第四章

第13話 デュエルスタンバイ!

                ルイ


 ボクたちはついに魔王役の人を探すカギを握る人物、ドレドさんの城を見つけることができた。しかし、そこは三六〇度全方位を水で覆われた湖上の城だったのである。



「これでは舟でもないと城へはいけませんね」


「いや、舟があったとしても難しいだろう。あれを見ろ」



 ステッサが指さしたのは湖の中を悠然と泳ぐ恐竜のようなモンスターだった。すごく大きい。図鑑で見たことがある古代の生き物ってあれくらいあったんじゃないかな。なんとなくそんな気がする。



「どうするの、ステッサ。このあたりを探してみても城へと見つかる抜け道はなかったみたいだけど」


「ふむ。しかし、あの城にドレドがいるなら、ドレドも出入りする道があるはずなのだ。それを探すことができれば――」


「ああ、そういえばそういう道はないらしいわよ」


「なんですって!?」



 ステッサの予想も、エルによって否定された。エルは何か情報を持っているということなのだろう。



「アニー……、そこで倒れてる魔女のことね。アニーが言うには、ドレドって異空間を操る能力があるじゃない? その能力を使ってあの城と出入りしてるらしいのよ」


「くっ、ということは私たちのほうから攻めることはできないということか」


「その通りです」



 ステッサの声に反応するようにどこからともなく声が聞こえた。喉の奥から絞り出したような不気味な声だ。ステッサはすぐさま剣を抜き、臨戦態勢に入る。しかし、あたりを見回してもその声の主はどこにもいなかった。



「だ、誰だ! どこにいる、出てこい!」


「ふふふっ、仕方ありませんね」



 その言葉とともに、真っ黒なローブをまとった骸骨のような男が現れた。――何もない空間から。すごい! まるで手品を見てるようだ。イスブルク王国は訓練でこんなことまでするのかぁ。本格的だなぁ。



「お久しぶりでございます。『赤き鬼神』さま。そして『蒼き宝石』さま。改めて自己紹介を、私は魔王軍のドレドと申します」


「私たちのことは覚えていたか」


「はい。私は魔王さまよりあなたたちを丁重におもてなしするようにと言伝られていますので。『蒼き宝石』さまは特に」



 急に現れた黒色のローブの人――ドレドさんはいやらしい目つきでエルを嘗め回す。エルは警戒心を強めてステッサの背中に身を隠した。



「おもてなしということは私たちを魔王に会わせてくれるのか? それならすぐにでもそうしてもらいたいものだが」


「慌てないでください。まずは私の城へと案内しましょう。そこでおもてなしをしますよ。じっくりとね。ああ、その前にそこで倒れているバカ弟子を引き取りましょうか」



 ドレドさんはパチンと指を鳴らすと、灰色のローブをまとった少女――アニーさんが闇の渦の中へと消えていった。まるで沼に沈んでいくかのようだ。あの中はどうなっているのか気になったけど、今はそれどころじゃないみたい。



「さあ、これで準備はできましたね。ついてきてください」



 ドレドさんは右手を何もない空間に突き出すと、すべてを吸い込みそうなほどの闇の渦を作り出した。さっきアニーさんを飲み込んだ闇の渦よりも大きい。そしてドレドさんは悠然とその闇の渦の中に入って消えていった。



「ついてこい、か。姫さま、いかがいたしましょう」


「罠、の可能性もあるのよね。でも、このままじっとしてるわけにもいかないし」


「では、ここは進むしかないようですね。わかりました。私が先にこの渦の中に入りますので、姫さまはそのあとに続いてください。ルイは後方の警戒を頼む」


「わかったわ」「わかったよ」



 こうして、ボクたちはドレドさんが作り出した闇の渦の中へと入っていったのだった。




               エル・イスブルク


 あたしたちが闇の渦の中に入るとすぐに別の空間に放り出された。そこは石畳の冷たい床だった。骨まで凍えるような空気が場を支配している。いくら何でも寒すぎじゃない? もう少し上着を持ってこればよかった。


