第12話 王女と魔女の化かし合い
ステッサ・ザースター
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ステッサ、落ち着いた? これ、水」
「ああ、ありがとう」
柄にもなく、私は興奮しすぎてしまったようだ。ルイが差し出してくれた水が心地よい。失われた水分が補給されて全身を駆け巡っているようだった。
「急に走り出すから驚いたよ」
「いや、すまない。しかし走ったおかげでだいぶ進んだようだな。この分だともうすぐこの山道を抜けることができそうだ」
「うん。それはいいんだけどさ。ステッサ、何か忘れてない?」
「ふむ?」
荷物はほとんどルイが持ってくれているので大丈夫だ。私の持ち物とすればこの剣くらいだが、ちゃんと腰にある。ほかに細かいアクセサリーでも落としてしまったかとも思ったが、そんなことはなかった。何だ、何も忘れてないじゃないか。ルイは何を言いたいのだ。
「大丈夫だぞ」
「いや、そのね。エルは大丈夫かなって意味だったんだけど」
「姫さま?」
私は改めてあたりを見回してみる。生い茂る草木。前を向いても、後ろを向いても私とルイ以外には誰もいない。そう、姫さまの姿はどこにもなかったのだ。
「ひ、姫さまぁぁぁ!?」
「うん。エルがはぐれちゃったみたいなの」
「姫さま、何をやってるんですか!? どうして手をつないでいたはずなのにはぐれるんですか!」
「それはステッサが急に走り――」
「ルイ、こうしてはいられないぞ。今すぐ姫さまを探し出さなければ」
「そうだね。でも、闇雲に探すのはまずいよ。一度ボクたちだけでもこの山道から出てルートを確定させたほうがいいかもしれない。下手したらボクたちも迷子になっちゃうから」
「くっ、確かにそうだな。さすがはルイだ」
こういうときいつも冷静なのはルイだ。まったく、近衛騎士団長として恥ずかしいな。ルイを見習って、私ももっと冷静にならなければ。
「では、もう一度手をつなごう。私たちまで離れ離れになってはダメだからな」
「うん、わかった」
ああ、やっぱりルイの手はいいなぁ。やわらかい。温かい。うおぉぉぉおおおっ、また体が熱くなってきたぞぉぉぉおおおっ! 私は気づくと再び走り出していた。
「ス、ステッサ!?」
「うおぉぉぉおおおっ!」
今の私を止められるものは、誰もいない。
エル・イスブルク
ん? 今どこかでステッサの声がしたような気がしたんだけど、気のせいかしら。あたしは足を止めてじっと耳を澄ませてみる。風のざわめきと鳥のさえずりが森の中にいることをいやというほど実感させてきた。ただ、それだけである。
「エルさま、どうなされたのですか?」
「え? いや、何でもないわよ、何でも」
「そうですか?」
アニーは小さな首をかしげながらもそれ以上の追及はしなかった。あたしをドレドと同じく高い位の魔族だと思ってるからなのかしら。それは完全に勘違いなんだけどね。今はその勘違いを利用させてもらうわ。
「歩き出してからだいぶたつけど、まだこの山道は抜けないのかしら」
「いえ、ここまで来ればもう大丈夫です。もうすぐ抜けますよ。ドレドさまの城もすぐそばですから」
「ド、ドレドの城……!? ドレドの城ってことは、ドレドは今城の中にいるってことなの?」
「はい。この矢印の反応ですと、おそらくそうですね」
つまりあたしは自らの足で敵の本拠地に赴いてるということだ。いや、まあそれが目的ではあったんだけど、それはステッサやルイがいる状況であるからあり得たことで、あたし一人――いや、あたしと強敵が一緒になってドレドのもとに行くって、もはや連行されてるのと変わらないわよね。どうしよう……。このままだと本当にドレドに捕まっちゃう。
「あっ、出口です! よかった、これでドレドさまに会えますよ」
「そ、そうね」
あたしはまったく会いたくないんですけどね!
