第7話 大事なものを盗まれました

             エル・イスブルク


 あたしはルイと同じ部屋に入る。大きな宿屋なだけあって、造りはしっかりしているようだった。調度品も嫌味がなく派手過ぎず地味すぎないちょうどいい塩梅だ。まあ、あたしとしてはもう少し派手でもよかったんだけど。ベッドの寝心地も問題なさそう。問題があるとすれば、やっぱり――



「わぁ。ボク、こんなにも立派な宿屋に泊まるの初めてですよ。楽しみだなぁ」



 ルイがあたしと一緒の部屋に寝ることなのよねぇ。ほとんど知らない男の人と一緒の部屋で寝るだなんて、どうしてあたしこんなことを了承しちゃったのかしら……。


 いえ、ダメよ。弱気になっちゃダメ! ステッサとルイが一緒になるよりもマシじゃない。そんなことになったら、この部屋でどんなひどいことが行われたかわかったもんじゃない。きっとあんなことやこんなことをされてたはず。それを防げただけでもあたしの目的は達成されたのよ。


 でも、なんでルイはステッサじゃなくてあたしを選んだんだろう? ステッサなら自分の思い通りにできたはずなのに。何か別の目的があるのかしら。


 あたしは部屋の隅で荷物をまとめているルイに視線を向けた。あのゴブリンたちがいた洞窟で採取したと思われる変な草やそれに伴う妙な道具を整理している。もともと旅に出る予定ではなかったのだろう。その他に持っているものといったらルイが持つには不釣り合いなほど立派な剣だけだ。



「ねえ、ルイ」


「はい、どうしました?」



 ルイは荷物を整理する手を止めてあたしのほうを振り向いた。天使のような悪魔の笑顔があたしの視界に入る。



「どうしてルイはあたしとの相部屋を選んだの?」


「ああ、そのことですか」



 ルイは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。あれ? なんでそんな反応してるの? もっと奴隷商人らしく傲岸不遜な態度で来ると思ったのに。この反応は予想外だっただけにあたしの心をざわつかせた。



「ボク、エルとはまだしっかりと話したことがないなと思いまして。この機会にいっぱいお話できたらうれしいと思ったからです」



 ルイが笑った。その笑顔にあたしは不覚にもときめいてしまう。な、なんなの。これがステッサを奴隷にしようとしている悪魔の目なの!? いや、でもステッサもこの笑顔に騙されたのかもしれないんだわ。だからあたしも注意しないと。それに、今の言葉をそのまま受け取っていいのかもわからないし――はっ。まさか、そういうことなの!?


 あたしは気づいてしまった。ルイはまさに今、悪魔の所業を行おうとしている。つまり、ルイはステッサだけでは飽き足らず、あたしまでも奴隷にしようとしているのよ! そうか。そう考えれば相部屋の相手にあたしを選んだのも納得がいくわ。っていうか、それ以外に考えられないじゃない。あたしと話がしたいだなんてうわべだけの理由に決まってるわ。迂闊だった。あたしはまんまとこの悪魔の罠にはまってしまったのね。



「エル……?」


「はっ」



 あたしが黙り込んでしまったのを不審に思ったのか、ルイが近づいてきた。まさか、もうあたしを襲うつもり!? 今はあたしとルイの二人っきり。ステッサは二階の別の部屋にいるから何があっても気づかない。きっと大声で叫んだとしてもわかるものではないだろう。あたしは顔を真っ青にして後退りした。



「い、いや……」


「エル、ちょっと――」


「こ、来ないで!」



 あたしは大声をあげて逃げようとした。しかし扉の前はルイにふさがれ、後ろはすでに部屋の壁際である。あたしに逃げ場はない。絶体絶命。万事休す。あたしは自分の運命を悟った。


