第15話 勝因:洗剤

            ステッサ・ザースター


 ルイに説得されてあれ以上ドレドの追及はしなかったが、やはりこいつは怪しい。あのままルイをゲームに参加させるのは不安だった。その点、私なら様々な状況に対応できる。もし暗殺者が現れても、即座に返り討ちにしてやろうではないか。



「では、『赤き鬼神』さま。ゲームをお選びください」


「ああ、そうだな」



 ゲームか。確かに私もいくつかのゲームはやったことがあるが、一番得意なものがいいだろう。暗殺を警戒するだけはなく、ゲームにも勝たなければならないのだからな。それならば、やはりこれか。



「トラーンプで勝負しよう」


「なるほど。トラーンプですか」



 トラーンプ。これは一から十三までの数字が描かれたカードが、ハート、ダイヤ、クラブ、スペードの四種類、さらにジョーカーのカードが一枚あるセットのことだ。この合計五十三枚のカードを使い、様々なゲームを行うことができる。



「トラーンプのゲームにはいくつかの種類がございますが、何のゲームをいたしましょうか?」


「もちろん、ババ抜きだ」


「かしこまりました」



 ババ抜きとは初めに同数のカードを配り、一枚ずつ他の人から抜き、同じ数字のカードがあれば場に捨てる。そして最後にジョーカーを持っている人が負けというゲームだ。


 私はこのゲームで負けたことがない。いつも部下のやつらと勝負をするのだが、必ず私が勝っているのだ。きっと私のポーカーフェイスが効いているのだろう。これで勝たせてもらうぞ、ドレド!



                ドレド


 やれやれ、一時はどうなるかと思ったが何とか立て直したな。しかもゲームの相手があの『赤き鬼神』だというのだから都合がいい。きっとゲームに集中してこちらの思惑には気づかないだろう。


 そう、今回の作戦はゆっくりとこの部屋に毒の霧を充満させるという作戦なのだ。我々魔族には効かない毒だ。こいつらが気づくころにはとっくに身動きができなくなっていることだろう。動けなければあとは煮るなり焼くなり好きにできる。『蒼き宝石』をさらうなんて朝飯前だ。



「ババ抜きを二人でやるのは味気ないですね。もう一人私の部下を参加させましょう。大丈夫です。もしこの部下が負けても引き分けとして仕切り直します。最終的に私か『赤き鬼神』さまが勝つまで続けるということです」


「なるほど。それで問題ない」



 クククッ……。バカなやつだ。この作戦の肝はどれだけ時間を稼げるかということ。私と部下はこっそり合図を送り合って手札を確認すればいい。常に部下が負けるように仕向ければ時間などいくらでも稼げるのだよ。


 今度こそ勝ったな! これぞ頭脳的勝利!




             エル・イスブルク


 ステッサがゲームをしてくれるなら大丈夫かしらね。自分でゲームは得意って言ってたくらいだし。まあ、ここに自分でゲームは得意って言っておきながら散々な結果に終わったやつもいるけどね。


 あたしは非難するような視線で横にいるルイを見た。しかし、ルイは腰に括り付けてあった革袋を外し、何かをやろうとしている。こんなときに何をするつもりなんだろう。



「ルイ、何してるのよ」


「はい。そういえばそろそろ『クリーンハーブ』を全部調合しないといけないなと思いまして。昨日ザワメキの森で採取したんですけど、そろそろ調合しないと鮮度が落ちていい洗剤にならないんですよ」


「こんなときに洗剤の調合? あとにしなさいよ」


「ダメです。もう時間がありません」



 そう言ってルイはその場に座り込んで洗剤の調合を始めてしまった。何も今やることないのに。っていうか、今までやる時間はいくらでもあったんだからそのときにやっときなさいよね、まったく。


 あたしはもうルイのことは放っておいてステッサのゲームを観戦しだした。あたしの味方はあなただけよ。がんばって、ステッサ!




