第8話 勇者の剣の秘密?

                ルイ


 こうしてボクたちは日が暮れたにもかかわらず盗賊さんたちのアジトに向かうことになった。ボクとしては別に『勇者の剣』なんて盗賊さんたちにあげてもいいんだけど、さすがにコハンの町が盗賊さんたちに支配されていると聞いては黙っていられなかった。――主にステッサとエルが。


 道中、エルが気さくに話しかけてきた。ここに来るまでにあった警戒心が少しは解けたのかな。そうだとすれば宿屋で一緒の部屋にしてもらったことに意味はあったのかもしれない。



「ねえ、ルイ」


「はい。何でしょう」


「あの剣、なんかすごそうな剣だったけど、なんて名前なの?」


「『勇者の剣』です」


「『勇者の剣』!?」「『勇者の剣』!?」



 ステッサとエルが同時に驚きの声を響かせる。確かに大仰な名前の剣だけど、中身はたいしたことないガラクタだよ? 何をそんなに驚いてるんだろう。



「もしかして、かつて古の魔王を倒した勇者が使っていたっていう剣のこと!?」


「なるほど。ということはルイは勇者だったのか。道理で普通の人とはオーラが違っていると思ったぞ」


「えっ。いや、その――」


「ってことは、やっぱりあの剣を早く取り戻さないと。『勇者の剣』を盗むなんて、あの盗賊たち、許しておけないわ」


「はい。必ず取り返しましょう!」



 う~ん。『勇者の剣』ってのは父さんが勝手につけた名前なんだけどなぁ。なんだかそれを今言う雰囲気じゃないみたいだし、またの機会でいいか。ステッサとエルは盛り上がってるみたいだし、このまま盗賊さんたちのアジトに乗り込もう。




              エル・イスブルク


 あたしたちは盗賊のアジトへと到着した。真夜中だというのにやつらそこら中で火を焚いて酒盛りをしている。下品な笑い声が岩場の陰に隠れているあたしたちにまで聞こえてきて耳が腐りそうだわ。



「ここまで来たけど、どうするつもり? あたしはもちろん、ルイも武器をなくしてるんだから戦えないわよ」


「ここに集まっている連中だけなら私一人でも十分なのですが、やつらのボスに逃げられてはまずいですからね。ボスの位置がわかるまで下手なことはできません。ボスさえ懲らしめれば他のやつらは蜘蛛の子散らすように逃げていくでしょう。それができればいいんですが……」


「ボスねぇ。もしかして、ボスってあれじゃないかしら」



 あたしは盗賊たちの中の一人を指さした。その男は山のような大きな体で、バケツのように大きな盃で酒を飲んでいた。筋肉質な体に毛皮の服を着ている。ごつごつした顔は少し赤くなっていた。どうしてあたしがこいつをボスたち見抜けたのか。理由は簡単。それは――



「ボス、今日もその服きまってますね」


「カッコいいっす」


「俺も欲しいですぜ。さすがはボス」


「がはははっ。そうだろう、そうだろう」



 その男の服には、黒い文字ででかでかと「最強! 無敵! 俺こそボス!」と書かれていたからだ。はっきり言って、ダサい。



「なんか、頭の悪そうなボスですね……」


「そうね。なんであんなボスにみんな従ってるのかしら」



 あたしは甚だ疑問だった。しかし今はそんなことどうでもいい。あいつをぶちのめせばルイの『勇者の剣』は取り戻せるんだから。



「ステッサ、やれそう?」


「問題ありません。まずやつらの後方に回り込み、隙を見て一撃を加えます。その時点でボスは倒せているでしょうから、あとのやつらは統制のとれていない烏合の衆。バラバラに襲い掛かってきても怖くもなんともありませんよ」


