第5話-双子の母-

 「ねぇさん!お花さん咲いたよ!」

 

 大麗花と絵梨花は双子だった。育てた花が夜に咲いたことに、二人声を上げてはしゃぎました。だけど、次の日の朝には折られた花が散っていました。あの朝を大麗花ねぇさんは覚えていますか?いつから私たちは、二人変わってしまったのでしょうか。いつから私たちは、あの夜までも汚してしまったのでしょうか。悲しさ、痛みを知り強く悪魔となったあなたと、悲しさ、痛みを知り弱くなった私。一緒に幸せになろうと誓ったあの日は、どこに行ったのでしょうか。変わっていくねぇさんと裏腹に、私はあなたを理解することはできなかった。だからこそねぇさんも私を理解できなかったのだろう。昔のように手を差し伸べても振り払われる。力無い掌そのままに、あなたが変わる日をいつまでも願っていた。だが、母はそうさせなかった。この世界で正しく生きようとするのが間違えなのですよ。とねぇさんは言った。枯れることなく散った花に、枯れることなく散った涙が地面に落ちる。理不尽に耐えて生きるのがつまりは馬鹿馬鹿しかったのだと気づくが恐ろしく手も足も出ない。そして私は言われるままに皆の望むままに生きた。これで良かったのかなんて正直わからなかったけど、精一杯皆が望む正しくを生きようとはしたんですよ。新たな花が咲いたこの夜をねぇさんには届いていますか?二人声をはしゃぎたい。それも叶わない。ねぇさん、私が覚えている大麗花ねぇさんはもうこの世界にはいないから。私たち鶴野家は代々受け継がれてきた顔がある。同じ顔が産まれるまで産み続け、違う顔は消す。それだけだ。そんな中産まれたのは私とねぇさんの双子だ。ねぇさんや私の顔、体に傷が出来ればもう一人にも同じ傷を作る。そうやって同じ人間を作り上げるのだ。そんな中私たちが二十歳となった頃、後継の娘を産むため産める体かを調べた。その結果ねぇさんの体は子供を産めないと告げられた。そんな中私は子供を産める体と告げられ、何度もねぇさんは私を殺害しようとした。ねぇさんは母のお気に入りだったこともあり、一つ条件をつけられた。それは私が産んだ子は大麗花の子とすることを。私は全力で拒否をしたがそんな事が叶うわけもなく、ねぇさんが育てることとなった。だが、一つだけ約束してくれた。それは夜だけ子供に会えると言うことを。だけど子供が起きる頃にはねぇさんと変わる。だから、起きている時に話すことも触れることもできないが、私はそれだけでも構わなかった。そして産まれてきたのが純恋だった。純恋は鶴野家とは顔が似ていなかったため殺されそうになったが、私は純恋を抱え逃げ出した。だが、逃げ出す場所などなかった私と純恋はあっけなくすぐに捕まえられれた。母は私自身に呆れたかのように言った。


 「その子を殺すのは待ちます。しかし、産みの親はいないと言うことにし、出て行ってもらいます。」


 そして純恋は生かしてもらえることとなったが、それをねぇさんはあまりよく思わなかった。だからか純恋に手を上げるようになった。この子は鶴野家の人間じゃない。そう理由をつけて。それから十一年後に彩芽は産めれた。彩芽は運良く鶴野家と同じ顔をしており、ねぇさん、私とものすごく顔が似ていた。私は自分が産んだ子供二人に触れることもできないが、毎日夜になると会いにいく。私はカーテンの開いた窓の近くで蝶のように舞う。それは、私の大好きだったおばあちゃんが教えてくれた舞だ。これをこの子たちにも教えてあげたかった。そう毎日思っていた。この子たちが私のことを知る日が来るのか。今のこの子たちは、大麗花を母だと思っている。ふと思えば、瞳からは涙が流れている。なんでだろ。泣くことなんてとっくに忘れたはずなのに。夜以外は鶴野家の地下の牢屋へといれられている。何かがあれば私を的とし、皆暴力を振るう。その生活を繰り返してきた私になど、なくことさえも分からなくなったはずなのに不思議だ。声を殺しながら私は涙を流す。そんな時、私の手に小さな手が乗っていた。その先にいたのは、彩芽であった。彩芽はまだ喋られる年では無く、まともな言葉は一切喋ってはいなかった。だが、ハイハイも曖昧な彩芽は、私のためにここまできてくれたのだ。それと共に声が聞こえてきた。


