第18話 最大の勘違い

              ステッサ・ザースター


「さあ、決着をつけようではないか、魔王!」


「ああ、では参るとしよう」



 魔王はその腰からどす黒いオーラが発せられている剣を抜き放つと、猛然と私に襲い掛かってきた。私はそれを自分の剣で受け止めるが、衝撃を吸収しきれずに弾き飛ばされてしまう。



「ぐはっ!」



 重い。強烈な一撃だった。



「どうした。まだまだこのくらいは序の口だぞ」



 魔王はさらに右手を前に突き出し、黒い炎の弾を発射した。魔法だ。しかし、その生成速度は異常なまでに速い。



「『ブラックファイアボール』」


「くっ!」



 私は床を這いずり回るかのようにしてその黒い炎を避ける。地面に着弾した魔王の炎――『ブラックファイアボール』は火柱をあげて天井まで焦がした。なんてエネルギー量だ。一発でもまともに食らったら丸焦げになってしまうぞ。


 避けてばかりでは勝つことはできない。何とかして攻勢に転じなければ。私は剣を握りしめ、黒弾を躱しつつ魔王に近づいた。近づけば近づくほど黒弾が私をかすめていく。それでも何とか私の剣が届く範囲まで接近できた私は、思い切り剣を振るった。たとえ魔王が漆黒の鎧で覆われているとしても、その鎧ごと斬り裂くつもりだったのだ。だがしかし、私の剣は魔王に届くことはなかった。



「な、何!?」



 魔王は闇のオーラをその身にまとい、私の剣を防いでいたのだ。オーラ自体が魔王を守る壁のようなもの。絶対不可侵の膜となっている。そんなの反則だろう!



「これこそが我が魔王たるゆえん。この絶対的な力こそ、魔界の王の力なのだよ。人間ごときに我が倒せるはずがない!」


「くっ、だがそれでも……!」



 私は負けられなかった。ルイに嫌われるのが嫌だった。ついでに姫さまも救いたい。ん? なんか優先順位を間違えた気がするが、気のせいだよな。


 私は何度も魔王を斬りつけた。たとえ一度防がれたとしても、それだけであきらめきれるはずがない。弱点のないものなどあるものか。この闇のオーラも、何かきっとあるはず。それを見つめるために、私は――



「ええい、鬱陶しいっ!」



 魔王は闇のオーラを爆発させる。その衝撃で私はまたしても弾き飛ばされてしまった。しかも今回は先ほどよりも強烈な一撃である。まずい。このままだと壁にぶつかって大きなダメージを受けてしまう。下手したら致命傷だ。



「ス、ステッサ!」



 そのとき、姫さまが私を受け止めようと進路に割り込んできた。無茶だ! 逃げてください、姫さま!


 しかし、姫さまはそんな私の願いも聞き入れることなく、弾き飛ばされた私をその身で受け止めた。小さな体が私と一緒になって転がりまわる。



「きゃあっ!」「うぐっ!」



 姫さまが私を受け止めてくれたおかげで何とか致命傷は免れた。しかし、姫さまは無事だろうか。私はくらくらとする頭を無理やり覚醒させ、姫さまを探した。



「ひ、姫さま……!」



 姫さまは地面に倒れ伏していた。私は慌てて姫さまを抱き起すが、意識はない。息はしているようだが、ダメージは深刻だ。



「姫さま、姫さまぁ!」



 何度も呼びかけるが、やはりダメだった。姫さまを傷つけるとは、もはや魔王を許しておくことはできない。その命をもって償ってもらう!