「ここは……?」


「私の城でございますよ、『蒼き宝石』さま」



 闇の中に浮かぶあの黒いローブの男――ドレドが現れる。周りが暗いのでこの部屋の全貌すらわからない。わからないことがここまで不気味なことだとは知らなかったわ。



「私たちをここに連れてきてどうするつもりだ、ドレド」



 あたしの言いたことをステッサが代弁してくれる。そう、それよ。こんなところにあたしたちを連れてきて、この男は何をしたいっていうの?



「簡単なことです。そちらにいる『蒼き宝石』さま、つまりエル・イスブルクさまをこちらにお渡ししていただきたいのです」


「くっ、やはり狙いは姫さまか」



 あたしは恐怖で全身が震えた。思えば魔王軍がイスブルク王国を滅ぼした理由もそうだった。狙いはあたしだ。あたしの持つ代々イスブルク王家が受け継いできた血が魔王には必要なのだろう。魔王はこの世界を自分のものにしたいと思っている。そのためには魔王の手先であるモンスターの軍団を作らなければならなかった。モンスターは自然に発生するものではなく、魔界という魔王の生まれ故郷から連れてくるのだ。その魔界のこの世界をつなぐために、このイスブルク王家の血が必要だと聞いている。


 ステッサが厳しい顔つきで剣をかまえた。すぐさまドレドを斬ってしまおうかという気迫に満ちている。しかし、それでは魔王へとつながる情報を得ることができない。それがわかっているからこそ、ステッサはすぐに斬りかからないのだろう。



「『赤き鬼神』さま。そう身構えないでください。私は争いごとが嫌いなのです。ここはひとつ平和的に解決しようではありませんか」


「わがイスブルク王国を滅ぼしたお前が平和的? 笑わせてくれる」


「あれは魔王さまの命令で仕方なくやったことでございます。本来の私は魔王軍の中で一番の紳士でございますよ? それとも、私と戦って無用の被害を出したいというのですか?」



 ドレドは不敵に笑った。ドレドの実力は計り知れない。魔王の側近というだけでもそれなりの実力はあるのだろう。まともに戦ってステッサが勝てるかどうか。ルイならいい勝負をするかもしれないけど、ここでルイに頼ってしまえばイスブルク王国としての威厳がなくなるわ。ステッサもドレドに勝てるかどうか自信がないようで、鋭い目つきのまま黙然としていた。



「話だけでも聞こうか」


「ありがとうございます。さすがは『赤き鬼神』さまですな」



 ドレドは骸骨のようにとがった顎を開いてカラカラと笑った。この男は本当に生きているのかどうか。それすらもわからない。



「まずは双方の要望を確認しましょう。私としてはそちらの『蒼き宝石』さまを譲っていただきたい。あなたがたは魔王さまの居場所を知りたい。間違いはありませんね?」


「ああ」


「では、それを賭けて勝負をしようではありませんか」


「ふんっ。どのみち戦うということではないか。回りくどいことをする」


「違います違います。勝負というのは、これのことですよ」



 ドレドは黒いローブの袖の下から取り出したのは、カードの束、何かのボードゲームの駒、そしてきれいな形をしたダイスなどであった。それらが音を立てて石畳の上に散らばる。まさか、これは――



「私との勝負は、ゲームで決めましょう!」


「ゲーム!?」「ゲーム!?」



 なんだか、おかしなことになってきたわね。




             ステッサ・ザースター


「ゲームか」



 確かにただのゲームならドレドの言う通り武器による闘争よりかは平和的といえる。しかし、本当にそうだろうか? ドレドは魔王の側近である。しかも魔王軍一の智将を自負しているのだぞ。何か策略があってのことなのではないだろうか。



