋問というのは、こうするものだ。わかったな?」

「は……はい」

 ギイさえもが、叔父の行動に少し怯えているようだった。おそるおそる鞭を受け取り、ギイが私の前に戻ってくる。今度は彼に打たれるのかと、半ば開き直った気分で痛みに備える。けれど。

「長官、お時間です」

 入り口を固めていた候補生の声に、ランディスはふん、と鼻を鳴らした。

「もうそんな時間か――やむをえん、行くぞ」

 興味を失ったように私に背を向けると、ギイを促してランディスは足早に立ち去っていく。


 酷く、惨めだった。

 全てを奪われたような、そんな気持ち。

 遠ざかる足音を聞きながら、私は床に蹲り――涙を堪えた。





※ここで続くのはあまりにもアレなので、もう1話更新しときます。

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