 「彩芽!勝手に行っちゃダメでしょ。おねぇちゃん心配しちゃうんだから。」


 暗闇の中から徐々に見えてきたのは、紛れもなく純恋だった。そして、おねぇさんなんで泣いてるの?と私に聞いた。私が母に見えないのか。親戚でも間違えるほどの似ように、小さい頃は嬉しかった。ねぇさんと同じ顔をしている自分が嬉しかったのだ。だけど、今はそんなことを嬉しいとは思わない。私は息を飲み込みと共に純恋の顔を見た。その顔は、とても悲しそうだった。私は思わず母だと言いそうになったが、例え今母だと言ったところでこの子たちは大麗花のことだと思うだろう。だからそっと息を飲んだ。私はそれと共に口を開き言った。


 「私は大丈夫だよ。だから、自分を大切にして。自分自身を守って。二人で生きて行って。」


 私がそう告げると、純恋は笑顔で頷いた。そして彩芽を抱き上げるとそのまままた暗い部屋へと戻って行った。そして私もまた布団へと入り寝た。この家は小さなアパートだ。だから、こんな小さい子供たちにも小さいほどの家だ。私は心が痛くなる。だが、蝶のように舞を踊り続ける。なるべく音の鳴らないようにつま先で立つ。それを青い光が差し込む奥の部屋から二人見ていたことを、絵梨花が知ることはないだろう。そして深夜五時が回った頃、私とねぇさんは交代する。その瞬間が最も怖い。ねぇさんがあの子たちに何もしないことを毎日手を合わせ願う。大麗花には愛すると言う気持ちがないからだ。ねぇさんは本当に変わってしまった。それから私は彩芽と純恋に触れることも、声を通わせることもなかったが、あの日のことを私は忘れられなかった。それから二年後事件は起きた。純恋が大麗花の手によって、この世界から切り離されたのだ。私はそれを聞き牢屋から抜け出した。走って走って、血まみれの姿で走り続けた。そしてアパートへと着き、血まみれの生足のまま部屋へと入った。その先にいたのは腹を何度も刺され、頭からは大量の血が流れた純恋だった。私が駆けつけた時には既に息を吸い取っていた。そして私は溢れるほどの涙を流す。冷たくなったこの子に私は最後まで何もしてあげられなかった。そう心残りがあった。そして両手をつけ、そのまで頭を下げる。そして、次は普通の家庭に産まれてね。そう言った。私は立ち上がり奥の部屋へと歩いて行く。せめて、彩芽だけは無事でいて。その気持ちを心に恐る恐る襖を開ける。そしてその先にいたのは体に痣がある彩芽だった。泣きわめいており、近づきみたところ命の別状はないようだ。それにホッとした私は我慢していた震えが押し寄せ、膝が地面へと落ちた。だか私は立ち上がり部屋を探し始めた。私は知っていた。純恋がいつも何かを隠していたことを。私はそれを探すためにあらゆるところを探した。そして見つけたものは、私の髪飾りであった。エリカの花の髪飾り。それは私が二年前のあの日に無くしたものであった。きっと私があの夜に落としたものを、純恋は見つけたのだろう。そして髪飾りと共に一枚の紙切れが置かれていた。その紙切れを開いてみた。その先に書いてあった文章は、ぎこちないが精一杯書いたと分かる字だった。