「ゲームに細工をするのを疑っているのでしたらどうぞ、これらの道具すべてお調べください。どこにでもあるような普通のゲームですよ」


「ふんっ。そうやって近づいた瞬間に何かしでかすつもりなのではないのか?」


「『赤き鬼神』さまは疑い深いですね。それに比べてお連れの方は豪胆だ」


「ん? お連れの方?」



 私は石畳に散らばったゲームの道具たちを見てみた。そこには、目をキラキラさせながら床に散らばる道具を集めているルイの姿があった。



「ルイィィィ!」


「ステッサ、これすごいよ! トラーンプにチェッス、このダイスなんてきれいな石でできてる。なんて石なんだろう、これ」



 ああ、そんなゲームに夢中になってるルイの姿も愛らしい……。いや、今はそんな場合ではない。この瞬間にもドレドが襲い掛かってくるかもしれないのだ。



「ルイ、とにかくこっちに」


「うん」



 ルイはゲームの道具をかき集めて私たちのほうへと戻ってきた。その姿は獲物を巣穴に持ち帰る小動物のように見えた。つまり可愛い!


 しかし、ドレドは何もしてこなかったな。もしかして、本当にゲームで勝負をつけるつもりなのか?



「言ったではありませんか。私はゲームで勝負をしようと。ゲーム以外では戦うつもりはありませんよ」



 相変わらず胡散臭いやつだ。しかし、もし本当にドレドがゲームで勝負してくれるというのならこれほどありがたいことはない。かといってドレドを頭から信用することもできないだろう。どうにも判断に困る。



「姫さま、いかがいたしましょうか?」


「そうね。普通にステッサが剣で戦うのと、ゲームで戦うの、どっちが勝率いいかしら?」


「個人的にはどちらも自信があります。騎士たるもの、剣だけではなくすべての勝負事に精通していますので」


「なるほどね。でも、ゲームで戦うことを要求してきたのはあっちなのよね。だったら罠があるとみるべきじゃないかしら。だから――」


「ゲームがしたいです!」



 私と姫さまは声がしたほうを向いた。そこには目をきらめかせているルイの姿がある。うん、可愛い。ルイはゲームがしたいようだった。個人的にはルイの希望を叶えてあげたい。しかし、大事な姫さまを賭けた勝負に私情を持ち込むわけには――



「……」



 ルイがキラキラと光る瞳で私を見つめてくる。胸がキュンと締め付けられた。これが、恋か……。



「ドレド!」


「はい。話はまとまりましたか?」


「ゲームで勝負をしよう」


「ちょっとぉぉぉぉぉ!」



 姫さまが叫び声をあげたような気がするが、気のせいだろう。うん。今はルイにゲームをやってもらうことで頭がいっぱいだ。ああ、早くルイがゲームをやっているところを見てみたい。



「ありがとうございます。では、どなたがゲームをなさいますか?」


「もちろん、ルイだ」


「なんでよぉぉぉぉぉ!」



 またしても姫さまが叫び声をあげたような気がしたが、なんなんだろうか。近頃私でも姫さまのことがよくわからない。どうしたというのですか、姫さま。



「ゲームで勝負するのはまだいいとしても、なんでステッサがいかないのよ! 強いんでしょう!? ゲーム!」


「はい。しかし、私はルイのゲームをしている姿が見たいのです!」


「どんな理由よ! そんなわけのわからない理由であたしの運命がかかっているゲームのプレイヤーを決めないでよ!」


「大丈夫です。姫さま、ルイを信じましょう!」



 私と姫さまは意気揚々とゲームの選定をしだしたルイを見つめた。その様子はどう見てもゲームに夢中になっている子供そのもの。ああ、やっぱりその姿もいいな。



「不安しかないんですけどぉぉぉぉぉ!」



 相変わらず姫さまは叫んでいる。何をそんなに叫ぶことがあるというのか。まったくもって私にはわからなかった。

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