 何なの!? どうしてあたしがこんな目にあわないといけないの!? 国の滅亡から逃げてきて、ようやく落ち着けると思ったのに、なんであたしは――



「エル、そこを離れないと危ないよ」


「えっ?」


「だってほら。窓の外に――」



 あたしはすぐ横にあった窓の外を覗いてみる。するとそこには、顔を黒い覆面で隠しているいかにも怪しげな男がこの部屋の中を覗いていた。その姿はこれ以上ないほど怪しい。少なくとも好意的に見ることはできない。あ、この人ヤバい人だ。



「きゃあぁぁぁぁぁっ!」



 あたしの悲鳴は宿屋中に響いたという。




                 ルイ


 エルの悲鳴とともに部屋の中に怪しい男たちが入り込んできた。その全員が窓の外にいた男のように顔を黒い覆面で覆っている。身にまとっているのはぼろ布のような粗末な衣服。手には刃こぼれした斧やナイフが握られていた。間違いない。この人たちは盗賊さんだ。



「ル、ルイィィィ!」



 エルが涙目になってボクの後ろへと隠れた。気丈にふるまっていたけどやっぱり女の子だもんね。こんな大勢の盗賊さんに囲まれたら怖いに決まってる。――っていうか、ボクも怖い。



「へへへっ、久々の獲物だぜ。おい、お前ら。金目のものを寄越せ。さもないと、痛い目にあってもらわねえとならねえな」



 盗賊さんの一人が代表として金目のものを要求してくる。他の盗賊さんたちは薄気味悪い笑い声をあげていた。その笑い声にエルはさらにおびえることになったようだ。



「金目のものと言われましても、ボクたちはそんな高価なものは持っていません」



 これは本当だ。エルたちのお金の管理はステッサがしているみたいだし、ボクはもともと『クリーンハーブ』を採取するだけのつもりだったのでお金を持ってきていない。この部屋にいるボクたちは無一文だと言っていいだろう。つまり、この盗賊さんたちはハズレを引いたのだ。



「嘘つくんじゃねえ! じゃあ、その手に持っている剣はなんだ! いかにも高値で売れそうな立派な剣じゃねえか!」


「えっ? これですか?」



 盗賊さんの一人が指さしたのは『勇者の剣』だった。まあ、確かに見た目はすごいけど、これ、父さんが作った見掛け倒しの剣なんだよね。攻撃力なんてまったくないガラクタだ。この人たち、こんなものが欲しいのかな?



「さっさとそれを渡しな。さもなくば――」


「はい。どうぞ」


「痛い目に――って、あれぇ?」



 ボクは代表して話している盗賊さんに『勇者の剣』を差し出した。盗賊さんはそれを呆けた様子で受け取った。他の盗賊さんたちもあっけにとられているようだ。自分たちの思い通りになったのに、なんでそんなにも意外そうにしてるんだろう?



「ちょ、ちょっとルイ。そんな簡単に渡してもよかったの!?」


「はい。あんなもの、たいしたものではありません。それに――」



 ボクは不安そうに見つめるエルの顔を見据えてこう言った。



「エルを危険な目にあわせるわけにはいきませんから」


「……っ!」



 エルはなぜか顔を真っ赤にして口をパクパク開け閉めしている。それはまるで水面付近に顔を近づけている金魚のようだった。どうしたのかな。酸欠?



「へ、へへへっ。まあ、いい。お前は利口なやつだな。俺たちとしても金目のものをいただければ乱暴な真似はしねえよ。よし。お前たち、撤収だ!」


「うっす!」「おうっ」「了解っす」



 盗賊さんたちは『勇者の剣』を奪ってボクたちの部屋から出ていった。奪われたものが『勇者の剣』だけなら被害はほぼゼロだと言っていいよね。父さんには悪いけど、あんなものは家に帰ればいくらでもあるし。


 でも、どうして盗賊さんたちはボクたちを狙ったのかな? 宿屋の主人の様子が変だったのと何か関係があるのかも。二階にいるステッサのことも心配だし、ここは一度合流したほうがいいかもしれない。




              エル・イスブルク


 驚いたわ。まさかルイがあんたにもあっさり自分の大切な剣を盗賊に渡しちゃうなんて。しかも、その理由が私の身を守るためなんだもの。もしかして、ルイって本当はいいやつなの?