「さすがはステッサね。任せたわよ」


「はい。ところで、先ほどからルイの姿が見えないのですが、どこに行ったのでしょうか?」


「えっ? そういえばそうね。あいつ、どこに――」



 あたしはあたりを見回した。そしてルイの姿を見つけたのだが、その瞬間に言葉を失う。なぜならルイは――



「すみません」


「ああん?」


「ボクの『勇者の剣』、返してくれませんか?」



 盗賊のボス相手に一人で突っ込んでいっていた。



「な、何やってんだ、あいつはぁぁぁっ!」

「な、何やってんのよ、あいつはぁぁぁっ!」




                 ルイ


 少しの間観察していたけど、この人たちはただお酒を飲んで騒いでいるだけみたいだ。言うほど悪い人じゃないのかもしれない。ここは素直にボクたちの要求を言えば『勇者の剣』を返してくれるんじゃないかな。コハンの町を開放して、もう旅人を襲わないと約束してくれる可能性もあるぞ。



「なんだぁ、貴様」


「その『勇者の剣』の持ち主です」



 盗賊のボスさんは側に置いてあった『勇者の剣』を乱暴につかみ上げる。ボクと『勇者の剣』を何度も見比べた。まあ、どう見たってボクみたいなのが持つ剣じゃないよね。うん、ボクもそれはわかってる。でも実際ボクの剣なんだから仕方がない。



「お前はこれを取り返しに来たのか?」


「はい」


「そうか。なかなか肝の据わったやつだな」



 盗賊のボスさんはクククッと笑うと、周りにいた盗賊さんたちも一緒になって笑い出した。何がそんなに面白いんだろう。ここはボクも一緒に笑ったほうがいいのかな。



「あはははっ」


「なんでお前まで笑ってるんだよ!」


「あれ?」



 どうやらボクは笑わなくてもよかったみたいだ。う~ん、盗賊さんたちとコミュニケーションをとるのは難しい。



「なるほど、『勇者の剣』か。そんなたいそうな名前の剣だ。きっと高価なものなんだろうなぁ。こいつはいい拾い物をしたぜ」


「いえ、そんなものは売れませんよ」


「値段をつけられないほど高価ってことか? バカが。こっちはそういうものでも売買できるルートを持ってるんだよ。なんたって盗賊だからな」



 そういう意味じゃないんだけどな。何度も言うようだけど、それは父さんが作った攻撃力皆無な見掛け倒しの剣だ。なんでみんなわからないんだろう。



「こいつを一人で取り戻しに来るとはさすが勇者さまってところか? まあ、その勇者さまでもご自慢の剣がなけりゃただの小僧だがな」


「いえ、仲間ならいますよ。あそこに岩場の陰に」


「ちょっとぉぉぉぉぉっ!」



 ボクがステッサとエルが隠れている岩陰を指さすと、エルがものすごい勢いで飛び出してきた。そのままの勢いでボクの頭をはたく。ちょっと痛い。



「何仲間の位置を敵に教えてくれてるわけ!? あんたはどっちの味方なのよ!」


「いえ。ここは正直に話したほうが彼らもボクの剣を返してくれるかもしれないと思いまして」


「返すわけないでしょう!? こいつらは盗賊なのよ! 盗んだものを自分のものにするのが盗賊ってやつらなの!」



 エルはすごい剣幕でボクに顔を近づける。もう少しで額と額がぶつかってしまいそうだ。そんなことはないと思うんだけどなぁ。エルはもう少し人を信用したほうがいいと思うよ?