「魔王、貴様ぁぁぁぁぁっ!」


「エル・イスブルク王女を傷つけたのは我も本意ではない。むしろ我こそ貴様に怒っているのだぞ、『赤き鬼神』。騎士なら騎士らしくエル・イスブルク王女を守ったらどうだ。逆に守られているではないか」


「そんなことはどうでもいい! お前は私が殺すと決めた!」


「無駄なことを!」



 私は再び魔王に向かって駆けだした。策などない。あるのはただ魔王を殺したいという衝動だけだった。だが、そんな想いだけで倒せるほど魔王は甘くない。



「これで終わりだ。散れ!」



 魔王は身にまとっていた闇のオーラを全身にみなぎらせると、それを極太のビームのようにして発射した。真正面から突っ込んでいった私にそれを避けるすべはない。



「消えろ! 我が究極奥義――『ダークネスストライク』!」


「なっ!」



 私は剣を振るって迫りくる闇のビーム――『ダークネスストライク』を斬ろうとした。しかし、そんなものは無駄だとわかっている。『ダークネスストライク』は私の剣をすり抜け、そして私の体を包み込むようにして弾き飛ばした。



「ぐあぁぁぁぁぁっ!」



 意識が遠のく。もう何も考えられない。


 どれほど宙を泳いだのだろう。私は背中から石の地面に叩きつけられてしまった。肺の中から空気がすべて抜けていく。勝てない。この強さは人間が挑んでいいものではなかったのだ。



「所詮はこの程度か。人間など脆いものだな」



 魔王の笑い声が聞こえる。その声が次第に霞のように消えていく。そして、私は意識を手放した。私は死ぬのだろう。申し訳ございません。ルイ……。姫さま……。




              魔王フォボス


 クハハハハッ。これでエル・イスブルク王女は我のものだ。誰も邪魔するものはいなくなったのだからな。さて、念のために『赤き鬼神』の息の根を止めるとするか。


 我はゆっくりと『赤き鬼神』のもとへと足を進めていく。もうすぐだ。もうすぐ我の願いは叶う。


 エル・イスブルク王女を后としたらどうすべきか。まずは結婚式を盛大にやろう。そうだな、支配したこの世界と魔界の同時開催としようか。二つの世界が驚くことになるだろう。次にハネムーンだな。ハネムーンはどこがいいだろうか。この世界のどこかでもいいし、魔界でもいい。どうせ我は二つの世界を統べる王なのだ。どこにだって行くことができる。あとはそうだな――



「ん?」



 そんなことを考えていると、我と『赤き鬼神』との間に金色の髪をもつ少年が立ちふさがった。いつの間にそこにいたのか。あまりにも深く考え事をしていたので気づかなかったようだ。



「魔王さん、ステッサやエルをどうするつもりなんですか?」


「貴様は確か、あの二人についてきていた何の取柄もないただの小僧か」



 我の力でこの小僧のことは知っていた。常にこの魔王城にいてエル・イスブルク王女と『赤き鬼神』のことは監視していたからな。ついでにこの小僧のことも見えていたのだ。


 途中で一緒に旅をすることになったこの小僧を二人は勇者だと勘違いしているようだったが、なんてことはない。こいつはただの武器屋の息子だ。勇者でなければ戦士でもない。勇者でないなら怖れることは何もない!



「どうするつもりか? まず『赤き鬼神』は殺す。我に逆らったのだ。当然の報いだな。エル・イスブルク王女は我の后となってもらわなければならない。ひとまず魔界に連れて帰るとしようか」


「ただの訓練でそこまでする必要があるんですか?」


「訓練?」



 こいつ、何か勘違いしているのではないだろうか。我は訓練のつもりでこんなことをしているのではない。本気で戦っているのだ。それがこの小僧にはわかっていなかったようだな。



「これが訓練であるものか。我は魔王! 常に本気で生きておるわ!」


「そうですか。つまり、ボクは勘違いをしていたわけですね」


「ようやく気付いたか。どいつもこいつも勘違いばかりしおって。まったく、見ているこちらとしては笑えて仕方なかったぞ」



 小僧は腰に携えていた剣を抜いた。輝かしいばかりの光がこの部屋の闇を振り払う。確か、『勇者の剣』と名付けられていたガラクタだったな。



「その剣のことも知ってるぞ。それはただ見た目だけ重視して作られたまがい物の剣だろう。攻撃力は皆無。ただの飾りだ」


「その通りです」


「その剣で我に挑むというのか?」


「他に方法はありませんから」



 蛮勇だな。無謀とも言う。わざわざ死ぬために戦うようなものだ。この小僧の考えることはよくわからん。



「クハハハハッ。いいだろう。まずはお前からあの世に送ってくれる。さあ、どこからでもかかってくるがいい!」



 我は遊ぶつもりで両手を広げたままその場に立ち尽くした。どうせ我は闇のオーラで守られているのだ。しかも小僧の剣は攻撃力皆無の『勇者の剣』。これでは遊びにもならんか。



