第14話 勝因:王女のツッコミ体質

                ルイ


 ボクはドレドさんが用意してくれた椅子に座った。テーブルを挟んで反対側にドレドさんも座る。骸骨のような顔はこうしてみるとすごい威圧感があるなぁ。



「では、何で勝負をいたしましょうか。あなたが決めていいですよ、ええっと――」


「ルイです」


「ありがとうございます。ルイさま、何で勝負をいたしましょうか」


「そうですね……」



 ボクは迷った。ダイスを使ったゲームもいいし、トラーンプも捨てがたい。でもやっぱりゲームっていったらこれだよね。



「ドレドさん、これで勝負しましょう!」



 ボクが手にしたのはチェッスと呼ばれるゲームだった。それは二人で行うボードゲームの一種で、キング、クイーン、ナイト、ビショップ、ルーク、ポーンの六種類、合計十六個の駒を使って相手のキングを追い詰めるゲームだ。



「なるほど、いいでしょう」



 ドレドさんは不敵に笑う。骸骨のような顔がさらに骸骨に近づいたような気がした。



「ちょ、ちょっとルイ。あんた、チェッスは得意なの?」



 エルは不安そうに尋ねてくる。なんでそんなにも信用がないんだろう。



「はい。こう見えてもボクは村で一番強かったですよ」


「村で一番ってところがちょっと不安だけど、まあ、自信があるならいいわ。絶対勝ちなさいよね」


「もちろんです」



 ボードの上に白い駒を並び終える。ドレドさんも黒い駒を並び終えたみたいだ。こうして見ると、やっぱりチェッスって白と黒の対比で盤上がきれいだよね。



「それでは、始めましょうか」


「はい。よろしくお願いします!」



 こうして、ボクとドレドさんのゲームが始まった。なぜかうれしそうなステッサと不安そうなエルが観戦している中で――。




                ドレド


 クククッ……。まんまと罠にはまったな、バカめがっ!


 このゲームは悪魔のゲーム。負ければ相手が要求したことを必ず実行しなければならない。だが、魔王軍一の智将である私はこの悪魔のゲームですら布石にしているのだ。策略は二重三重にして施す。それが智将が智将たるゆえんなのだよ。


 真の目的はこの悪魔のゲームに夢中になっているこいつらを陰からこっそりと暗殺してしまうことにあるのだ。この私がまともにお前たちと勝負するはずがなかろう!



「う~ん……」



 私はチェッスの盤面を見て悩んでいるルイの小僧を横目に、闇の中に隠れている部下に視線を送った。部下である翼の生えた悪魔――ガーゴイルはすべて心得ているようで、ニヤリと笑う。いつでもいける、か。それでこそ私の部下だ。



「これでどう、かな」


「バ、バカ! そんなところ動かしたら、クイーンがとられちゃうでしょう!?」


「あ、そうか。でも、もう動かしたからやり直しはできませんね」



 あとはいつ襲撃させるかだが、特に待つ必要もない。今すぐにでもガーゴイルに合図を送るとするか。しかしこいつ――



「ああ、今度はナイトまで……。ちょっとルイ! あんた本当に村で一番強かったの!?」


「はい! 村ではボクとダニエルしかチェッスをやらなかったんですけど、ダニエルよりかは強かったので、村で一番強いのはボクのはずです!」


「ちなみに、そのダニエルって人は何歳?」


「今年で五歳になったと思います」


「子供に勝っただけでしょうがぁぁぁ! なんでそれで自信満々に強いって言いきったのよ!」


「実際、ダニエルよりかは強いですから」


「やかましいわ!」



 ……なぜか、普通に悪魔のゲームをしても勝てそうな気がしてきたな。このまま勝っちゃおうかなぁ。いやいや、待つんだ私よ。予定を急に変更して予想外の事態に陥ったらどうするつもりだ。ここは当初の予定通り暗殺といこう。まったく、私のような智将でなければ危ないところだった。よし、合図を出すぞ。


 私は骸骨のような顎を開いてカチカチカチと三回歯を鳴らした。その瞬間、闇の中から三又の槍を持ったガーゴイルが飛び出す。目標は今チェッスに夢中になっているルイの小僧だ。一人潰せばこいつらも動揺する。その動揺に付け込んでさらに第二、第三のガーゴイルを飛び出させるのだ。ガーゴイルがルイの背後に迫る。『赤き鬼神』も『蒼き宝石』も気づいていないようだ。


 勝った! これぞ頭脳的勝利!