「というわけで盗賊のボスさん。ボクの剣を返してくれませんか?」


「バカか貴様は。これは俺のものだ。お前たち、こいつらを痛めつけて――」


「ボス、危ない!」



 盗賊のボスさんが何かを言いかけたそのとき、彼の後ろから赤い影が飛び出してきた。盗賊のボスさんはその巨体に似合わない動きでその赤い影を躱したけど、代わりに近くにいた盗賊さんが斬られてしまった。



「ステッサ!」


「ちっ。うまく避けたようだな」



 盗賊のボスさんの後ろから現れたのは鬼の形相になったステッサだった。飛び込んできた勢いを殺さずに次々と盗賊さんたちをやっつけている。その動きは目で追うだけで精一杯だった。



「な、なんだ、こいつは」


「イスブルク王国の『赤き鬼神』を知らないのか? とんだ田舎の盗賊団だな」


「『赤き鬼神』だとぉ!? バカな。イスブルク王国はすでに滅んでるはずだぞ!?」


「私と姫さまがいる限り、イスブルク王国は滅びはしない!」



 何人かの盗賊さんたちを倒すと、残りの盗賊さんたちは一目散に逃げだしていった。みんなステッサの奇襲に驚いたようだ。ゴブリンにも手こずるステッサだったけど、人間相手ならこんな動きができるんだなぁ。もしかして、特別モンスターが苦手だっただけなのかな。まあ、そうだよね。騎士になるくらいだし、何か得意なことが一つくらいあってもおかしくない。



「お、おのれぇ」



 盗賊のボスさんは悔しそうに『勇者の剣』を握りしめる。そしてそのまま『勇者の剣』を鞘から抜き放った。闇夜を切り払うほどのまばゆい光があたりを照らす。



「たとえイスブルク王国の『赤き鬼神』でも、この『勇者の剣』には敵わねえだろう。ここでこの剣の錆びになりな!」


「何!?」



 盗賊のボスさんが『勇者の剣』をかまえた瞬間、ステッサの動きが止まってしまった。今までの勢いは完全に失ってしまう。何をそんなに怖がってるんだろう。斬れない剣なんて、怖がる必要なんてまったくないのに。


 そのまま二人は膠着状態に入ってしまった。互いが牽制し合いながら動きを見計らっている。う~ん、攻撃力のない剣を怖がるなんて、やっぱりステッサもまだまだだなぁ。もっと訓練をしたほうがいいかもしれないね。がんばれ、ステッサ。





             ステッサ・ザースター


 途中まではよかった。ルイが盗賊のボスへ進み出たときはどうしたのかと思ったが、すぐにこれはゴブリンたちと戦ったときと同じだと気づいたのだ。つまり、ルイはまたしても率先して囮役を買って出てくれたということである。危険な役を何も言わずに引き受けるなんて、並の男にできるものではない。やはりルイは最高の男だ。


 だが、まさか盗賊のボスがルイの『勇者の剣』を使うとは。これは完全に予想外だ。その威力を実際に見たことはないが、想像して余りある。なんせ古の魔王を倒すほどの剣だ。天地が裂けるくらいの威力があっても不思議ではない。



「クククッ、さすがの『赤き鬼神』さまでもこの剣にはビビってるようだなぁ」


「安い挑発だ。その手には乗らんぞ」



 しかし、『勇者の剣』を警戒しているのは本当のことだ。ルイが使っているような剣だぞ。警戒してしすぎることはない。名前も『勇者の剣』だし。迂闊に飛び込めばどのような反撃を食らうかわからないな。今回はルイの援護も期待できないし、姫さまに期待するのは論外だ。ここは私が何とかするしかない。



「そっちから来ないなら、こっちから行くぜ!」



 私が逡巡していると盗賊のボスのほうから飛びかかってきた。さすがにあれだけの盗賊団をまとめ上げているだけのことはあり、そこらの盗賊とは動きが一味も二味も違う。右へ左へと『勇者の剣』が振るわれた。それを私は何とか紙一重で避けている。くっ、だがこれは長く持たないぞ。



「どうしたどうした。避けてばかりじゃ俺は倒せねえぞ」


「言われずとも!」



 私は『勇者の剣』が音を立てて頭上を去っていった瞬間を見計らい、盗賊のボスの懐へと飛び込んだ。この距離なら確実に斬れる。私は剣の柄を握りしめた。いけるっ!