 だが、次の瞬間意味の分からないことが起こった。


 ――斬!



「……は?」



 わけがわからなかった。なぜだ。なぜ我の右腕が地に落ちている。これは目の錯覚か? しかもあの小僧はどこに行った。先ほどまで目の前にいたはずではないか。一瞬にして消えるはずがない。



「まずは右腕ですね」



 我のうしろから声が聞こえた。あの小僧の声だ。バカな、いつの間に我のうしろをとった。我が知覚できない速さで動いたとでもいうつもりか!? あり得ない!


 我は小僧から不気味なものを感じ取り、気を引き締めた。残った左腕からあの黒い炎の弾を発射する。



「燃え尽きろ、小僧! 『ブラックファイアボール』!」


「無駄です」



 小僧は黒弾を避けることもせず、その手から光の壁を出現させて我の黒い炎をすべて跳ね返した。我は闇のオーラをまとっていたので無傷だったが、そんなことは問題ではない。それは『ミラーウォール』ではないか!? 究極魔法の一つ。小僧が魔法を使えるなどという情報は得ていない。それどころか究極魔法を使えるなど、高位の魔法使いでもなかなかいないぞ!


 我は悟った。こいつは強い。油断していては魔王の我といえども後れを取るかもしれないだろう。ここは全身全霊をもって相手をするべきだ。



「たとえ魔法を使えたとしても、これはどうすることもできまい!」



 我は再び闇のオーラを前面に集中させた。闇が凝縮するようにしてその形を変える。必殺のこの技で小僧を吹き飛ばしてくれるわ!



「食らえ! 我が究極奥義――『ダークネスストライク』!」



 極太の闇のビームが小僧を襲う。これは『ミラーウォール』でも防ぐことはできない。これに耐えることができるものなど、この世には存在しないのだ! だが、小僧は我の予想を軽々と超えてきた。バカな、そんなことがあり得るはずがない!


 小僧は『勇者の剣』で我の『ダークネスストライク』を斬り裂いたのだ。斬り裂かれた『ダークネスストライク』は霧散し消えていく。こんな光景、我でも初めて見たぞ。



「バカな、バカな、そんなバカなぁぁぁぁっ! お前はなんだ! ただの小僧がこんなことできるはずがない!」



 小僧はゆっくりとした足取りで我に近づいてくる。過剰なまでに装飾されている『勇者の剣』が今では神々しく見えた。



「ボクはモリモト村の武器屋の息子、ルイです」


「そんなはずはない! ただの武器屋の息子が我と同等以上の力を持っているなど、信じられるものか!」


「しかし、それが事実です。強いて言えば――」



 小僧は『勇者の剣』をかまえた。次の一撃で決めるつもりか。



「ボクの家系は代々勇者の血筋を受け継いできました。父さんが作る武器は勇者の血をひいている人しか扱えないんです。他の人が使おうとしても、それは攻撃力皆無なガラクタになる。この『勇者の剣』もその一つですね。でも、ボクは勇者の血筋なので、この『勇者の剣』の力を引き出すことができるんですよ」


