2:ロン

「――やあ、公安候補生諸君」

 悠然とした足取りでやって来たのは、現・監察部長官ゴードン・ランディスだった。

 武官長にしては痩せぎすで、一癖も二癖もありそうな面立ちの監察長は、俺達の前で足を止めると、片方の口の端を持ち上げ、皮肉な――そして、少し背筋のぞっとするような笑みを浮かべた。

「揃って最終候補に残ったというではないか。私からも祝辞を述べさせてもらおうか」

 言葉だけはそんな風に鷹揚に告げていても、その目は少しも笑っていない。むしろ嫌悪すら剥き出しにした蛇のようなランディスの視線が、俺の背中に隠した友香を舐める。

「……雑草というのはしぶといものだな」

 ――この野郎

「…………っ」

「……ロン」

 実の親を知らない友香に対するあからさまな嘲りの言葉に、思わず拳を握る。そんな俺の腕をハルが掴んだ。

 こういう時は、ハルの冷静さがありがたい。どんなに嫌な奴だって、相手は現役の長官職。対してこちらはただの幹部候補生だ。下手に喧嘩を売れば、相手に正当な攻撃権を与えることになってしまう。

 ちらりと後ろに視線を流すと、友香は唇を噛んで、それでもキッとランディスを睨み付けていた。

「――雑草は、根元から腐らせなければ、生き延びますからね。叔父上」

 と、それまでランディスの背後に隠れていた新たな人影が、そんなことを言いながら顔を見せる。

「――ギイ……」

「よお、ロン。相変わらず『混血』と仲良しごっこか?」

 ――お前こそ、相変わらずじゃねえか

 現れたのは、ランディスの甥のギイだった。

 3年前までは俺達と同じ、公安組の候補生だった男だ。だが3年前、奴は突如異動願いを出し、監察組に籍を移した。どうやら公安では残れそうもないと踏んで、叔父の権力の届く場所に移ったらしいと、一時期、噂が流れてたっけ。実際、奴程度の実力で未だに候補生を続けていられるって事は、あながちただの噂じゃないってことなんだろう。

「…………」

 かつて「狩り」と称して散々自分を追い回し、殴る蹴るの暴力を振るってきた男の言葉に、無表情だった友香の顔にも、微かな怒りの色が灯る。

「――友香は『混血』じゃない」

 彼女が口を開く前にと、庇うようにそう言った俺に、ギイははん、と鼻で嗤った。

「でもそいつの兄貴は『混血』なんだろ? しかも失踪、スパイ疑惑ときたもんだ。そんな奴の妹なんざ、性根も知れるってんだ。なあ、『混血』?」

 ――こいつ……っ

 かっと頭に血が上りそうになるのを、何とか自制しながら、俺は奴を睨み付けた。

 噂に聞いた話だと、ランディスやギイの家系は、継承者――この世界を創った創世者の力を継ぎ、世界を維持する存在――の血筋に連なるらしい。この精界で高貴だとされる血を引くことが、奴らのような驕りに繋がるなら、継承者なんざクソくらえだ。

「――友香ちゃん、行こう」

 咄嗟に少し前に出た俺の後ろで、ハルが友香の腕をとり、踵を返す。

「男を手玉にとって、自分は高みの見物とは恐れ入るね」

 そう言いながら友香を眺めるギイの視線は、叔父のランディスによく似ている。他人を屑同然にしか思っていないことがありありとわかる、蛇のような目。

 だが、友香はそんな安い挑発には乗らなかった。キッと鋭い視線だけを一瞬ギイに向けると、振り返ることなくハルの後についていく。

「――ロン」

 少し先で肩越しに振り返り、ハルが俺を呼ぶ。

「ああ――監察長、失礼します」

 余計な文句を付けられないよう、一応はそう言い残し、俺は二人の後を追った。


 ――けど


 今でも、思うことがある。

 あの時もしも、もう少し注意深く彼らの表情を観察していたら。

 立ち去る間際に、もう一度振り返ってさえいたら。

 ランディスとギイ、二人の目に映るのが、いつにも増して強い憎しみだと気付くことができたかもしれない。


 そうすれば――そうすれば、友香があんな目に遭うこともなかったかもしれない。

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