 い、いや、ダメダメ。騙されたらダメよ。きっとこれもルイの手口なんだわ。油断させておいて、気が緩んだところをパクリと食べるつもりなのよ。あたしはその手には乗らないわ!



「エル、一度ステッサと合流しましょう。もしかしたらステッサも襲われているかもしれません」


「ええ、そうね」



 あたしとルイは急いで部屋を出た。すると、すぐに廊下でステッサと会うことになった。随分と慌てており、息を大きく切らせている。



「ルイ、姫さま」


「ステッサ、無事だったのね」



 ステッサの手には剣が握られていた。先ほどまで戦闘をしていたのかもしれない。やはりステッサのほうにも盗賊が現れたのね。



「私のほうに盗賊が襲撃してきたのですが、やはり姫さまたちのほうにも?」


「ええ、かなりの人数がいたわ。あたしだけだったらどうにもならなかったかも」



 そう考えるとルイが一緒にいてくれて助かったわ。もしかしてルイはこういうことを心配してあたしと一緒の部屋に? ま、まさかね。そこまで考えてるはずないじゃない。第一、それならあたしとステッサを相部屋にすれば事足りたんだから。ないない。絶対にない。



「とにかく全員無事でよかったです。私のほうは全員返り討ちにしてやりましたから心配いりません。姫さまたちのほうはルイが戦ったのですか?」


「え、ええっと。戦ってていうか、その――」


「ボクの剣を渡したらおとなしく退いてくれました」


「ル、ルイの剣を渡しただと!? あの高価そうな剣をか!?」


「はい。でも、あの剣は別に――」


「それは大変だ。すぐに取り返しに行こう」


「えっ。いや、別にそこまですることのことでは――」


「そうね。あたしも賛成よ。あたしのためにルイが剣を犠牲にすることなんてないのよ。このままやられっぱなしってのも癪だしね」


「それでこそイスブルク王国の姫さまです」



 あたしとステッサの気持ちは一緒だった。なんだかルイの様子がおかしい気もするけど、そんなことどうでもいいわ。あたしが納得できないんだからこれでいいのよ。



「まずは宿屋の主人から話を聞きましょう。考えればあの男は最初から怪しかった。必ず何か知っているはずです」


「そうね。今すぐ締め上げてあげるわよ」



 こうしてあたしたちは宿屋の主人のもとへと向かった。ルイはどこかやる気がなさそうなのが気になったけど、あたしたちはそれどころじゃない。っていうか、あんたが一番やる気出しなさいよね! あんたの持ち物でしょう!? まったくもう。



「そんなに必死になって取り戻すような剣でもないんだけどなぁ」



 ルイがポツリと何かつぶやいたようだったけど、あたしの耳には届かなかった。




             ステッサ・ザースター


 ルイの剣を盗むとは、その盗賊たち生かせておけん! 八つ裂きにしても飽き足らない。この世の地獄を見せてやろうじゃないか。しかし、今はとにかくその盗賊たちの情報が欲しい。その情報を持っているとしたら、宿屋の主人しかありえないだろう。



「ご主人、ご主人はいるか」


「は、はいぃ!」



 私の大声に驚いたのか、宿屋の主人がカウンターの奥から飛び出してきた。相変わらずそのでっぷりとしたお腹が揺れている。少しは運動して痩せたほうがいいだろう。



「私たちは先ほどこの宿で盗賊たちに襲われた」


「さ、さようで……。それは大変でございましたね」



 宿屋の主人の目は泳いでいる。怪しい。これ以上ないほど怪しい態度だ。



「ご主人、貴様何か知ってるな」


「め、めっそうもありません。私はただの宿屋の主人でして、はい」


「ではなぜ宿屋の中にまで盗賊が入ってきたのだ。それに、私たちがあれほど大きな音を立てて戦闘をしていても貴様は様子を見にすら来ていない」


「それは、その――ぐ、偶然です。偶然ですよ。偶然私は奥で仕事をしていたので盗賊が入ってきても、お客様が大きな音を立てても気づかなかったのです。そ、そうです。そうなんですよ」