「甘いんだよぉっ!」


「何!?」



 盗賊のボスは体を高速で一回転させて先ほど私の頭上を去っていったはずの『勇者の剣』を目の間に出現させた。回転斬り。まずい。この距離は間に合わな――



「うぐっ!」



 私はまともに『勇者の剣』で斬られてしまった。視界が歪む。全身の力が抜けていった。ああ、これが死ぬということなのか。ルイ。姫さま。申し訳ございません。



「クククッ。俺さまに逆らうからこういうことになるんだよ。イスブルク王国の『赤き鬼神』っていってもたいしたことなかったじゃねえか」



 盗賊のボスの声が頭の中に響く。くっ、最後に聞くのがこいつの汚い声とは。せめて、ルイの声を聞きながらあの世へと行きたか――あれ?



「痛くない」



 私は上体を起こして確認してみる。血も出ていなければ、打撲すらしていなかった。まったくの無傷だ。



「な、何ぃ!? ど、どういうことだ。これは『勇者の剣』じゃなかったのかよ!」


「いえ、それは『勇者の剣』ですよ。でも――」


「何か秘密があるんだな! そうとしか考えられねえ!」



 ルイの言葉を遮って盗賊のボスが騒ぎ立てる。『勇者の剣』に隠された秘密……。そうか、『勇者の剣』は勇者にしか扱えない剣だ。勇者、つまりルイ以外が使っても誰も傷つけられないようにできている。そうとしか考えられない!



「どうやら形勢は逆転したようだな」



 私はゆっくりと起き上って盗賊のボスへと歩み寄っていく。盗賊のボスは顔を青くしながら後退りしていた。



「ま、待て。話し合おう。ここは平和的に話し合いを――」


「盗賊と話すことなぞない!」


「ぎゃぁあああっ!」



 私は背中を向けて逃げ出した盗賊のボスを斬りつけた。あのダサい服も一刀両断だ。手加減はしたので死んではいないだろう。だが、こいつの盗賊稼業はもう廃業だな。



「一件落着か」



 私は剣を鞘に収め、ルイの『勇者の剣』を拾い上げた。その輝きは勇者が持つにふさわしいまぶしさだ。そう。ルイが持つ剣こそ、『勇者の剣』であるべきなのだ。




                 ルイ


「ルイ、お前の剣を取り戻したぞ」


「ありがとうございます」



 ボクはステッサから『勇者の剣』を受け取った。確かに攻撃力が皆無で使い道のない剣だけど、一応父さんからもらった剣なのだから戻ってきてうれしくないはずがない。もう手放したつもりだっただけになおさらだ。



「しかし、さすが『勇者の剣』だな。まさか斬られた私が無傷だとは思わなかったぞ」


「えっ? はい。まあ、『勇者の剣』ですからね」


「さすが『勇者の剣』ねぇ。どういう原理なのかしら」



 エルが不思議そうにボクの持っている『勇者の剣』を見つめている。どういう原理か。詳しくは父さんに聞かないとわからないけど、たぶん見た目だけを重視して作ればこんな剣ができるんじゃないかな。


 それにしてもステッサもエルもちょっと『勇者の剣』に感心しすぎじゃない? 父さんが知ったら泣いて喜ぶかも。ボクの村に帰ったら余ってる父さんの剣を二人にプレゼントしようかな。



「よし。とにかく盗賊団は壊滅した。私もさすがに疲れたからな。コハンの町はもう安全だろうし、あの宿屋でゆっくり休ませてもらおうじゃないか」


「そうですね」


「もちろん」



 ステッサの提案にボクとエルも賛成する。さすがに今日はいろいろとあって疲れたよ。もうふかふかのベッドに倒れこんでそのまま眠りたい。きっと十秒もしないうちに夢の中に旅立つことだろう。


 こうしてボクたち三人はコハンの町へと戻り、宿屋主人の感謝もそこそこに受けながら眠りについたのだった。ステッサ、エル、おやすみなさい。

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