第五章

第17話 魔王だって結婚したい

                ルイ


 ここが魔王役の人の城かぁ。目の前にはいかにも魔王の間へと続くような大きくて真っ赤な扉がそびえたっていた。ただの訓練のためによくここまでのものを用意したものだと感心してしまう。ここまで来ればステッサの訓練ももうすぐ終わりだね。あとちょっとだ。がんばろう、ステッサ。



「どうやら、本当に魔王の城にたどり着いたようだな」



 ボクより少し遅れてステッサ、そのあとにエルが到着した。二人とも緊張しているのか、いつもより表情が硬い。



「ステッサ、大丈夫? もしかして、怖いの?」



 ボクは心配してステッサに声をかけた。ステッサは少し自嘲したように目をつむる。



「怖い、か。ふっ、そうかもしれんな。国のみんなから『赤き鬼神』と呼ばれていても、私の剣が魔王相手にどこまで通用するかわからない。できれば今すぐ逃げ出してしまいたいくらいだ」


「ステッサ……」



 エルも心配そうにつぶやく。気持ちはボクと同じなのだろう。



「大丈夫だよ、ステッサ。君ならできる。きっと魔王さんにも勝てるはずさ。ボクたちもついてることだしね」


「そうか。そうだな。勇者であるルイがついているんだ。怖れることはない。姫さまという守るべき人もいる。私は、負けない!」


「うん、それでこそステッサだよ」



 ボクは安心した。まさかただの訓練で逃げ出すことはないと思う。負けても命をとられるわけでもあるまいし。ステッサは心配しすぎだよ。



「では、扉を開くぞ。覚悟はいいか。ルイ、姫さま」


「大丈夫」


「あたしも問題ないわ」



 ステッサはボクたちの返事を聞き、軽くうなずいてから大きな赤い扉を押し開いた。その天井まで届きそうに大きな扉は、意外なほどすんなり開く。その扉の先に――魔王役の人はいた。




              ステッサ・ザースター


 私たちはついに魔王と対峙した。漆黒の鎧に赤いマント。その顔は獅子のようにいかつく、髪の毛は縮れていた。その縮れた髪の毛の中から二本の角が生えている。まさに魔王。その風格たるや見ているだけで息が詰まりそうだった。



「貴様が魔王か」


「いかにも。我こそは魔王フォボス。この世のすべてを手に入れるものだ」



 その声は尊大。空気が震えるほどの大音声だ。まだ剣を合わせていないというのにわかる。こいつは強い。いや、もはや強いなどという概念では表すことのできない存在なのかもしれない。格が違いすぎるのだ。



「貴様がイスブルク王国を滅ぼしたこと、忘れたとは言わせんぞ」


「言うはずがない。なぜなら、我の目的はそこにいるエル・イスブルク王女を手に入れることなのだからな」



 魔王の眼光が姫さまを突き刺した。姫さまはすくみ上り、指一本動かすことができない。



「やはり姫さまの命を使い、この世界と魔界をつなげるつもりなのだな。そうはさせないぞ、魔王!」



 私は剣を抜き放った。手が震えているのがわかる。しかし、ここで戦わなくては、ここで勝たなければ今まで何のために生きてきたのかわからなくなるのだ。これは、私のすべてを賭けた戦いだ!


 だが、魔王はそんな私の意気込みを無に帰すような一言を放った。



「この世界と魔界をつなげる? 何のことだ?」


「はぁ?」



 私は思わず呆けた声を出してしまった。だってそうではないか。今までずっとそのために姫さまを狙っていると思っていたのだ。それ以外の理由など考えられない。ここにきて私を愚弄するつもりか、魔王!



「とぼけるな!」


「とぼけてなどおらん」


「では、なぜ貴様はイスブルク王国を滅ぼしてまで姫さまを手に入れようとしたのだ!」


「それは、もちろん――」



 魔王の顔が醜くゆがむ。それだけで全身に悪寒が走った。こいつ、まさかこの世界と魔界をつなぐ以上の悪行を――



「――エル・イスブルク王女を、我の后にするためだ!」



 魔王は頬をぽっと赤らめて両手で顔を隠してしまった。その仕草は完全に好きな相手に愛の告白をした少女そのもの。私たちは言葉を失った。



「あ、あたしが、魔王の后に……?」


「ひ、姫さまを、魔王の后に……?」



 私と姫さまは思わず顔を見合わせてしまう。互いにどういう反応をしていいかわからないのだろう。



「ええっと、つまり魔王は姫さまを自分の妻にするためにこんなことをしていたというのか?」


「うん」



 なんか返事まで軽くなったぞ、こいつ。先ほどまでの威厳はどうなった。



「我はこの歳になるまで妻をめとったことがなかった。しかし我もそろそろいい歳だ。婚活でもしないといけないなぁと思ったからこそ、この世界の侵略を始めたのだ」


「なんで婚活が世界征服になるのよ!」



 姫さまのツッコミももっともだ。規模が違いすぎるだろう。



「理由は二つある。一つはおぬしのように美しい女性を探すため。もう一つはやはり女性は男性の収入を重視すると聞き及んだのでな。手っ取り早く世界を手に入れれば女性が納得するだけの収入を得ることができると思ったのだよ」