アニーは小さな体を揺らして走り出した。見ていてこけてしまわないか心配になる。――と思っていたら、案の定灰色のローブの裾を踏んで盛大にこけてしまった。あーあ、何やってるのかしら。
「ふえぇぇぇん」
「もう、大丈夫?」
あたしは手を差し出した。アニーはあたしの手を取って起き上る。こうしてみると妹ができたみたいね。もし敵同士じゃなかったら友達になれてたかも。そう思えるほど、アニーの所作は可愛らしいものだった。
ふと前を向くとそこには大きな湖に浮かぶように建つ灰色の城があった。あたしが知る限り、こんなところに湖も城もなかった。考えられることとしたら、魔王かドレドがこの湖と城をここに造ったのだ。いや、こんな短時間で建造できるとは思えないから、異空間を操る能力で湖と城ごと持ってきたのかもしれない。どちらにせよ、ついに魔王軍の中枢にまで来てしまったということだ。
「あの城の中にドレドさまはいるはずです」
「なるほどね。でも、どうやってあの城まで行くの? 見たところ城のまわりは湖で囲まれてるし、橋もかかってないようだけど」
「簡単です。ドレドさまがこちらに気づいてくれれば、ドレドさまの能力でワタシたちを城まで運んでくれますから」
「な、なるほど」
つまり、ここがギリギリのところってことね。これ以上アニーに任せていたら、ドレドが出てきちゃう。そうなったら完全に詰みよ。ステッサたちもあたしを探しているはずでしょうし、何とか二人と合流するまで時間を稼がないと。
「じゃあ、ドレドさまを呼びますね。ドレドさ――」
「待ちなさい」
「……?」
あたしはアニーの叫ぶ声を遮った。もちろん、ドレドをこの場に呼ばせないためだ。あたしは非力な元王女。戦うすべは持たない。でも、ここであきらめられるほど簡単な人間でもない。だとしたらやるべきことはこれしかない!
「随分と簡単に騙されてくれたわね」
「エルさま……?」
「あたしが本当にドレドの仲間だと思ったの? まったく、あんたみたいな弟子を持ってドレドってやつも可哀そうよね」
「ど、どうしたんですか!? エルさま、何を言ってるんですか!」
「まだわからないの? あたしは魔族なんかじゃない。あたしは――」
あたしは王女であったことを最大限に生かし、あからさまに尊大な態度をとった。いや、普段はもっとおしとやかなのよ? これは演技。演技なんだから!
「あたしは魔王を倒すべく選ばれし大魔法使いエル! 世界最強の魔法使いであるあたしが、あんたたちなんか一瞬で焼き払ってあげるわ!」
ハッタリで時間を稼ぐ。あたしにできるのはこのくらいよ!
アニー
「そんな、エルさまがワタシたちの敵だったなんて!」
ま、まずいです。エルさま、いや、エルが世界最強の魔法使いということは、今のワタシでは相手にならないはず。だって、ワタシはドレドさまの一番弟子といっても、まだ見習いの魔女。攻撃魔法なんて最弱の『ファイアボール』しか覚えてないんだから!
でも、だからといってここで退いてしまってはドレドさまに会わせる顔がない。敵に居場所を教えたばかりか、あっさり逃げ出したなんて知られた日には、ついに弟子を辞めさせられてもおかしくないんだから。ここは何としてもドレドさまがワタシに気づいてくれるまで時間を稼がないと!
「よくもワタシをだましてくれましたね。こうなったらあなたを生かして帰すわけにはいきません。ここで塵となって消えてください」
「ふっ、消えるのはどちらかしらね」
「ワタシを見くびらないほうが身のためですよ。これでもワタシは魔王軍一の智将ドレドさまの一番弟子なんですから」
魔法もろくに使えない弟子ですけどね! でも、エルのこの雰囲気、尋常じゃない。さすが世界最強の魔法使いを名乗るだけのことはある。あー、ドレドさま。早くワタシに気づいてください! このままだとワタシ、この女に殺されてしまいますよ~!