「そ、そんなバカな。それは、ただ周りが勘違いしていただけのことでは……」


「何を勘違いしているんですか、魔王。ボクは――」



 小僧が――いや、勇者が光り輝く剣を振り上げた。



「正真正銘の勇者ルイです!」



 勇者の一撃が我を斬り裂く。我の命が儚く散っていくのがわかった。



「バ、バカなぁぁぁぁっ! 勘違いしていたのは、勘違いしていたのは――我のほうだったということかぁぁぁぁぁっ!」



 我はその命を消し去られた。勇者ルイ。その存在を勘違いしていたことこそが、我の敗因だった。


 勘違いは、ダメだ――。




            ステッサ・ザースター


「う、うぅ……」



 どれだけの時間私は眠っていたのだろう。まばゆい光が私を永い眠りから目覚めさせる。目を開けると、そこには青い空、白い雲、そして愛しのルイの顔があった。



「あ、ステッサ。目が覚めた?」



 ルイの顔を見ると心が安らぐ。ああ、私は生きているんだなと心と体が実感するのだ。



「そうだ! 魔王は、姫さまは無事か!?」



 私は体を起こすと、あたりを見回してみる。そこはかつてイスブルク王国があった場所で、今はただの平原になっていた。視界の隅に移る建物のがれきだけがここにかつて人が住んでいたことをあらわしている。そんな平原の中、私のすぐそばに姫さまはいた。



「姫さま、ご無事ですか。姫さま!」


「うぅ……」



 私の呼びかけに姫さまも目を覚ます。姫さまも私と同じように現状が理解できないらしく、上体を起こすとすぐにあたりを見回していた。



「何が、どうなってるの?」


「そうだ。ルイ、これはどういうことだ。魔王はどうしたのだ?」


「魔王さんなら、ボクが倒しました」


「ルイが、魔王を倒しただと……!」



 そうか。私もがんばってみたが、やはりルイは『勇者の剣』を持つ本物の勇者。魔王を倒すことができるのはルイしかいなかったというわけだな。



「ありがとう、ルイ。イスブルク王国の王女としてお礼を言うわ。あなたのおかげで、あたしたちの国の仇を討つことができた」


「いえ、そんな。ボクは自分のできることはやったまでです」


「それが一番すごいことなのよ」



 姫さまの言う通りだ。私たちには到底成し遂げることのできないことをルイはやった。まさにルイは私たちの、いや、世界の勇者なのだ。



「さて、でもこれでようやく帰ることができますね。名残惜しいですけど、ボクの冒険もここでおしまいです」


「行ってしまうのか、ルイ」


「はい。ボクには帰ってやることがありますから。掃除に洗濯、あと武器の手入れとか――」



 後半はよく聞き取れなかったが、勇者となればきっと世界から引く手数多なのだろう。私たちが止められるようなものではない。しかし、私はそれでも止めずにはいられなかった。私は、まだまだルイと一緒にいたい!



「行かないでくれ、ルイ!」


「ステッサ、無茶言わないの。ルイにも帰るべきところがあるのよ」


「しかし、姫さま……」


「永遠の別れってわけじゃないんだから、またきっとどこかで会えるわよ」


「そう、か。……そうですよね」



 私は自分の心を無理やり納得させた。本当はルイと離れたくない。しかし、ここでルイを困らせてはいけないということもわかっている。私は涙を呑んでルイと別れることを承諾した。



「ステッサもエルも、近くに来たらボクの村に寄ってください。村全体で歓迎しますよ」


「それはいいな。ぜひともお邪魔するとしよう」


「えっ、それって奴隷商人の村なんじゃ……。歓迎って、まさかそういうこと……!?」



 姫さまはなぜか小声でぶつぶつと言っていたが、私はそんなことは気にしない。絶対に行く。私は絶対にルイの村に行くぞ!


 しかし、私たちはここでまだやることがある。それはイスブルク王国の復興だ。魔王がいなくなればきっと逃げ散っていった我が国の国民も戻ってくる。そして王国の血筋である姫さまもいる。今日から、新しいイスブルク王国が始まるのだ!



「それじゃあ、ボクは行くね。元気で。ステッサ、エル」


「ああ、イスブルク王国が復興したらルイも遊びに来てくれ」


「まあ、あんたには感謝してるわよ。また会いましょう」


「はい!」



 こうして、私たちの冒険は幕を閉じた。


 世界は平和になったのだ!

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