「世界征服の理由が大雑把すぎぃ!」



 まさかこんな婚活魔王のために世界は危機に陥っていたというのか……。自分たちのことながら情けなくなる。



「そういうわけだ。今一度言おう。エル・イスブルク王女。我の后となってくれ!」



 これまでにないほどの真剣な愛の告白。それに対して姫さまが出した答えとは――




              エル・イスブルク


「いや」


「な、なんだとぉぉぉぉぉ!?」



 魔王はこれ以上ないほど驚嘆したようだった。えっ、そんなに驚くようなことなの? 普通、魔王の妻になるなんていやに決まってるじゃない。むしろなりたい人なんているの?



「な、なぜだ。我はこの世のすべてを手に入れるものだぞ。収入は十分にある。お前を困らせるようなことはない!」


「女の心がお金で買えるだなんて思わないでよね! あたしはそんな男が大っ嫌いなのよ!」


「ガーンッ!」



 魔王はショックのあまり真っ白になってしまった。なんだろう。このまま戦わずに勝てそうな気がしてきたわ。なんだったのかしら、世界の危機って。




              ステッサ・ザースター


 姫さまも手ひどいフリ方をする。これでは魔王の立つ瀬がないであろう。だが、それも致し方ないか。相手が魔王ではなぁ。


 いや、ちょっと待てよ。これはもしかしたらチャンスではないのか? 姫さまはルイを狙っている。それは紛れもない事実だ。はじめのうちは大丈夫だと思っていた姫さまとルイの関係だが、ここにきて少し怪しい気もする。やけに仲がよさそうなんだよな、あの二人。このままでは姫さまとルイがくっついてしまうかもしれない。となれば、私がやるべきことは一つだろう。



「姫さま」


「えっ、何?」



 姫さまは急に呼ばれたことに驚いたようで、目を丸くしながらこちらを向いた。



「姫さまは魔王の后になるべきではないでしょうか」


「はいぃぃぃぃぃ!?」



 姫さまは王女が、いや、女性がしてはいけないような顔をして驚いた。それもそうだろう。これはいわゆる裏切り行為。だが致し方ない。これも私とルイの明るい未来のため。姫さまには犠牲になっていただくしかないのだ。



「な、何言ってるのよ、ステッサ。あたしがこんなやつの后になってもいいっていうの!?」


「姫さま、よくお考え下さい。もし姫さまが魔王の后になれば、それで世界は救われるのですよ? しかも収入はどんな男よりも多い。浪費癖のある姫さまにはピッタリじゃないですか」


「あたしはそんなに金遣いが荒くはないわよ!? 普通よ、普通。確かにちょっと高価なものが欲しくなるときだってあるけど、あたしだって我慢できるときはできるんだからね! それに、男の価値は収入じゃないでしょう?」


「いえ、収入です」


「全世界の低収入な男性に謝れぇぇぇぇぇっ!」



 確かに私も男の価値は収入ではないと思っている。しかし、今は姫さまに収入だと思い込ませ、魔王を援護せねばならないのだ。今だけ、今だけは男の価値は収入なのだ!



「だから魔王、あきらめるな! お前の情熱はその程度だったのか!」


「……はっ!」



 私の言葉に魔王は再起動した。その色を取り戻し、不気味な笑みを浮かべだす。



「そうだ、その通りだ。やはり男の価値は収入! 我以上に魅力的な男はいないのだぞ、エル・イスブルク王女よ!」


「何敵の援護してんのよ、このバカぁぁぁぁぁっ!」



 姫さまは怒っているようだが、そんなことは関係ない。今の私にとって、大事なのは姫さまがルイと離れ離れになり、魔王とくっつくことなのだから。これも私とルイの明るい未来のため、いや、世界のためです。どうかお許しください!




                 ルイ


 なんだかよくわからないけど、大変なことになってるみたいだ。魔王役の人がエルのことが好きで、ステッサはそれを応援していて、エルはそれをいやがってるって感じなのかな。恋愛のことはよくわからないや。ボクももう少し大人になったらわかるようになるのかな。


 もしボクが結婚するとしたら相手はどんな人なんだろう。全然想像がつかない。それ以前に、ボクを好きになってくれるような人なんているわけないか。それにしても、いつまで続くんだろうなぁ、あの言い争いは。




              エル・イスブルク


 どういうつもりなの、ステッサは! あたしと魔王が結婚して世界が平和になればいいって、完全にあたしを魔王に売ってるじゃない! あなたとあたしの友情はその程度だったの!? 失望したわ!