エル・イスブルク
な、なんて気迫なの。さすがは偽りの魔女という二つ名があるだけあるわね。もしアニーが攻撃魔法なんてものを使ってきたらその時点であたしの負け。たとえ最下級の攻撃魔法でもあたしは防ぐ手段がない。つまり、あたしはアニーに魔法を使わせてはダメなのよ。そのためにはあたしの力がアニーと拮抗していると思わせるしかないわ。なんかこう、剣士のにらみ合いみたいな状態になれば時間を稼げるはず。その間にステッサたちが来てくれることを祈るしかないわよね。
あたしのハッタリが効いたのか、アニーも身構えるだけで魔法を使おうとはしてこない。あたしもアニーを見習っていつでも魔法が使えるようなふりをする。あくまでふり。だって本当に魔法が使えるわけじゃないから。
互いが牽制し合って静かな重い時間が流れる。あたしもアニーも額から流れた汗が滴り落ちていた。そんな重い空気に耐え切れなくなったのか、アニーがあたしに話しかけてきた。
「随分と魔力を練っているようですけど、無駄なことですよ。なぜならワタシの得意魔法は『ミラーウォール』。どんな魔法でも跳ね返してしまう究極魔法の一つです」
えっ、『ミラーウォール』!? あたしでも知ってる究極魔法じゃない! 話によればどんな魔法でも跳ね返してしまう防御魔法。それはたとえ魔王が放つ魔法であっても例外ではない。もしイスブルク王国に一人でもその魔法が使える魔法使いがいればあたしが今ここにいることはなかったはず。それほどの防御力を持つ魔法だ。しかも、敵が放った魔法をそのままの威力で跳ね返すことができるのだから、防御魔法でありながら攻撃魔法でもあるのだ。まさに究極魔法の名にふさわしい魔法だろう。まさか、アニーがその『ミラーウォール』を使えるだなんて……。
「ふふふっ、驚きましたか? ワタシもただの魔女ではないということです」
くっ、このままだと負ける。『ミラーウォール』のような魔法が使えるなら、それ以外にも強力な攻撃魔法が使えるはずよ。そんな魔法を使われたらあたしの人生は終わり。それを防ぐためには、方法は一つしかない。やるしか、ないのよ!
アニー
さ、さすがに『ミラーウォール』は言い過ぎたかな? で、でも世界最強の魔法使い相手にするにはこれくらいのハッタリじゃないと効かないよね。だって、エルは攻撃魔法が得意だって言ってたし、それに対抗するには『ミラーウォール』くらいしかないでしょう。これでエルが退いてくれたら助かるんだけどなぁ。
「ふっ、『ミラーウォール』が何よ。そんなもの、こちらも究極魔法で対抗すればいいだけでしょう?」
「あなたも究極魔法が使えるのですか?」
「当然じゃない。あたしを誰だと思ってるのよ。世界最強の魔法使いエルよ? 究極魔法の一つや二つ、覚えてるに決まってるじゃない」
ちょっと待って! そんなの聞いてない! 聞いてないよぉ……。『ミラーウォール』でも跳ね返せない魔法は存在する。それは『ミラーウォール』と同じ究極魔法だ。究極魔法を使えば、『ミラーウォール』を破壊することができる。しかも一度破壊された『ミラーウォール』は当分使えない。消費魔力が大きすぎるからだ。な、何とかしてエルが究極魔法を使うことを防がないと!
「あ、あなたが使える究極魔法ってのは何なのですか?」
「えっ? えっと、それはね……」
エルはなぜかワタシから視線をそらして言いよどむ。何なの? もしかして、口にするのも憚られるほどのすごい魔法なの!? いや、それはちょっと勘弁してほしいんですけど!
「そ、そう! 『エンシェントフレイム』よ! 大地が誕生する際に噴きあがったという古の炎……。世界を変えるほどの威力があると言われる究極魔法の中でも最強と言われる魔法の一つ! あんたの『ミラーウォール』なんて、一撃で破壊してあげるんだから!」
エ、『エンシェントフレイム』!? さすがにそれは予想外だよぉ。そんな魔法、ドレドさまでも使えないんじゃないかな。魔王さまでもどうか怪しい。世界最強の魔法使いの名は伊達ではないってことなのね。
どうしよう……。どうすればいいの? くっ、通じるかわからないけど、ここはハッタリにハッタリを重ねるしかない!
「『エンシェントフレイム』がどうしたんです? ワタシの『ミラーウォール』はただの『ミラーウォール』じゃないんですよ。ワタシが改良に改良を重ね、ついに究極魔法でも跳ね返せるほどの威力を持つようになったのです。もし『エンシェントフレイム』を放ったとしても、焼かれるのはワタシではなくあなたですよ」
「へー、なかなかやるじゃない。どうやら、一筋縄ではいかないみたいね」
「それはお互い様です」
た、助かったのかな? でも、もう無理だよ~。早く助けに来てください、ドレドさまぁ!
