第7話-母の話-

「あの、なんですか?」

 

 私がそう聞くと、美男性は言った。

 

「あなた、鶴野家の娘さんですよね。」

 

 私はその言葉を聞き固まった。この方は母のスパイ?よくないことばかりが頭を遮る。私は目の前の美男性を警戒し始めた。もしスパイならば私は母の元へと返される。冷や汗が流れる。私が警戒し始めて何分が経っただろうか、相手は何もしてこない。なぜだ。一体この人はなんなんだ。目の前の男性は脇にウサギの人形の頭を抱えたまま私を見つめている。その目は何かを訴えているかのようにも見えた。私は声をかけるか悩んだが、息を飲み込み立ち去ろうとした。

 

「君の母!僕、君のお母さんからお願いされてるんだ!」

 

 私は彼の方へと体を向けると、そのまま目の前へと立った。その目が真実なのかを知りたかったからだ。美男性の瞳はとても輝いていた。その目を見た私は彼についていくこととした。だが、一旦人形を片付けなければいけないことから、彼の仕事の事務所に行くこととなった。向かっている途中どうしてもお腹が空いたと言う彼にパンをあげた。パンといえば何か忘れているような。まー気のせいか。その頃椿達と言えば私を探していた。気づけば買いに行き一時間が経過していたらしく、みんなとっくに集合していたらしい。そんな時に私は名前も知らない美男性と歩いている。それも、周囲の人から見られながら。美男性、それはなんとも言えないほどの整った顔だ。私となんて釣り合わないな、とほほ。そう思いながら歩いていると、美少年が喋り始めた。

 

「俺の名前、鶴咲竜胆だ。お前の名前は、鶴野彩芽で間違えないよな。」

 

 私の名前を知っている。そのことから何かしらの関係がある。そう推測できる。人生は何が起きてもおかしくないんだな。あの家にいた頃は全てが選択されていて、そのままに従うだけだった。これが自分で選ぶ人生というものなのか?そう思った。…。鶴咲、その名前に聞き覚えがあった。小さい頃お婆様の家へ行った時、鶴野家の片割れの家族、鶴咲家がいるということを。だが、鶴野家の人々はつるざを嫌っていた。幼い頃の記憶であるが、鶴咲家の話へとなった時皆が憎しみの顔をしていた。私は正直言ってどうでもよかった。憎みたければ憎めばいい。私は憎むことしか選択がなかったのだから。だが、今私の隣に鶴咲家の人がいる。お婆様から聞いた印象とは全く違う。私は竜胆さんの顔を見つめる。母からの願い。そのこととはなんなのか。不思議でならない。歩き続けて十分ほどが経過した。私と彼の足は早くも限界を迎えていたのだ。喉が渇いた。行く途中お腹が空きパンを食べていたが、パンなど水分を吸収してしまう敵だ。ぐぬぬこの悪魔め。私がそう思っていると、彼が少し笑いながら言った。

 

「お前の母さん。絵梨花さんについて話すために今向かっている。絵梨花さんから僕は頼まれたから。」

 

 その顔はとても辛そうだった。だから私は激辛と有名なカレーパンを口に押し詰めてやった。そしてもぐもぐとカレーパンを食べる彼に対して驚きを隠せない。激辛と言われているパンを顔色変えずに食べているからだ。私は次から次へと辛いパンを押し詰めてやった。だが、ぐぬぬ。食べていた。悔しすぎる。まずなぜ私はこんなに悔しがっているんだ。そして渋々歩き続けた。そしてようやく事務所へと辿り着いたのだ。そして外で待っていてと言われた私は一人ドアの前で待つ。それから何分経ったろうか、姿さえも見えない。

 

「もう竜胆さんったらっ恥ずかしがり屋なんだから!」

 

 私が一人へんなことを言っていると首元がひんやりし驚いた私はお化け屋敷並みに叫んだ。それから背後にいたのが竜胆さんだったと知りました。どうやら私に水を買ってきてくれたらしいです。私はその水を開けるとゴクゴクと飲んだ。そして立ち待ち中身の水の量は減っていく。気づけば一度口をつけただけなのに、私は半分ほど飲んでいたのだ。そしてお腹はタプタプとなりうとうとしていた。そして私が眠りそうになった瞬間、竜胆さんが口を開いた。

 

「絵梨花さんとは俺が二歳の時に出会った。体は傷、痣だらけで日に日に増えていくことを心配したよ。それから、僕は絵梨花さんについて知ったんだ。双子なんだと。絵梨花さんはとても優しくて、自分よりも人を優先する人だった。人の幸せの下に自分の幸せを築き上げる人だったんだ。そんな僕が出会った理由は、友達がいなかった頃一人川を歩いている時話しかけてきたんだ。坊や何歳?最初は僕も馬鹿ではないから警戒心を持っていたよ。だけど、その警戒心も絵梨花さんの目を見ていると自然と消え話すようにとなった。絵梨花さんは自分は鶴野家には不要なんだ。だから、ここを歩いたりしている。だけど、こんな時間を過ごしているだけで幸せ。と感じるの。僕はその言葉を理解できなかった。なぜなら、暇な時間は僕は苦痛に感じるからだ。何もしていないでただ歩く。そんなこと僕は出来ない。だけど絵梨花さんはそんな僕の疑問にも答えてくれた。生きていられる時間って決まっていてね、人に言われてすることじゃないの。自分が今一分一秒何をするか決めていいの。なぜなら、これはあなたの人生なんだから。その言葉に僕は救われた。二歳にでもなると、近所の子供と仲良くなったりする歳なのだが人見知りの僕には友達など出来なかったからだ。友達、それは僕の心にずっといたんだ。だけどその言葉で友達ということにこだわらなくなった僕のそばには次々と人が集まるようにとなった。絵梨花さん。その人が僕に言ってくれたおかげだ。」

