4:友香
石造りの堅牢な部屋に、足枷。
「……監察、なのね」
断定形で呟いた私に、ニマァー、とギイの口角が上がる。獲物を射程に捕らえた蛇の顔に、反射的な恐怖が背筋を駆け上った。
――何て、こと……
絶望が、身体の力を奪う。
くらみそうになる意識をギリギリでこらえても、胸を占めるのは暗い感情だけだ。
ここが監察部のどこかだというなら、私一人で逃げるのはほぼ不可能に近い。罪を犯した人たちを収容するこの施設は、何重もの結界で外部と遮断されている。たとえこの部屋を抜け出しても、移動術の類を使えないこの敷地内からは逃げ出すことができない。
しかも一介の候補生に過ぎないギイが、堂々とこんな暴挙に出られたってことは、その背後には間違いなく彼の叔父――監察長ランディスが関与しているはず。だとしたら、この場に私の味方は――いない。
「ようやく、状況が呑み込めたようだな」
嘲るような声に、私はキッと相手を睨みあげた。心の中では絶望が思考を浸食しかけていたが、私だって幹部候補生だ。これくらいで白旗を揚げるわけにはいかない。
――諦めるのは、まだ早い
彼らがどんな罪をでっち上げようとしているのかは知らないが、何一つ罪など犯していない私を強引に拉致した以上、彼らの方に非があることは明らかだ。
何より、明日になれば、一緒に出かける予定だったロンやハルが私の不在に気付くはずだ。例えそれが駄目でも、私が帰省しなければ、養父が気付く。
――負けない
決意を固め、私はギイの後ろに立つ人影に目を配った。
ギイを除いて、全部で四人。どれも見たことのある顔だ――ということは、全員、監察の候補生。いつだったか、監察組の選抜は出来レースになってるって噂を聞いたことがあるけど、この感じからすると、本当みたいだ。
彼らの後ろ、半開きの扉の向こうには、うっすらと廊下の灯りが見える。虚を突いて走れば、抜けられそうな距離。けれど、私の足に填められた枷が、そのたった数メートルを何十倍にも遠のかせる。
――さすがにこの状況じゃ、無理か
まずは何とかして、この枷を外させなくては。できれば見張りの少ないときがいい。じっくりと彼らの隙を、油断を待とう。
黙り込んだ私を眺め、満足げにギイは鼻を鳴らす。
「まずは――」
と、ギイは手にしていた何かをこちらに放り投げた。乾いた音とともに、私の目の前に落ちたのは便箋とペンだ。
「今から言う内容の手紙を書いてもらおうか」
その言葉に、私ははっと相手の顔を見上げた。その視線を受け、ギイの目が楽しげに光る。
「確か、お前の兄も置き手紙を残して失踪したんだっけなあ?」
つらい記憶を掘り起こすその言葉に、ジクリと胸が強く痛む。
「……」
悔しい。悔しくて仕方ない。
溢れそうになる涙を、唇を噛んで堪え、私はゆっくりと呼吸を整えた。取り乱しちゃいけない。泣いても彼らを喜ばせるだけだ。
「さあ、ペンを取ってもらおうか」
チャキと、ギイを取りまいていた候補生の一人が剣を抜く。
「反抗すれば――痛い思いをするぞ」
――……陳腐な脅しね
陳腐だが、だからこそ効果的だ。仄かな月光にきらりと閃く切っ先を見据えながら、私はゆっくりと石の床に膝を突き、ペンに手を伸ばす。
――考えなくちゃ
今は、屈辱なんて感じている時じゃない。私が外と繋がることができるのは、この手紙だけだ。失敗するわけにはいかないんだから。
――兄さんのように失踪したことにするつもりなら……
少なくともこの手紙は、養父のもとには届くはずだ。父さんなら必ず、彼に――アレクにこの手紙を見せるはず。寮の部屋に置かれるなら、それより早くロンやハルが先に気付いてくれるかもしれない。
――大丈夫、彼らならきっと気付いてくれる
気付いてもらえる余地は充分にある。だから、私は彼らを信じよう。
震える手を必死で制御しながら、私は紙上にペンを走らせた。
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