                ドレド


 クククッ……。実にいい。実にいい時間稼ぎができているぞ。『赤き鬼神』はババ抜きが得意だと言っていたが、たいしたことないではないか。……というより、本当にたいしたことがないんだが。



「むむむ……」



 私が『赤き鬼神』の手札の一枚に手を伸ばす。『赤き鬼神』は満面の笑みを浮かべて私がそのカードをとることを期待しているようだった。


 私がその隣のカードに手を移す。『赤き鬼神』はこの世の終わりのような顔でそのカードをとらないことを祈っているようだった。


 いや、わかりやすすぎるだろう! なんでこれであんなにも自信満々だったんだよ! 『蒼き宝石』も私と同じことを思ったのか、不安そうな表情で『赤き鬼神』に尋ねていた。



「ね、ねえ、ステッサ。あなた、得意なのよね、ババ抜き」


「はい。私はババ抜きで負けたことはございません。部下とやるときは常に勝っていました」


「……もしかして、その部下たちっていつもステッサを怖がってたりしてなかった?」


「よくわかりましたね。そうなんですよ。なぜか私は部下に怖がられるようでして、その誤解を解くためにもババ抜きなどのゲームで遊んでいたのです。姫さま、なぜそのことをご存じで?」


「……ステッサ。それ、部下の人たちが気を遣ってステッサに勝たせてあげてただけだと思うわよ。ステッサの顔を見ればそれがジョーカーなのかどうか一目瞭然だし」


「はははっ。面白い冗談ですね、姫さま」


「冗談じゃないわよ!」



 ……なんか、またこのまま勝てそうな気がしてきたな。もうこのまま勝っちゃおうかなぁ。いやいや、やはりダメだ。ここは魔王軍一の智将らしく自分の策略で勝負しようではないか。



 さて、そろそろ毒の効果があらわれてもいいころなのだが――



「うっ!」



 誰かのうめき声が聞こえた。ついに来たか!



「く、くるしいぃ……」



 バタンと倒れたのは『赤き鬼神』ではなく、『蒼き宝石』でもなく、ましてやルイという小僧でもなかった。同じくババ抜きをしていた私の部下のガーゴイルである。なぜか全身から白い煙を発していた。



「な、なにぃぃぃっ!」



 な、なぜだ。なぜ私の部下のほうが倒れる。しかも手札をすべてばらまいてしまい、悪魔のゲームの妨害をしてしまったと判断されたのか、またしても私の部下であるガーゴイルは黒い炎に焼かれて消えてしまった。二度目の失敗である。私たち魔族に毒は効かないはず。ならばなぜ……!? それに、なぜか私も気分が悪くなってきたぞ。何がどうなっているのだ。



「ふふふふ~ん」



 そのとき、やけに上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。私たちはその鼻歌に引き寄せられるかのように視線を向ける。そこには、手に雑巾をもってこの部屋の石柱を磨くルイの小僧の姿があった。



「何をしてるんだ、ルイ?」


「あ、ステッサ。もう終わった? 時間がかかりそうだったから、『クリーンハーブ』で作った洗剤でここの部屋を掃除してたんだ。時間が経ってたからちょっと心配だったけど、うん、これならまだ十分洗剤として役立ちそうだよ」


「ああ、あの洗剤か。あの洗剤、なぜか神聖属性が付与されてたからな。もしかして、その洗剤が気化してあのガーゴイルを倒してしまったのか?」



 な、なんだとぉぉぉぉぉっ!


 神聖属性の洗剤ってなんだよ! そんな洗剤聞いたことないわ! しかも、そのせいで私の作った毒まで浄化されてるみたいではないか。まさか、この私の策が洗剤ごときでやられるとは!



「すまない。これはこちら側のミスだ。もう一度仕切り直させてくれ」


「いやいや、ちょっと待ちなさいよ。ステッサ、またあなたが勝負するつもりなの?」


「えっ? はい、そのつもりですが」


「ダメ! 絶対にダメ! 次はあたしが勝負するから! これはあたしの運命を賭けた勝負なんだから、あたしがやる!」



 『蒼き宝石』は有無を言わさぬ勢いで『赤き鬼神』につかみかかった。これには『赤き鬼神』もたじたじだ。



「わ、わかりました。では、次は姫さまにお願いいたします」


「当然よ。まったく、二人ともあてにならないんだから」



 今度の対戦相手は『蒼き宝石』か。何だろうか。もう普通に悪魔のゲームで勝ったほうが早い気がしてきたなぁ。こいつら、絶望的なまでにゲームが弱いし。


 よし、そうしよう。場合によっては策略を変更する。これもまた智将の才能だ。今度こそ『蒼き宝石』をいただくとしよう。クククッ……。

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