 私は剣を抜いて宿屋の主人の喉元に突きつける。面倒なことは嫌いなのだ。ここは手っ取り早く脅すに限る。



「下手な嘘はやめることだ。私は気が短いぞ」


「申し訳ございません! い、言います! 何でも言いますから、剣をどけてください!」


「その言葉、嘘偽りないな」


「も、もちろんでございます」



 私は念のため後ろで様子を見ていた姫さまとアイコンタクトをとった。姫さまもこれ以上脅すつもりはないようで、厳しい表情をしながらも大楊にうなずいてみせた。


 私はひとまず剣をおさめたが、不審な動きをしたらすぐに対応できるように警戒は怠らない。いざとなれば斬って捨てるまでだ。



「あの盗賊たちはなんだ。この宿屋とは無関係ではあるまい」


「は、はい。と言いますより、この町全体と無関係ではないのです」


「町全体だと? 町ぐるみで盗賊稼業でもしているというのか」


「ち、違います」



 宿屋の主人は慌てて手を振る。その狼狽ぶりは見ていて気の毒になるほどだった。



「この町は盗賊たちに支配されているのです。私たち町の住人には手を出さない代わりに旅人を襲うのを手伝わせる。それがこの町に課せられたルールでした」


「町ごと支配する盗賊か。相当な規模ということだな」


「はい。普通ならばすでに近くの国の騎士団が動くレベルになっているのでしょうが、いかんせん魔王の出現によりどこの国もモンスターの退治にかかりっきりで、この町の盗賊たちに手を出す余裕などないようなのです。もう、私たちはどうすればいいのか……」



 宿屋の主人はうなだれてしまった。確かに事情を聴くと可哀そうな気もする。嘘をついているわけでもなさそうだ。となれば、やることは一つだな。



「わかった。その盗賊退治、私たちが請け負おう」


「ほ、本当ですか!?」



 宿屋の主人の顔が驚きと喜びの色に染まる。もう長いこと盗賊たちに苦しめられてきたのだろう。ここで助けなければイスブルク王国近衛騎士団長の名が廃るというものだ。



「どのみち私たちはその盗賊たちに大切なものを盗まれてしまったのだ。取り戻すついでにやつらを懲らしめてやろうではないか。何、やつらのボスを締め上げればおとなしくなるだろう」


「ありがとうございます。ありがとうございます……」



 宿屋の主人はカウンターに額をこすりつけるようにして何度もお礼を言った。ここまで感謝されると悪い気はしない。しかし、その言葉はまだとっておいてほしいものだ。真のお礼は盗賊たちをやっつけてから聞くことにしよう。



「姫さま、事情はわかりました。しかし、この町にとどまるのは危険なようです。お疲れでしょうが、まずは盗賊退治に同行していただけないでしょうか」


「当然よ。ダメだって言われてもついていくんだから。それよりもステッサのほうは大丈夫なの? ゴブリンたちと戦ってだいぶ消耗してると思うんだけど」



「この程度どうということはありません。普段の訓練のほうが一〇〇倍厳しかったです」


「そう」



 姫さまはクスッと笑みをこぼした。少しでも私の冗談で笑っていただけたのならうれしい限りだ。国をなくし、精神的に追い詰められることになれば笑うこともできない。姫さまにはいつも笑っていてほしいのだ。



「ルイもいいだろうか」


「はい。二人が行くならボクも行きます。盗まれたのはボクの剣ですし」


「よし、話は決まった」



 待っていろよ、盗賊ども。ルイの剣を盗んだ悪行、地獄の底で後悔させてやる!

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