「って、またどこに動かしてるのよ! このバカぁぁぁぁぁっ!」



 だが次の瞬間、『蒼き宝石』がルイの後頭部を強打した。その衝撃でルイの体が椅子から滑り落ちる。



「何!?」



 もちろん背後まで迫っていたガーゴイルは勢いを殺せず、そのままチェッスの盤上に槍を突き刺してしまった。白と黒の駒が宙を舞う。



「グギャァァァ!」



 ガーゴイルは黒い炎に包まれて消滅してしまった。悪魔のゲームは他のものが邪魔した場合、このように黒い炎に焼かれてしまうのだ。


 まさか、私の作戦が失敗してしまうとは! うっ、『赤き鬼神』や『蒼き宝石』の冷たい視線を感じる。完全に疑われてしまったではないか。



「これはどういうことだ、ドレド!」


「そうよ! まさか、私たちを暗殺しようとしたんじゃないでしょうね!」



 まずい。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったから言い訳など考えていなかった。ええい。こうなったらその場しのぎでもいいから何か適当なことを言って誤魔化そう。



「め、滅相もございません。これは、その、ええと……。そう、部下のガーゴイルが戦闘訓練をしていたのです。勢いあまってこちらに突撃してきてしまったようですが、本当に申し訳ございません。今すぐ訓練も辞めさせますので」


「訓練だと? そんなもの信じられるわけないだろう!」


「そうよそうよ! やっぱり最初からまともにゲームする気がなかったのね!」



 くっ、さすがに苦しい言い訳だったか。こうなったら私の本分ではないが、実力で『蒼き宝石』を奪い去るしか――



「ちょっと待ってください」



 そんな空気の中、先ほど『蒼き宝石』に張り倒されたルイの小僧が私を守るように両手を開いて立ちふさがった。なんだ、これはどういうことだ?



「ドレドさんが暗殺なんてするはずないじゃないですか。だって、ドレドさんはボクに勝ってたんですよ? それをわざわざ捨ててまで暗殺する理由がないじゃないですか」


「むっ、確かに」


「そう言われると、そうね」


「でしょう?」



 『赤き鬼神』と『蒼き宝石』の二人は完全に納得したわけではないようだが、それでもルイの言葉を否定することもできず困惑しているようだった。まさか、思いがけないところから援軍が来るものだな。まあ、こういうのをバカとも言うのだがな。



「そ、その通りでございます。私がゲームの勝敗を捨ててまで暗殺などするはずないはありませんか。あのままゲームを続けていれば労せずとも私の目的は達成していたのですよ? まったくの誤解です」


「う~ん……」「う~ん……」



 『赤き鬼神』と『蒼き宝石』の二人はまだ疑っているようだが、これ以上の追及もできないのだろう。よし、完全に乗り切った。



「ここはゲームの仕切り直しといきましょう。もう一度ゲームで勝負をすれば、すべてがわかりますよ。不安ならば今度はしっかり周りを警戒していてください。そうすれば暗殺などする気がないとわかりますから」


「わかりました。もう一度勝負です!」



 ルイの小僧は意気揚々と散らばったチェッスの駒を拾い出した。こいつ、本当にチョロいな。敵ながらそのチョロさは心配になるほどだぞ。



「待て、ルイ。今度は私が相手をしよう」


「ステッサが?」



 ルイの小僧を止めたのは『赤き鬼神』だった。その表情は真剣そのものである。



「ゲームをやりたいルイの気持ちは尊重させてやりたいが、このゲームは何か臭い。ここは私に任せてくれないか」


「そうね。ステッサなら安心だわ」



 『蒼き宝石』も同意した。ルイの小僧は少々不満そうだったが、二人にここまで言われたら同意せざるを得ないだろう。



「何、今度私といくらでもゲームをしようではないか。今は少しの間だけ辛抱してくれ」



 『赤き鬼神』は慈愛に満ちた表情でルイを諭す。あの鬼のような女にこんな顔があったとはな。まったくもっていらない情報だが。



「ステッサ……。うん、わかったよ」


「ありがとう、ルイ」



 ルイの小僧も納得したのか、『赤き鬼神』を残してテーブルから離れていった。



「さあ、今度は私が相手になろうじゃないか。ドレド」


「わかりました。楽しいゲームをいたしましょう」



 ふん。私の策が一つだけだと思ったら大間違いだぞ。今度こそ『蒼き宝石』をいただく。覚悟するんだな。クククッ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る