「さあ、エル・イスブルク王女よ。我が后となるのだ」


「お、お断りよ。あんたの后になるくらいなら、ここで死んだほうがマシね」


「なるほど。決意は固いか」


「当然でしょ」



 ここは何とかして言い逃れをしないと。なし崩し的に魔王と結婚させられたらたまったもんじゃないわ。っていうか、ルイは何やってるのよ。あたしのピンチなんだから助けなさいよね! そう思ってあたしはルイのほうを見る。だが、しかし――



「わぁ、すごい絵画だなぁ。こんなにも大きな絵、初めて見た」



 ルイはこの部屋の調度品を見て感心していた。あたしたちのことなどお構いなしだ。自由すぎでしょう、あんたはぁぁぁぁぁっ! ダメだ。ここはあたしがどうにかするしかない。孤立無援。こんな状態で戦えるのかどうかわからないけど、やるしかないわ。



「とにかく、あたしは絶対魔王の后になんかならないわ」


「そうか……。ならば致し方ない」



 あれ? 意外とすんなりあきらめてくれたのかしら。もしそうならうれしいんだけど。いや、まさか、ねぇ……。



「こうなれば力ずくでエル・イスブルク王女を手に入れることにしよう。それが魔王のやり方だ!」


「全然あきらめてくれてなかったぁぁぁぁぁっ!」



 まずい。これはまずいわ。さすがに力ずくで来られたらあたしなんて一瞬で捕まってしまう。こんなときに頼りになるのはステッサのはずなんだけど――



「それでこそ魔王だ。さあ、今すぐ姫さまを連れ去るのだ!」


「あんたはどっちの味方だぁぁぁぁぁっ!」



 完全に魔王の味方だ。万事休す。あたしの人生は終わってしまった。



「さあ、おとなしく我のものとなれ。エル・イスブルク王女」


「くっ!」



 魔王がゆっくりと近づいてくる。あたしは後退りするが、すぐに壁を背にすることになった。もはや逃げ道はない。誰か助けて! あたしは祈った。こんなとき、ピンチに駆け付けてくれる勇者さまがいてくれたら――



「待ってください」



 幼い。それでもどこか凛とした声が部屋の中に響いた。この声は、まさか――



「ルイ!」



 あたしと魔王の間に割って入ってくれたのはルイだった。そうだ、こいつはステッサを奴隷にしようとしている最低なやつだけど、『勇者の剣』を持っている正真正銘の勇者だった。魔王と戦うのはルイのような勇者の役目のはず。助けて、ルイ!



「ステッサ。本当にこれでいいの? こんな結末、誰も望んでいないはずだよ」


「ル、ルイ。しかし、これは私とお前のために――」


「そんなことはどうでもいいよ。ステッサ、ボクはこんなステッサを見たくはなかった!」


「ガーンッ!」



 ステッサは頭を石にでも打たれたかのような衝撃を受ける。全身の力が抜け、両膝から崩れ落ちた。



「ル、ルイにそんなことを言われるなんて……。そうか、そうだよな。剣も恋も勝負には変わりはない。勝負にこんな終わり方があっていいわけがなかった。やるなら正々堂々と戦わなくてはならなかったのだ」



 ステッサは剣を杖代わりにして立ち上がった。その目にははっきりと決意の炎が宿っている。



「魔王! 前言撤回だ。姫さまは誰にも渡さん! この命に代えてでも、姫さまは私が守り通して見せる!」


「逆らうというのか、小娘が!」


「私は騎士だ。たとえ相手が魔王であっても姫さまを守るのが騎士の役目。覚悟するがいい!」


「ふんっ。それではイスブルク王女の前に貴様の相手をしてやろう。後悔するでないぞ!」


「望むところだ!」



 うん。カッコいい。カッコいいんだけど、さっきのことがあったからなのかな。どうにも感動できないあたしがいる。し、信じていいのよね、ステッサ……?




                 ルイ


 これでよしっと。ステッサにも困ったもんだよね。ステッサの訓練の目的は魔王役の人を倒すことなんだから、それを忘れちゃダメだよ。でも、何とかボクの説得で思い出してくれたみたいだし、これでよかったよね、うん。


 さて、ボクができることはもうこのくらいかな。あとはステッサ次第だ。魔王役の人を倒して訓練を終わらせよう。がんばれ、ステッサ!

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