 

 長い長い話をしている。長話が嫌いな私なのだが、その話だけは聞かなければいけない気がしていた。そして数分経ち、竜胆の口が止まった。まだ話の途中だったはずなのに。だが、竜胆さんは私にライン?の番号を渡すとどこかへ行ってしまった。それから私は一人歩いて家へと帰った。中に入ると誰もいない。仕事かな?そう考えていた私は急いでは無いが早めにラインを友達追加をした。絵梨花さんはお前の。そこで終わったからだ。一番気になるところで終わられたのだ。私は友達追加をしたのだが、何かを送った方が良いのか悩みトーク画面を追加した。そしてテキストを開き悩んでいると竜胆さんから、今いい?。と来た。私はとっさにはい。と送ると了解と来てから何も来なくなった。なんなんだろう。そう思っていると玄関の扉が開いた音がした。私は仕事終わるの早いな。そう思いながら玄関へと向かっていると走ってくる音がした。そしてドアが勢いよく開くと息が荒々しくなった椿さんがいた。そして椿さんは私を抱きしめた。

 

「心配した。」

 

 その顔は本当に思っていたようだ。それから話を聞き私は反省した。それからお風呂に入り今日のことを整理していた。母のこと。遊園地。迷子。迷子?分からないが、みんな探していたらしい。本当に申し訳ない。それよりも一体竜胆さんとは何だったのだろうか。その不思議だけが頭に残ったまま五ヶ月が経った。私は椿さんの家の家政婦として素晴らしい働きっぷりだ。料理は上達したと自分で感じるほどである。その頃には竜胆さんとのラインなど私の頭に破片だろうと残っていなかったら。私は今日も洗濯物を干し、買い物に行く。あれから私も自分で感じるのだが、明るくなったような気がする。明るい。それは私がなりたかった目標だ。暗い性格。ネガティブに考える私は私が大っ嫌いだった。全てを敵と判断していた私は今では人間失格だなと思った。それから私はいつも通り買い物へ行くため街を歩いていると、浅見にあった。浅見は何かしら女性たちに絡まれている様子であった。その横を私は何も知らないかのように通り過ぎた。通り過ぎた。いや、そんなこと私にはできない。私はお得意の蹴りを見せたのだ。そして浅見の周りを囲んでいた女性たちは慌てながら逃げていった。そんな女性たちを見た私は鼻で笑った後その場を立ち去ろうとした。だが、浅見は私の指を引っ張り言った。

 

「ありがとう」

 

 その顔は涙でぐちゃぐちゃへとなっていた。可愛い顔が台無しだ。そう思った私は浅見にハンカチを渡した。浅見はそれを受け取ると涙を拭き言った。

 

「私あんたに酷いことばっかりしてきたのに、助けてくれるなんて」

 

 その言葉で引っかかったことがあった。それが何かというと、嫌いな人でも知らない人でも助けることは当たり前では?と。困っている人がいたならばその人を助けることが大切なのだと思っているから。そして久しぶりに会った私たちはカフェへと言った。コーヒー豆の匂いが広がるカフェの中では何だって話せた。目の前には真っ赤なイチゴの乗ったショートケーキ。その横にはとても苦そうなコーヒー。私はそれを前に浅見と話した。どうやらこの五ヶ月で随分変わった彼女は元入っていたグループメンバーにイチャモンをつけられ金を要求されていたらしい。私はショートケーキを食べながら聞く。浅見は辛そうにまたは嬉しそうにと感情が豊かだな。そう思う。骨格が上がったり下がったり不思議だ。そんな中私は一つ聞いてみた。

 

「ねぇ、好きってどんな感じのこと?」

 

 浅見は少し微笑み言った。好きってね、その人のことを考えただけで心が痛くなる、と。心が痛くなる。それは心臓が痛くなるということ?それじゃぁただの病気では?私には理解することができなかった。だが、キョトンとしている私に浅見は続けていった。

 

「好きな人。それは、守ってあげたい、そう思う人かな?」

 

 守ってあげたい人。それならいる。世界の人だ。もし私一人の命で二人の命が助かるというのなら私は死ぬだろう。たとえそれが何人であろうと。私はショートケーキを食べていたフォークをカタンと食器の上へと置く。そして言った。

 

「なら、私の好きな人って椿さんなのかな?」

 

 特に大切な人。そう思い浮かび上がったのは紛れもない椿さんだったからだ。頭の上に花が咲いたかのように恥ずかしい。誰か私の頭に水やりをしてくれないかな。そう思う。ちなみに今私の首、指には誕生日のプレゼントがつけられている。あの日から手放した日など一日もない。私は彼が大切だ。そう心に噛み締めコーヒーの最後の一滴が喉を通った。そして立ち上がるとテーブルにお金を置きお店を出た。外は太陽が輝いており、今でも見慣れない風景がそこら中にあります。

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