エル・イスブルク
早く助けに来なさいよ、ステッサ! ルイ! 今は何とかハッタリで均衡を保ってるけど、こんなのいつバレてもおかしくないんだからね! っていうか、まだバレてないのが不思議なくらい。もし牽制で弱い魔法でも放たれたらその時点で終了よ。きっとあたしが強力な攻撃魔法を放つって警戒してるんだと思うけど、それがなかったら危なかったわ。
あたしとアニーは照り付ける太陽の下、いつでも魔法を放てる姿勢を崩さない。なお、あたしに関しては見様見真似なので変なポーズになってるかもしれないわね。いや、そんなことないか。もしそうならアニーほどの魔女が気づかないはずがない。きっとこれで合ってるんだわ、きっと。
アニー
な、なんなんでしょう、エルのあのポーズは。およそ魔法使いに似つかわしくない魔法の構えです。これが世界最強の魔法使いの姿なのでしょうか。普通の魔法使いとは一味も二味も違う。くっ、もしかしたらエルはワタシと同じようにハッタリを言ってるだけかもしれないと思ったのに、あんなポーズを見せられてら信憑性が増すじゃない。でもあのポーズは何なんだろう? 魔法使いって言われなかったら、何かの武術かと思っちゃいそう。
エル・イスブルク
もうどれほどこの膠着状態が続いただろうか。まだ一分も経っていないような気もするし、もう一時間もこうしているような気もする。集中しすぎて時間の感覚がなくなっていた。
「……」「……」
あたしもアニーも動かない。口も開かない。先に動いたほうが不利になるという状況を作り出したのだ。この状況を作り出したということである意味あたしの勝利なのだが、まだ勝負はどうなるかわからない。もしこの均衡を破るような人物が現れ、それがドレドのような魔王軍だったら、あたしが作り上げたメッキは簡単に剥がれ落ちてしまうだろう。そうならないためには――
「うおぉぉぉおおおっ!」
水面すら揺れないほどの沈黙を破ったのは山道のほうから聞こえてきた雄叫びだった。アニーはこの声を聞き、ついに動揺を見せる。
「な、何、この声」
「この声は、まさか!」
「うおぉぉぉおおおっ!」
ステッサだ! ステッサはあたしを必死になって探していたのか、ものすごい勢いであたしのほうに近づいてくる。よかった。これで勝てるかもしれない。すくなくとも最悪の事態は脱したのだ。
「ステッサ、ルイ、あたしはここ――」
「うおぉぉぉおおおっ!」
ステッサはルイと手を握りながらあたしとアニーの間を走り抜けていく。その際ルイと目が合った気がするのだが、そんなことはどうでもいい。ステッサは再びあたしの前から姿を消してしまった。
「……」「……」
気まずい沈黙が流れる。先ほどの沈黙とはまた違った静の時間だ。まださっきまでの沈黙のほうがマシだったかもしれない。
「い、今のは何なんですか?」
「知らない」
「えっ? でも知り合いだったのでは?」
「知らない」
あたしは白を切るしかなかった。中途半端に仲間がいるなんて気づかれたときにはアニーが急襲してくるかもしれないじゃない。と、とにかくさっきみたいな均衡状態に戻すのよ。っていうか、ステッサはなんであたしを無視して行っちゃったわけ!?
「もしかして、先ほどの人はあなたの仲間なのではないですか?」
「ちっ」
さすがにアニーもそこまでバカじゃないか。ああ、もう。これで終わりよ。もうこうなったら覚悟を決めるしかないわ。さあ、焼くなり煮るなり好きにしなさい! イスブルク王国の王女は死ぬことになっても誇りだけは失わないわよ。
アニー
この人、世界最強の魔法使いでありながら仲間もいたの!? か、考えてみればそうだよね。魔王さまを倒そうとしてるんだから、一人で行動してるわけなかった。ああ、そんなことにも気づかなかったワタシのバカバカ!
