第9話 あえて言わなかったのかもしれない
エル・イスブルク
……眠れない。
いや、だって無理じゃない!? 宿屋についてまたあの部屋割りになったんだけど、この部屋にはベッドが一つしかないのよ!? もしかしたらルイが気を利かせて床で寝てくれるのかなとも思ったけど、なんかルイもすごく疲れてるみたいで、部屋に入ったら着替えてすぐにベッドに入っちゃうんだもん。もう少しレディに対して気を遣いなさいよね!
いや、まあそれであたしが床に寝るってのもなんか癪だし、あたしこれでも王女だし、ベッドで寝たいし……。っていうわけでルイと一緒のベッドに寝ることになったんだけど――近い! ルイの顔が近すぎる! そんでもって顔が可愛い! いやいや、だまされるなエル・イスブルク。こいつはあたしたちを奴隷として貶めようとしている悪魔。少しでも油断したら足元掬われるわよ。
うぅ……。でも、なんで思い出すのは今日あったルイのカッコいいところばかりなのよ。あたしを庇ってくれたり、盗賊のボスに果敢に一人で突っ込んでいったり。ルイの寝息を聞くたびにその情景が思い出される。こんなんで寝られるわけがないでしょう!
ねえ、普通逆じゃない? 本来なら男の子ほうが女の子と一緒のベッドに寝たら興奮して寝られないものなんじゃないの? しかもあたしはイスブルク王国の『蒼き宝石』と呼ばれるほどの王女よ? なんか間違ってるでしょう、これ。
あ、窓の外が明るくなってきた。これはもう寝られないやつよね。このままずっと起きてようかな、あたし。
ステッサ・ザースター
「姫さま、ルイ。おはようございます」
朝になり、私は旅立ちの準備を終えてから二人の部屋へと向かった。昨日はいろいろあり疲れたからな。さすがの私もぐっすり眠らせてもらった。そんな私が起きているのだから、おそらく二人とも目を覚ましていることだろう。私はドアをノックする。
……返事がない。おかしいな。まだ眠っているのだろうか。いくら姫さまとはいえ今までのように王宮に住んでいるわけではないのだから、そろそろ起きてもらわなければ困る。それにルイもいたはずだが、ルイはどうしたのだろうか。もしかして、ルイも朝に弱いのか?
私はもう一度ノックをしてみたが、相変わらず返事がない。仕方がない。あまりいいことではないが、部屋に入らせてもらおう。
「姫さま、ルイ。入りますよ」
私はゆっくりとドアを開けた。部屋の中にあるベッドは毛布がこんもりと盛り上がっている。やはりまだ眠っていたのか。いや、ちょっと待て。ベッドの上で眠っているのは姫さまなのか、ルイなのか。部屋には誰も床で寝ている様子はない。つまり、二人は一緒のベッドで……?
な、なんてうらやましい! いやいや、姫さまもルイも昨日は大変だった。二人ともベッドで眠りたかったのだろう。このくらいは寛大な精神で許そうではないか。
「あ、ステッサ。おはようございます」
「ああ、ルイか。おはよう」
ルイが毛布の中から顔を出した。今日も天使のような可愛らしい笑顔だな。今すぐこの心をルイに伝えたい! さすがにまだ口に出して言うことはできなかったが。
「まだベッドの中とはルイもなかなか朝に弱いようだな。勇者さまでも苦手なものがあったか」
「いえ、ちょっとこちらにも事情がありまして」
「事情?」
「はい。もし手伝ってくれるのでしたら、この毛布をどけてくれませんか?」
「毛布って、この毛布か?」
「はい」
私はわけもわからず首をひねった。毛布ぐらい自分でどければいいではないか。それができない理由でもあるのだろうか。はっ、まさか昨日の戦闘でどこかケガでも!? それは大変だ。今すぐ治療をしなければ!
私はルイに言われたとおりに毛布をはがしてみた。するとそこには――
「なっ!」
「ん~、むにゃむにゃ……」
私は絶句した。なぜなら、そこには姫さまがいたからだ。いや、それはすでに予想していたのでまだいい。よくはないが、まだ我慢できた。しかし私が許せなかったのは、姫さまは全身を使ってルイに抱き着いているではないか! しかもその姿はとてもイスブルク王国の『蒼き宝石』と呼ばれた人とは思えないほどのあられもない格好だった。確かにこれではルイは身動きができない。私は怒りで全身が震えていた。一つのベッドを二人で使ったことは許そう。しかし、これはとても許せるものではなかった。
「ひ、姫さまぁぁぁああああああああああああっ!」
「は、はひ!?」
私の怒りの叫びは、朝のコハンの町に響きわたったという。
ルイ
身支度を整え、軽く朝食をとったあとでボクたちは宿屋を出ることにした。いろいろあったけど、これでコハンの町ともおさらばだ。最後に宿屋の主人がボクたちを見送るために姿を現した。
「いやはや、みなさまご出発ですか? 昨晩はよく眠れたでしょうか」
「はい」
「ああ……」
「うぅ……。まあ……」
なぜか不機嫌なステッサ。そしてなぜか極端に落ち込んでいるエル。二人とも何かあったのかな?
「いや、みなさまには感謝してもしきれませんよ。この宿屋もあの盗賊団に占拠されていたようなものでしたから。ほとんどの部屋はあの盗賊たちに使われていたので、みなさまがここに来た時には二部屋しか空いていなかったのです。ああ、今はもう全部屋使えますので、次回ご利用の際はご安心ください」
「ちょっと待て。おい、ご主人、今なんて言った?」
「はい?」
笑顔だった宿屋の主人の表情が固まった。それほどステッサの形相が恐ろしかったのだろう。ボクからはよく見えないけど、背中からあふれ出るオーラでわかる。
「今はもう全室使えると言ったな。もしかして、昨日私たちが帰ってきた時点で部屋は全室使えたということか?」
「は、はい。まあ」
「つまり、あたしとルイが相部屋になる必要はなかったということよね……」
「そ、そうなりますね」
エルもステッサと同じように険のある雰囲気を身にまとい、宿屋の主人に詰め寄っていく。ステッサとエルは宿屋の主人の肩をがっしりとつかみ、鋭い視線を投げかけた。
「貴様……」「あなた……」
「ひ、ひぃっ!」
宿屋の主人は逃げ出そうとしたが、二人にものすごい力で両肩を押さえつけられているのでどうすることもできない。顔がみるみるうちに青くなっていく。
「それを先に言えぇぇぇぇぇ!」「それを先に言えぇぇぇぇぇ!」
ステッサとエルは怒号を発した。何をそんなに怒ってるんだろう。ボクにはよくわからなかった。
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