 「おねぇさんへ

   おねぇさんのまいきれいだね。わたしもやりたいな。あとね。おねぇさんはないたらダメ。おかおかわいいもん。またあえたらうれしいな。だいすき」


 そう書かれていた。私は思わず声を殺して泣いた。花が折られていたあの朝のように。私はその紙切れと髪飾りを胸元へとしまうと歩き出した。そして彩芽を抱き上げせめての思いで逃げようとこころみたが、遅かったようだ。背後には大麗花がいたのだ。とても恐ろしい顔をしており、頬は赤く切れていた。私は大麗花が許せなかった。純恋を殺した。その思いが消えなかったのだ。私はねぇさんに言った。あなたが私の姉だろうと、このことは許し難いことです。消えてください。と。だが、そううまく行くわけもなく大麗花は私の方にナイフを持ち歩いてきた。そのナイフは真っ赤な血に染まっている。それをみた私はすぐにわかった。その真っ赤な血は純恋の血だと。姉妹喧嘩。そんなものした事がなかった。する事がなかった。だからこそ今回が最初で最後の喧嘩となるだろう。生きるか死ぬかの戦い。息を飲み込むと共に私はそこら辺に落ちている瓶の破片を手に取る。そして彩芽を背後に私は戦う。例えここで私が命を落とそうと彩芽の命は大丈夫だ。ここで私とねぇさん。二人が死ぬだろうと後悔はない。そしてねぇさんは走ってくる。静かな部屋の中大きな足音と共に満面な笑顔のあなた。それは悪魔だ。私は破片を構える。だが、やっぱり私にはねぇさんを殺せない。例え今がこうだとしても、昔は違った。先に取り上げられたあなたは偶然姉になっただけ。逆に私が大麗花の姉へとなっていたかもしれない。全てはただの偶然で出来ている。もし私が姉だったなら、今のねぇさんのようになっていたかもしれない。私は涙が流れる。その瞬間、ナイフを持ったねぇさんが私の腹の前で止まった。そして私の服に一粒シミがついた。ねぇさんは泣いていたのだ。そしてナイフを落とした。泣き崩れたねぇさんを見ているうちに、鶴野家の人々がアパートの部屋へと押し寄せ入ってきた。そのまま私は鶴野家と連呼されて行った。ねぇさんと彩芽がその後どこに行ったのかは分からなかった。だが、その後何もかもがなかったかのように同じ生活が始まったのだ。夜になるとアパートへ行く。それだけだ。私は思った。なぜ純恋は小さな命を奪われる必要があったのか。なぜ純恋はあれほどに傷つけられなければいけなかったのか。理解が出来ない。それから大麗花は自分の気に入らない事があれば彩芽に手を上げるようにとなった。これは教育だ。そう言い彩芽を傷つける。夜になり彩芽を見るが、日に日に痣などは増えていく。それを見ているだけで心が痛くなる。彩芽は小さな部屋で姉の記憶さえも無くこれからを生きてゆく。それが正しいのかなんてわからない。だけど、私はどうにか彩芽だけでもこの鶴野家から解放してあげたかった。だが、部屋には監視カメラが設置されており、手も足も出ない。私はただ見ているだけ。ただの偽善者なのだ。彩芽が物心ついた頃、ねぇさんと同じ顔の私のことも恐れるようにとなった。彩芽は純恋とは違うのだな。そう思った。その頃になると顔はとても私やねぇさんとなっていた。この子は鶴野家の血を引いているのだなと分かる。そして時は過ぎ彩芽が十六歳となった日、いつもと同じように部屋へと入ると彩芽の枕元にエリカの花の髪飾りを置いた。それからいつも通り布団へと入り私は眠りへとついた。彩芽が髪飾りをどうしたのかは分からなかったが、喜んでいたら良いなと思っている。夜だけ会えるのだとしても、私はこの時間を毎日心に噛み締めていた。だがあの日、純恋が亡くなった日を私は今日も忘れることはなかった。純恋は私の中で小さくも大きくもなくただ普通に生きているのだ。それからまた時はたち彩芽が十七歳となった。彩芽はとても美しく、上品な娘へと育ったのです。ただ、笑うことはありません。彩芽には笑っていてほしいのに、と思うばかりです。その頃になるとねぇさんの暴力は減ったが、まだ痣は数え切れないほどある。この子はいつか自分の選んだ愛する人を見つけられるのかが心配となってきました。私は今でもこの子がこの家から逃げる日を夢見てます。そしてある日私は寝たふりをしたのです。なぜなら彩芽が寝ていなかったから。深夜十二時を回った頃彩芽がこの家を出て行った事が分かりました。きっと飛び立ったのです。自分の選んだ道を歩み始めた。部屋はとてつもなく静かとなった。私は上半身を上げると共にドアを見た。その先にある未来を彩芽は掴めるのかが心配になったのです。今ここで私が彩芽を追いかけなかったら、間違いなく後で酷い目と合う。だが、今はそんなことどうだってよかった。ただあの子に自分の選んだ道を歩んで欲しかった。だから私はカーテンが開き、青く輝く空の光が入り込むこの部屋で天を見上げる。天を見上げているのにも関わらず、目からは溢れるほどの涙が流れ落ちてくる。私は青く輝く空を見ながら言った。


 「いってらっしゃい」

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