もう終わりだね。こうなったら覚悟を決めるしかないか。せめてドレドさまの一番弟子にふさわしいほど立派な死に方をして見せる。世界最強の魔法使いに殺されるなら悔いはないわ。
「こうしていても埒が明かないです。ここはお互い全力の魔法でぶつかり合うとしませんか?」
「そうね。あたしも同じことを考えていたわ。あたしの最強魔法と、あなたの最強魔法。どちらが上か勝負をしようじゃないの」
「いいですね」
まあ、負けるのはワタシなんですけどね。でも、最後まで全力でやりますよぉ! ワタシが唯一使える攻撃魔法――『ファイアボール』をお見舞いしてやるのです! こんな最弱魔法で倒せるはずないですけど、偽りの魔女の意地を見せなきゃ死ぬに死ねない!
「では、行きますよ」
「いつでも来なさい」
これが、ワタシ最後の魔法――
「いっけぇぇぇっ! 『ファイアボ――」
「うおぉぉぉおおおっ!」
「えっ?」
ワタシが『ファイアボール』を放とうとした瞬間、再びあの雄叫びが聞こえてきた。まさか、エルの仲間が戻って――ガンッ!
「ふがっ!」
「うおぉぉぉおおおっ!」
ワタシは真っ赤な髪を持つ暴れ牛のような女に弾き飛ばされた。うしろには金色の髪を持つ少年もいたと思う。どちらにしても、もう少し空気を読んでほしかった。
「せめて、最後ぐらい魔法を、唱えたかった……です」
ワタシの意識は、そこで途絶えたのだった。
ステッサ・ザースター
「ステッサ! ストップ、ストップ」
「うおぉぉぉおおおっ! むっ? ルイ、どうしたのだ。急に手を放して。さあ、もっとそのぬくもりを私に感じさせてくれ」
「いや、それよりも周りをよく見たほうがいいんじゃないかな」
「ふむ?」
私はルイに言われた通り、あたりを見回してみた。湖に浮かぶようにして建つ巨大な城。足元には誰だかわからないが、灰色のローブを着た小さな女の子が倒れていた。そしてそのすぐ隣には――イスブルク王国の姫さまがいたのだ。
「おや、姫さまではありませんか。お探ししましたよ。どこに行っていたのですか?」
「それはこっちのセリフよぉ! ステッサ、あんたどこに行ってたの!?」
「姫さまが迷子になっていたので探していたのではありませんか」
「いや、そうだけどさ。そうなんだろうけどさぁ……」
どうも姫さまの様子がおかしい。せっかく再び合流できたというのに、なぜそんなにも疲労しているのか。まるで厳しい戦いを終えた戦士のようである。まさか姫さまが戦っていたわけではあるまいに。
「ところで、この少女はどうしたのですか? けが人でしょうか? 今手当をいたします」
「ああ、別に放っておいていいわよ。そいつは敵だから。しかも、ものすごい強敵なのよ。まったく大変だったんだから」
「その強敵を姫さまが倒したのですか!? それはそれは、姫さまも立派になられて」
「あ、うん。倒したのはステッサなんだけど、気づいてないならいいや。もうあたしが倒したことにしましょう」
まあ、姫さまが倒せるくらいの敵ということはきっと一般人かそれ以下の力しかなかったのだろう。姫さまは王宮育ちで戦闘能力なんて皆無だからな。それでも姫さまの手柄になるのなら申し分ない。本当のことは私の心の中だけにとどめておこう。
「ところで」
ルイが私と姫さまの会話が終わるのを見計らったようにして口を開いた。
「あの城は何なんでしょうか。ものすごく立派な城ですけど」
「確かに私も気になっていた。こんなところにあんな湖も城もなかったはずだが」
「ああ、あれはね。あたしたちの目的地。ドレドが住んでいる城なのよ」
「ドレドの城!? それは本当ですか!?」
「ええ、本当よ。そこで倒れてる魔女から聞いたことだから。その魔女、ドレドの一番弟子なんだって」
「なるほど。それは信憑性が高いですね」
一つ気になるのは、ドレドの一番弟子の魔女が姫さまに倒されるようなことがあり得るかということだ。もしかしたら、姫さまは騙されたのではないだろうか。しかし、あの城が怪しいことは間違いない。調べてみる価値はあるだろう。
「そうと決まればやることは一つですね。一休みしたあと、あの城に乗り込みましょう!」
「ええ」「わかりました」
姫さまとルイの返事が青空に心地よく響く。ようやくここまで来たのだ。待っていろよ、ドレド。そして魔王!
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